あたし、死んだかもしれない
あたしは倒れているんだろうか。真っ暗で何にも見えない。
「女の子が轢かれたぞ!」
男の人の声がした。はい、ご迷惑をおかけしております。
「すみません! 誰か! 救急車を!」
あたしを轢いたおばさんの声かな。悪いのはあたしです。だって赤信号だったんだから。ああ、申し訳ない。本当、申し訳ないです。ごめんなさい。
あ! 三四郎! 三四郎はどこだ!? 怪我してるかもしれない! ぼうっとしてる場合じゃない。起きなくちゃ! 起き……
必死の抵抗も虚しく、遠ざかっていく、雑音。暗闇なのにぐるぐると回る世界。落ちているような浮遊感。三四郎、三四郎……
「三四郎!!」
叫ぶのと同時に目を開けた。唐突に五感が戻ってくる。上を向いて横になっているあたしの目に眩しいほどの青空が映っている。そっと見回すとあたりは……草原?
ゆっくりと立ち上がってみる。うん、どこも痛くない。「よっしゃ!」と、ガッツポーズを作る。だって、どう見てもこれは天国ですよ。死んだけど勝ち組のあたし。
さーっと風が吹き渡って、草が波打つ。頬に当たる風や、足元をくすぐる草の感触が、すっごい現実的。そうか、ここがパラダイスなのかあ。違った、ヘブンだ、ヘブン。ふう、と一息ついて、まわりをぐるりと見渡す。建物も何もない。見渡す限りの草原だ。
……うそ。本当に死んだのかな。
お母さん、きっとたくさん泣くだろうな。お父さんは隠れて泣くだろう。友達も、もしかしたら泣いてくれるかもしれない。鼻の奥がつん、として涙が零れた。
「おかあさん……おとうさん……」
あたしは為す術もなく、しゃがみこむ。涙は流れても流れても枯れることなく流れ続けた。
そう、涙が流れ続け……いや、うん。そろそろ誰か迎えに来ようか? かれこれ小一時間くらいになりますけど? 一人で天国の門を探すシステム? 不親切だな天国。
ああ、そういえば、三四郎も来てるかもしれないから、虹の橋を探すべきか。三四郎、来てないといいんだけど……袖で目をごしごしと擦って、「よっ」と気合を入れて言って立ち上がり、すうう、と息を吸い込む。
「三四郎~!」
「わん!」
早っ!
鳴き声が聞こえて、あたしに向かってまっすぐに、草原の草が揺れる。三四郎、三四郎も死んでしまったのか。あたしのせいだ。ごめんね、ごめんね、
「さんしろ…うええええええ!!」
草むらから現れたのは……外国の人!? 金髪? 青い目? そして……どうして真っ裸ナンデスカ!?
「どああああああ」
真っ裸の外人さんに飛びつかれてひっくり返る。なんと、マッパ野郎は倒れたあたしの口に自分の口を近づける。ああ、これが噂に聞くレイプってやつなのか……ここはヘブンじゃなくてヘルだったのかあ!……とか思ってる場合じゃない。
「離……してください! すいません! 本当にすいません!」
口を避けて、必死に叫ぶ。ファーストキスもまだなのに、いや一生ないかもだったけど、こんなのは嫌!
「ノー! ドンストップ! あ、違っ ドンストップ イズ ミステイク! ノーサンキュー!」
叫びながら、胸板を必死で押し返すけどぴくりともしない。
しかし、マッパの外国人に青空の下、犯される罰ってなんの罪に対してなのだろう? あ、そういえば「前田に告白する罰ゲーム」はなんの罰だったのかなあ……それは、今関係ない。
そ、それともやっぱりここは天国で、これは処女のまま死にたくないという、自分でも気がつかなかった私の心の底の願望? だとしたらなんて不埒な……
いくら男性経験ゼロなあたしでも、ちょっとおかしいことに気がついた。外国人さんは、あたしの顔を嘗めようとするだけで何もしない。ああ、あれか、舐められた鼻が臭いの刑? なるほど、あるあ……あるかあ!! と一人乗り突っ込みしてみる余裕すらある。
落ち着いてよく見ると、外国人さん、超イケメン。あれに似てる。あれ、あの俳優。あの映画に、あの人と出てた……うーん。無理。ノーヒント過ぎる。思ったより若いなあ。
そんなことを考えていたら、外国人さんは、ハッハッと荒い息をつきながら顔を離した。その首に巻かれているのは……え?
「そ……それ三四郎の首輪ですよね? 三四郎をどうしたんですか!?」
「わん!」
え? わん? 1? 何て?
「わんって何でしょうか?」
「わんわん!」
え? は? まさか……そんなことあるはずないよね?
「おすわり!」
命令してみると、外国人さんはあたしからさっと降りて、おすわりのポーズをとった。おっと、目のやり場に非常に困る。だが、じっと見上げるこの信頼に満ちた瞳……
「お手」
右手をちょこんと乗せるこの仕草。
「おかわり」
おかわりと言っているのに、かわってねえよ!? と心の中で突っ込ませるタイミングまで、寸分違わず、右手を出しちゃうこの感じ。
「ま、まさか……」