三四郎は和風男子
夕方、町までもう一息、の林の中で、服が、人目を引きすぎるから、とあたしは留守番になった。
誰か来たら、あたしにもフィリップにも、わかるようになってるらしいし。人型化の魔法は時間がかからないから、すぐ戻れるらしいし。隠れる場所も聞いたし。大丈夫。大丈夫。怖くない。怖くない。全然怖くない。
「いってらっしゃい」
『おう。家から出るなよ? 絶対に、出るなよ?』
ん? それはフリかな? 三回目で出ればいいんだよね? なーんちゃ
『ウスバカ! 聞いてんのか! 危ないんだよ!!』
「は、はいっ。絶対に出ません!」
うーわ、びっくりした。最近、あんまり怒られなかったからなあ。
「いってきまーす。お利口に待っててね、ユーコ」
「いってらっしゃい。三四郎もおりこうにね」
「うん」
あたしは二人を見送って、見えなくなるまで手を振って、パタン、と扉を閉める。
よし、残ってる食材で、二人が帰るまでに何か作っとこう。んー、この材料だと……あ! すいとん! あたしは鍋に水を張って竈にかけて、あるだけの根菜を全て刻んで、なべに入れる。塩味すいとんかあ。出汁がないのはきついかなあ。
汁が出来上がったら、別のなべにお湯を沸かして、水で練った小麦粉を落とす。ふわって浮いたらすくって、汁に入れて……出来た! お湯がなかなか沸かないから時間がかかるんだよなー。
……って、あれ、遅く……ないかな? もう一時間以上になると思うんだけど。
じわり、と恐怖が襲ってくる。獣人の魔法は、死なないって言ってたよね? 大丈夫、だよね。
「ごわあ!!」
突然、目の前に知らない男の人が現われて、あたしは叫ぶ。誰か来たらわかるって言ったじゃん! 嘘つきフィリップ! 隠れる暇なんてないよー!
逃げなくちゃ、隠れなきゃ、逃げなくちゃ。だめ、竦んで足が動かない。
「俺だ。フィリップだ」
フィリップ? え?
は?
あー!!
ほらね、ほらね! 三四郎は美犬だって思ってた! これは証明ですよ。あたしの立てた仮説は正しかった! 人になった三四郎はイケメンでしたー! 多分フィリップの方がイケメンだけど、この和風な感じ、日本人にはやっぱりこっちですよ~。三四郎は日本犬だもんねえ。
……そんで耳、耳~! 尻尾、尻尾、尻尾~!ふぁーーーーーー!
あえて言おう
どストライクだ
と。
ありがとう! そして、ありがとう!!
「いいです!!」
「は?」
フィリップは、何が? というようにあたしを見て、止まった。何? どうし……
あ。
うん。はは。
あー。
うん。そっか……見える、んだね。
「あ、あたし、ブスでがっかりですよね。なんて、期待もしてなかったでしょうけれども。へへっ」
思わず、目を逸らす。んー、この反応は予想しとくんだった。心の準備がちょっと出来てなかった、な。出来てれば、もっと上手に笑って言えたのに。
「すまない」
何故、謝る。
あ、やな事思い出しちゃった。あれは中学一年生の班決めの時。男女混合の班を作るのに、まずは男女別に仲良し三人ずつのグループになって、くじを引いた。あたしの居るグループの番号を引いた男の子は、可愛い子にも、あたしにも、あんまり態度を変えずに接してくれる子。ほっとした瞬間、あたしが側にいることに気がつかずに、グループの友達に言ったんだ。
―――ごめんごめん、はずれ引いちゃった
それからすぐにあたしに気がついて、引きつった顔で「ごめんね」って、謝ってくれた。やっぱり優しい人だなって思って。だけど、だけどね。初恋って程じゃ、なかったんだけどね……
「子供だと思ってなかったんだ」
ん? 子供? へ?
「いや、泣いたり喚いたりしないから、大人なのかと。……すまん」
えと、ん? 微妙な年頃ではあるけど、子供って程でもないけどなあ。あ、そっか、誤魔化してくれてるんだ。うん、フィリップもやっぱり優しい。うん、充分。よし、大丈夫。
「平気ですよ。あり……」
「ただいまあ!」
という声に、あたしの声はかき消されて、空間に三四郎が現われる。……すごい荷物! ちょっと、フィリップ、三四郎に全部持たせたの!?
「ユウコー。淋しくなかった?」
荷物を降ろすと、……うん、だから、顔近いから。何度でも言おう。顔が近い。
「ユウコの好きなりんご買って来たよ」
あはは。りんごが好きなのは三四郎君でしょ。
「ありがとう、重かった?」
「うん、ちょっと。でもフィリップは持てないからしょうがないよ」
持てない? あ、手、肉球ある感じだ。肉球……肉球~ですと! イナフ! 触りたい!! あたしはフィリップの手を凝視してしまう。いかん、穴を開けてしまう。
「失敗だ。耳と尾と手足、末端部分が犬のまま残ってしまった。すまん、移動は無理だ」
あーーー、うん、満更失敗でもなくない? でも、ああ、そっか、これであと一ヶ月、歩くの決定。うん、がんばろう。
「飯にしよう。遅くなったからパンを買ってきてやった」
「あ、汁物、作っておいたんで、火をつけてもらっていいですか」
「へえ、わかった。……と、あの、なんだ、その」
どうした? 歯切れが悪いなんて、らしくないね。
「……お前、別に、ブスじゃないぞ」
立ち去りかけたフィリップが、横を向いたまま切れ切れに言う。
わあ。わああ。わああああ。
気を使ったんだ、って、わかってるけど、嬉しい。その気遣いこそが嬉しいよフィリップ。友達だな。あたしたちはもう友達だよ! ビッグフレンド、ユーエンミー! リメンバー!
「あ、りがとう。フィリップは本当にかっこいい、よね」
言えた。お礼。そんでお返しも。言われ慣れてるだろうけどさ。フィリップは何も言わず、足早に台所へと向かう。そうだ、おなか、すいてるよね。
「ユーコ、僕は?」
「ん?」
怒った顔の三四郎。なんでだい?
「かっこいい?」
「あ、もちろん、三四郎君もかっこいいよ」
なんだ、対抗心か。って、ん? あれ? この場合はどっちがどっちっで、どうなんだろう? ま、二人ともかっこいいんだから、いいか。
イケメン二人との共同生活。ある意味ハーレム。……そう、取り合いされてないだけ。いや、そこが一番重要だった。それはともかく、こんなこと元の世界に戻ったら絶対ない。うん、存分に瞼と脳裏に焼き付けよう。あ、携帯の電池なくなる前に写真! と、火をつけてるフィリップの横顔を盗撮する。
「余計なことしてないで手伝え、アホ」
気がついて、こちらを見る瞬間、耳がピクっていった。ピクっていったよ! ああ、眼福~。