難しいお年頃
朝起きて、昨日買ってもらったワンピースを着る。丈は長いのにキツイい。あっはっは。四月からの三カ月で、だいぶ痩せたんだけどなー。
「おはようございます」
見るんだフィリップ。昨日ディスった少女が健気に微笑む様を! 来い! 何とでも言って来い! 受けて立つ、いや、すーっと受け流させていただきます。
「へえ、似合うな」
……何……何…… 何を! 何うお! って、赤くなるな、あたしの顔! すっとフィリップの手があたしの肩に伸びて、思わず首をすくめる。
「あ、この手じゃ無理だな。三四郎、襟直してやれ」
襟が内側に入っているという、ね、素晴らしい低女子力。あははは。
町までは歩いて十分もかからなかった。まるで童話みたいな街並みに、どこを見ていいかもわからないくらい。ありとあらゆる人種、というか人以外も歩いていて、その間を馬車が縫うように進んでいる。ファンタジー! イッツファンタジー! あたしたちは宿の予約を取ってから、買い物がてら、町をふらふらと見物し始めた。
「あの、すいません。返せないのに恐縮ですが、下着をもう一枚買っていただけないでしょう、か」
「……そうだな。もう少し買い足すか」
言ってよかった! やった! これで雨の日もバッチリですよ? 洋服店の中に入ると、色とりどり、といっても原色ではなく、草木で染めたような色合いの生地が並んでいる。基本はオートクチュール? はわわ。憧れた赤毛のアンの世界みたい。ああ、欲しい。この布欲しい。
「どれでも要るだけ選べ」
……出ましたよ。大富豪発言。夕子、百八つの言ってみたい台詞のひとつ「ここからここまでください」を言う最後のチャンスかもしれませぬ。なんてな。あたしは昨日買ってもらったのと同じ型の下着を選ぶ。
「お穣ちゃんみたいな黒髪には赤い服が似合いますよー!」
いかにも! な店主が揉み手をしながら近づいてきた。うわあ、リアル揉み手、初めて見た。
「あ、あの、いいです」
あたしは慌ててフィリップの後ろに隠れる。
「それだけでいいのか?」
振り返るフィリップに、水のみ鳥みたいに頷いた。怖い。服屋の店員は声を掛けられたくない職業ベスト10に入るよね、本当。さっさとレジカウンターに向かうフィリップの後をあたしは慌てて追いかける。
カウンターと兼用になっている、ガラスの什器の中には沢山のアクセサリー! うわあ。かわいい。フィリップが会計をしている間、見るともなしに眺める。どこの世界でも、アクセサリーには宝石なんだなあ。ああ、あの小鳥のネックレスが、かわいいなあ。
「なんだ欲しいのか?」
へ?
「あ、いや、要らないですよ。似合わないですし」
「どれだ?」
だから要らないって言ってるのにな。とか思ってると、さっきの店主が光の速さで飛んできた。
「お嬢様には、こちらの赤い宝石がお似合いですよ。黒髪に映えますよ」
それ、一番高いだろ、間違いなく。そして、黒には赤、というその固定観念は何なんですか。お願いだから私のことはほっといてください。
「ユウコには似合わないよー。僕はこれがいいと思う」
え? それ? けばけばしくて、スポットライトみたいだよ、三四郎君。
「それも似合わないだろ。……これとか」
フィリップは、さっきあたしが可愛いと思った小鳥のネックレスを指差す。二匹の小鳥が飛んでいるように輪になっていて、間に青い小さな石がはまっているやつ。驚いてフィリップを見上げると、どうだ? というようにニヤリと笑う。
……まさか、魔術でココロが読めるんじゃなかろうな。はっ! だったら今までの妄想も全部見られたことになる。そんなことになったら、穴に入って死ぬまでDVDを見て暮らしてやる!!
「じゃ、これも」
「や、いらな」
「毎度アリー!!」
店主、声大きい!! そして、ケースから出して、紙に包む速さったら、どうやったんだ? 魔法か? ってくらいだった。
でも、まあ、とりあえず、生まれて初めて、アクセサリー買ってもらっちゃった。
「あ、あの、ありがとうございます。嬉しいです」
「つけてやろ……あ、無理だったな」
うん、それ今日二回目だな。隠そうとしても、にやけてしまっているあたしを見て、フィリップは笑う。あ、すごい笑顔だ。うん、すごくいい笑顔だ。
「三四郎、つけられるか」
「出来ない」
フィリップの問いかけにものすごく早い拒否反応。あれ? あ! 三四郎のを選ばなかったからか。
「ごめんね、三四郎が選んだのも可愛かったね」
「嘘つき」
責めるような三四郎の眼に思わず固まる。美形なだけに、怒ると冷たくて怖いなあ。三四郎はふい、と店を出てしまったので、フィリップと一緒に慌てて追いかける。店が並ぶ街道は人が多くて、三四郎は足が長くて、あたしの息は上がってしまう。
「かなり感情が発達してるな」
「そ、そうなんです。なんか、ど、どんどん難しくなって、て」
「お前は自分の感情にも他人の感情にも鈍そうだから、気をつけろよ」
何が! もう、本当、ムカつく! もう返事しない。息が上がってるから話さないんだ、くらいにしか思ってないんだろうなあ、フィリップは。どっちが鈍いのよ!
ふい、と三四郎は朝に予約した宿に入る。
「な……んだ」
「大丈夫そうだな。買出しを終わらせよう。こういうときは一人にさせておけ」
え? うーん、でも、そう、なのかな。
三四郎が気になってはいたけれど、買い物は実に楽しかった。露天で売っているものを食べたりしながら、食材と足りてなかったカップやなんかを買う。あ、トイレットペーパー的な紙、も。そんなこんなであたしたちが宿に帰り着いたときにはお昼を少し回っていた。