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犬とあたしと王子様  作者: タカノケイ
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18/24

本当の気持ち

 その日の午後は働きまくりだった。買っておいたものを移動ハウスの中に入れ、空になっていた水がめに新鮮な水を汲む。

 ……ここから歩いて一ヶ月移動分を、ですよ? ただ事な量の食材じゃない。一体、町と家を何往復したろう。三四郎も最初はちょっと不機嫌だったけど、あまりの仕事量の多さに、何故か嬉々と動いていた。


 くたくたになって、夕食をかきこむように食べ、宿屋へと戻ってすぐお風呂に向かう。

 ええ~……湯船がない~……洗い場の奥に、外から炊いているらしい鉄釜があって、中はゴンゴングラグラに沸いた熱湯。隣には水をはった水槽? がある。手桶を使って、ちょうどいい温度にして、洗えって事か。うーん、ちょっと残念。かな。浸かりたい。それに、シャンプーとボディソープが欲しい。なんて贅沢は言うまい。


 あたしが部屋に着いても、まだ二人は戻っていなかった。男より風呂が早いとか。もう、本当、あれですね。

 あー髪乾かしたいなあ。ドライヤー、ああ、ドライヤードライヤー(五・七・五)本当に、文明ってすばらしいんだなあ。当たり前だって思っちゃいけないんだなあ。いや、むしろ素晴らしいと思うのが間違っているのでは? 本来人間も動物なのであって……なんて事を考えながら、あたしは眠ってしまった。



「おはよう、三四郎」

「……うん」


 あれ? 素っ気無い?


「途中で何か買って、食いながら行くか。置き忘れのないようにな」


 ふあーあ、と伸びをしながら、フィリップは言うと浴布を持って部屋を出る。


「はい。三四郎、顔洗いに行こ……」


 三四郎は返事もせず、目も合わせず行ってしまった。え? 何? 何なの…… 不安がぞぶん、と心臓を包む。

 おはよう、に返事がないのは嫌だな…… 理由もわからずに避けられるのは、もっと嫌だな……


 あたしはとぼとぼと二人の後を歩いて、顔を洗う。歯ブラシは昨日買ってもらった現地仕様のもの。これ、こんな木の棒なのに、意外にさっぱりするな……そんで……で……うん。


 結局、あたしは三四郎に何も話しかけられないまま、宿を出る。フィリップも何も話さないから、なんだか空気が重い。途中の丘でもそもそと、味のしない朝食を食べて、また昼間で歩いた。


「よし、休憩しよう。陣出せ」

「あ、はい」


 見慣れた台所でお茶を煎れて、パンを焼きなおす。野菜を刻んでいたら、涙がじわりと浮かんだ。泣いてたってしょうがない。泣いてたってしょうがないのに、怖くて何も聞けない。こんな時、なんて言ったらいいのか、全然わからない。

 

「あの、あたしなんか疲れたんで、上で一人で食べて、ちょっと休みますね」


 あたしは早口にならないように気をつけて言うと、皿とマグを持って階段を登る。走っちゃだめ。ゆっくりゆっくり。そう、ゆっくりと、いつもどおりに、問題から逃げだす。


 食べる気にはならず、棚に皿とマグを置くと、ベッドに腰掛けた。三四郎の顔が見えないと、ちょっと冷静に考えられそう。まず、三四郎はなんで怒ってるのか。アクセサリーだよね。それか、嘘をついたこと。じゃあ、なんて謝ればいいのか。本当に可愛いと思った、はだめだめ。

「あれはないわ! 次はあたしに似合うマトモなの、選びなさいよっ」 ……お前がないわ。つか、妄想に逃げるのはダメ。ダメよ~、だからダメだってば。


「ユウコ?」


 コンコン、というノックの音と三四郎の声。


「あ、はい、何?」


 声、裏返った……かっこわるい。カチャリ、と静かに扉が開いて、しょげ返った三四郎が入ってくる。


「ごめんね、ユウコ」

「え? 何? 何? どうしたの? なんで、なにが?」


 慌てすぎ、あたし、慌てすぎだよ。


「俺、ユウコの事、大好きなんだ」

「あたしも三四郎の事、大好きだよ!!」


 嫌われてなかった! 良かった~。三四郎は、でも、浮かない顔。どうして?


「それは犬として、でしょ」


 ん? いや、だって、三四郎君は犬だよね。今はフィリップの姿だけど……


「俺は、つまり、俺の好きは、恋愛感情なんだ」


 え? は? 恋愛感情?


「だから、ユウコの側にいると触りたくなるし、舐めたくなるし、いろんなこと、したくなる」


 え……懐いてた、から、じゃないの? イロンナコト……熱が、かあっと顔に上がる。心臓が痛い。


「フィリップと居たほうがユウコ、楽しそうだし。俺は犬に戻るんだし、離れてようと思って」


 そんな、こと、ない。でも、うん、そう感じさせたかもしれない。三四郎は犬だから話しても仕方ないって思っていた、のかもしれない。


「でも、戻ったらユウコと話せなくなるのに、嫉妬とか、遠慮とか、そういうのは時間が勿体無いって思って。それにユウコが淋しそうなの嫌だし。」


  返事。三四郎君は本気で話してる、すごくたくさん、あたしのことを考えていてくれたんだ。返事、ちゃんとしなくちゃ。これは本当に逃げたら駄目なやつ。お願い、あたしこれ以上、自分を嫌いになりたくない。

 何を、あたしは何を、三四郎に。今まで考えてなかったから、自分で自分の気持ちがよくわからない。わからないものをどうやって伝えたらいいんだろう。どうしたらいいんだろう。

 三四郎はあたしの隣に腰をおろして、何もない壁を見つめている。


「ありがとう、三四郎、すごく嬉しい」


 あたしはようやく、掠れた声でつぶやく。本当の気持ちを伝えようにも、本当の気持ちも曖昧なんだ。今わかる間違いのない本当の気持ちはこれっぽっちしかない。三四郎は淋しそうな目であたしを見つめる。


「ごめんね。俺の事、そういう風に見れないのも、俺じゃユウコを幸せに出来ないのも、わかってるのに。ただ、混乱させてる。気にしないで、帰るまでも、帰ってからも、今まで通りにして」


 大きな手で頭を撫でられて、ほとんど無意識に涙が零れた。

 考えてなかったんじゃない。考えないようにしてたんだ。三四郎の気持ちに、本当はとっくに気がついていた気がする。それなのに、気がつかないフリをして、考えることから逃げてた。考えたら、あまり居心地の良くない答えが出そうだったから。


 ずるい。


 あたしは、とてもずるい。

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