仲良きことは美しきかな
すうっと息を吸い込む。気持ちを伝えるのって苦手だ。否定が、怖いんだろうと思う。たいした理由でもないけど、ちゃんと話そう。
「ちょっと想像すれば気づく事だったなって。えっと、誰も、何も、わからない異世界に行きたい……っていうのは、現状がとても辛いからだってことに、です。……わたしもあっち、こっちから見ての異世界、ではあんまり楽しいとは言いがたい状況で。だからといって、行った先に何があるかも、わからないところに行こう、とは思わないので……。だから、考えないで、無神経に、話したくないことを聞いてしまった、のかな、と」
どもりどもり、脈絡なく話す。フィリップはあたしが言った事を、ちゃんと理解しようとしているように、遠くを見つめている。聞き流してくれていいのにな。
『……聞いてほしいと思ったから、話したんだとおもう』
「あ、なら良かったです」
ほっとして思わず笑顔になる。まあ、言いたくないことを、聞かれたから仕方なく話すような性格でもないよね。
『気にするな。つまらない話だったな』
「そんなこと、ないですよ」
あ、今度の笑顔は本物だ。わあ、嬉しいな。あたしまでまた笑ってしまう。フィリップはきっと今まで、回り全部を敵かも、って、疑わなくてはいけなかったんだろうな。裏切られたりもしたのかもしれない。あたしのことも、まだ疑ってるような気もする。
それは、やっぱりちょっと悲しい。短気で、偉そうで、わがままで、超むかつく、けど、あたしのほうは、なんだかんだフィリップを信用してるから。だって、犬の姿でも火を出せるくらいなんだから、脅して言うことを聞かせる事だって出来たはず、って事にはとっくに気がついているんだ。
よし、仲良くなろう。信じてもらえるように頑張ろう。うん。そうしよう。
……って、何をしてるか、あたし!
「す、すみません! クセで! あの、三四郎に見えてしまって! あの……ほんと、すいません!!」
あたしは気がついたら、フィリップの頭を撫でていた。三四郎にしていたように。だって見た目は三四郎なんだもん。考え事する時のクセがつい出ちゃったんだ。バカか! あたしはバカだ! バカすぎる!
『もう休もう』
立ち上がり、扉に向かうフィリップ。う、わああああ。呆れられた。怒ってるのかも。どうしよう。
「……はい」
返事をするのが精一杯。やっと少し心を開いてくれたのに。気の利いたことも言えず、変態行為をしてしまった。
……あたしって本当に……だめ人間だ。
★
「おはようございます」
『いつまで寝てるんだよ、愚図だな』
……よかった~! フィリップ気にしてないみたい。ひゃっはー。愚図、ね、うん。
「すみません、すぐ支度します」
あたしは笑顔で答える。まあ、あたしのスマイルなんて0円ですけど。そう、あたしはフィリップと仲良くなる大作戦を決行するのだ。
って、なんか視線を感じる。振り返ると……三四郎君、その犬らしくない目はどうしました? 悪い顔ですよ?
「ユウコー」
突然、後ろから抱きしめられる。……あれだ、これはあれだ! あれのあれだ! 息、息が、耳にかかってるからっ。あああ、それにあたしの頭、臭いから~! なけなしの乙女心が~!
「ちょ、離して、ね、三四郎君」
もがけばもがくほど、ますます巻きつく長い腕。もう、なんで言うこと聞かないの? 君は三四郎君なんじゃないのかい? 助……わお、フィリップ超無関心。びっくりのスルースキル上級者。
「待てだってば! 三四郎! 忙しいの!」
あたしはとうとう大声になる。三四郎の腕の力が、名残惜しそうに弱くなる。
私のような女の子だって、妄想はする。いつか好きな人に愛される日を。まあ、永遠に来ないかもしれないけどなっ。妄想は自由です。妄想の自由、万歳。
でも、まだそこに現実感は伴わないのです。あたしはまだ、こういうのは望んでない。フィリップの見た目はかっこいいし、三四郎君は優しくて大好き。抱きつかれたっていいようなものなんだけど。うーん。つまり、あたしはまだ幼稚、なんだろうな。それより、三四郎君ってこんなにべたべたしてたかなあ……してたな。
「すわって!」
犬だったら絶対に尻尾が丸まってるね、という様子ですごすごと椅子に座る三四郎。うう……あたしは何かを振り切ろうと、テキパキと(当社基準)朝食の用意をする。
『人間らしくなってきたな』
食事をする三四郎を見てフィリップがつぶやく。三四郎は怒られた後なので、しょんぼりしている。ああ、落ち込んでてもセク……いや、ちが、うん。ゲホゴホ。やっぱり? フィリップもそう思う?
『今日は町までいくぞ。ユウコはここで待ってたほうが早いが……誰かに俺を探しに来られるとなあ。罠が仕掛けてあるとはいえ……あ、台所から出たときは庭から出るなよ。戻って来れないからな』
罠。なんて物騒な。庭からは出ないことを誓いましょう。無理せず生きる女、イッツミー☆ あ、だから家に戻れるのに、お金とかは持ち歩くんだなあ。謎がひとつ解けた。
『うん、やっぱり一緒に歩いたほうが安心だな。歩けるか、ユウコ』
「頑張らせていただきます」
って、なんか心配してくれた? へへへ。えっへへ。多分にやついた顔でフィリップを見ているあたしの視線上に、にゅっと三四郎が顔を出す。
「疲れたら僕が、抱っこしてあげるからね」
が、がんばるぞ。