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犬とあたしと王子様  作者: タカノケイ
扉を開く
20/24

いつだって変化は突然

 目を覚ますと、知らない部屋だった。寝心地のいい白いベッドに寝かされている。あたしは起き上がって、周りを見回す。ここは一体どこだろう。あたしはなんでここに居るんだっけ?

 

「フィリップ?」


 小声で読んでみる。思ったとおり、何の反応もない。

 あれ? 服、あたしのだ。Tシャツにジーンズ。キレイに洗ってあるみたい。何? 何で? 考えていても仕方ない。あたしは靴を履いて、そうっとベッドから下りると、部屋にひとつだけの扉をそっと押した。


「ワン!」


 そこにいたのは犬の三四郎だった。尻尾をちぎれるほどに振っている。


「え?」

「ワンワン!」

「なんで? え? どっち?」


「はじめまして」


 声をかけられて初めて、流れるように美しい金髪の女性が居ることに気がついた。女神、といったら思い浮かぶような人。後ろから光が射しているんじゃないだろうかと思うほどキレイ……あ、いけない、挨拶されてた。


「あ、すいません。はじめまして」


 わけはわからないけど、とにかくこの人は優しそうだから、大丈夫、だよね?


「驚いたでしょうね。もう、何も心配は要りませんよ。私はセリーナと申します」


 それから、あたしは長い長い、事と次第を聞いた。


 行方不明のフィリップ王子の反応があって、駆けつけたこと(あの移動ハウスは玄関から出ると、追跡禁止の魔術が幾重にもかかるようになっていたらしい)。中身が入れ替わっていることに気がついたこと。痕跡を辿って、家を見つけて眠っている私を保護したこと。まもなく、人型になった三四郎の姿のフィリップが城に帰ってきたこと。わたしに危害を加えない、という約束でフィリップが拘束されたこと。すぐに、中身を入れ替えて三四郎を元の姿に戻したこと。


 ――あたしと三四郎を、今すぐ元の世界に戻すこと


 あたしには何も出来ない。何も選べない。セリーナさんの口調から、そのことがはっきりとわかった。

 何かが変わる時というのは、いつだって急で、いつだってあたしは何の準備も出来ていない。出来ていないまま、ぽつんと置いて行かれるのだ。


「あの、フィリップさんに、最後にちゃんとお礼を言いたいんですが」


 セリーナさんは悲しそうに美しい髪を揺らして首を振る。この人を困らせたくはない、そんな気にさせる仕草。


「ごめんなさいね。フィリップはとても魔力が高いのです。邪魔をしないよう、全てが終わるまで閉じ込めておくことに決まっています」


 もう二度と会えない、んだ。じわり、と涙が滲む。あたしたちのせいで捕まったんだ。大切な家が見つかっちゃったんだ。

 嫌なこと、言われてないかな。痛いこと、されないかな。苦しく……ないかな。淋しく……ないかな。……まさか、殺されたりしないよね? 

 あたしの気持ちを読んだように、セリーナさんはそっと、あたしの手を握る。


「大丈夫ですよ。私たちはフィリップの味方です」

「ほ、本当ですか?」

「ええ」


 ほとんど涙声のあたしに、セリーナさんは優しく微笑む。良かった、味方が居るんだ。よかった、フィリップ。セリーナさん、とっても優しそうだもの。


「あ! あの、三四郎、あ、この犬をここで飼ってもらえませんか」


 あたしの言葉に抗議するように、ウーと三四郎は唸る。ほら、わかってるんだ。今までとは違う。ね、ここに居て? フィリップと一緒に居て。


「あの、できれば、人型にして」


 またもや、セリーナさんは悲しそうに首を振る。


「私たちは、あなた達の世界とは何一つ関わらない、と決定しました。草原からもあなたの落としたもの、全てを回収してあります。あなたたちを送った後、世界の繋がりを絶ちます」


 手渡されたのは、三四郎のリードと、あたしのヘアピンだった。


「着替えも勝手にさせていただきました。それと、これも持たせる訳にはいきません」


 フィリップにもらったネックレス……。持って行っちゃだめなんだ。あたしたちを繋ぐもの、本当に何一つなくなってしまうな。


「本当に、ごめんなさいね」


 セリーナさんの申し訳なさそうな顔。あたしはいつの間にか泣いていた。ぼろぼろと涙だけが幾粒も頬に落ちる。三四郎が心配そうに、そんなあたしの頬を舐めた。

 もっと、ちゃんと。あたしは、どうして。でも、あたしが今、フィリップにしてあげられるたった一つの事。


「帰ります。あたしたちが帰ったら、フィリップさんはすぐに出して貰えるんですよね?」

「約束します」


 あたしは立ち上がって、三四郎の首輪にリードをつける。セリーナさんが扉を開けると、黒くて長いローブを纏った、いかにも魔術師といった風体の二人が待ち構えていた。


「ユウコさん」


 セリーナさんは初めてあたしの名前を呼んだ。両方の手を包むように握る。


「いろいろと、ありがとう」

「あ、はい。え? あ、ありがとうございました」


 何のことかわからない、けど。


「あ、あの、フィリップをお願いします。偉そうでムカつきますけど、いい奴なんです、すごく。優しくて思いやりがあって、それで……多分、すごく淋しいんです」


 あたしなんかが、こんなキレイな大人の女の人に、こんなこと言うのは滑稽かも知れない。あたしの言葉に一瞬驚いたようにしてから、セリーナさんは強い目で頷く。


「フィリップに、伝えてください。ありがとうって。一緒に過ごして本当に楽しかったって。あと、会えてよかったって。幸せを祈っているって」


 月並みな言葉しか浮かばない。でも、伝えたい。どうか、伝えてください。


「わかりました。全部、任せておいてね」


 セリーナの目に、光るものがあった。ああ、大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。この人はフィリップを大切に思ってくれている。


 あたしは二人の魔術師に付き添われて部屋を出た。向かった先には大きな魔法陣。見覚えがある。あ、フィリップの家の玄関の扉にあったものと似ているんだ。

 無言のまま、魔方陣の中央に立たされる。よし、帰ろう、三四郎と。帰ってたくさん話をしよう。返事がなくても。わからなくても。たくさん、たくさん話をしよう。


 ぐらああんと、空間が歪んで、あたしは見慣れた玄関にいた。三角帽子の魔術師は五人に増えている。おおう、雰囲気あるな。でもなんか、この家にズカズカと入り込まれるのは、嫌だな。

 あたしと三四郎は、本棚の後ろの、別の魔方陣が書いてある部屋に連れて行かれる。そして、あたしと三四郎だけが魔方陣の中央に立たされ、魔術師五人は周りをぐるりと囲んだ。怪しすぎる。つか、大丈夫なんでしょうね? あたしと三四郎が入れ替わったり、混ざったりしてあっちに戻ったり、しないよね?


 魔術師たちが何事か唱え始めると、魔法陣の模様が金色に光を帯びていく。すごく、怖い。


『ごめんね、ユウコ。でも、一緒に帰ろうね』

「うん。帰ろうね、三……」


 え…… あ!! <喋り薬 (動物用)> !! 



 




 


 


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