懐いているだけ・・・なんです
「ユーコ、ユ・ウ・コ」
名前を呼ぶ声に、ふ、と目を覚ます。上から顔を覗き込んでいたのは三四郎。……近い!
「あ、お、はよう?」
あたしはどこ、ココは誰? ああ、歩き疲れて休んでたんだ。今、何時だろう。
「ごはんだよ」
「へ? ごはん?」
三四郎に手を引かれて起き上がる。夕飯、だよね。
「いた!!」
靴を履こうと思ったら激痛が!! そうだった。仕方なく、なんとか片足だけ靴を履いて、ケンケンで移動しようとすると、ふわっと体が浮いた。
……お姫様抱っこ。かの、有名なお姫様抱っこ。全世界の少女の憧れ、お姫様抱っこじゃないのかい!?
「ユウコ、首に手をまわして。おとしちゃう」
「だ、大丈夫、歩け……おろしていいよ。重いですから、ぐへへっ」
無理無理無理無理。いやだ。あたしきっと、顔が真っ赤。しかも変な笑い方をしてしまった。ちーん。
「重くない」
いや、そういう男の子のプライド、的な問題ではなく、ね? 三四郎はかまわず歩き出す。不安定に揺れて、あたしは思わず三四郎の肩にしがみ付いた。ああ、これが胸板、っすか。へえ。別に。別になんともないですけど、何か? ど、動揺なんて全然してないっすよ。な、なんか今日暑くない?
軽いはずないのに、三四郎は本当に平気そうにとんとんと階段を下りて、あたしを椅子に座らせた。テーブルには食事が並んでいる。
「え? これ、三四郎君が?」
にっこり笑って頷く三四郎。あああ、なんて偉い子さんなんだろう。親の顔が見たい。テレーン! それは、あったしー♪ ブラーボウ! なんて感動していると、フィリップが現れた。
『起きたか。三四郎、こっちだ。……早くしろ!』
慌ててフィリップに着いて行く三四郎。もう、短気だなあ、フィーリップンは。やれやれだぜ。というか、夕飯作ってくれたのって、フィリップ発案だよね。うーん。あれはもしや、ツンデレというやつなのだろうか。それは、ツーテール赤毛少女の専売特許なんですよフィリっさん。
しばらくして、三四郎が瓶を持って戻ってきた。あたしの前に膝まづき、あたしの足を自分の膝に乗せる。あ、傷薬って書いてある。なんだ、足のこと知ってたから優しかったのか。って、ねえ、ちょ
「じ、自分で!出来る!」
思わず叫ぶ。くすぐったいし、恥ずかしい。三四郎は悲しそうな顔であたしを見上げる。
「ユウコは三四郎が嫌いになった?」
「ち、ちがいますよ。そうじゃなくて」
「じゃあ、じっとしてて」
いや、ちゃ、えっと、と、しどろもどろになるあたしの足首を、三四郎は有無を言わさず、ぎっちりホールド。薬を塗り始める。ああ、無駄毛が。スネに無駄毛がああ。
それにくすぐった…………って、ぎゃあーーーー! この薬超染みるーーーー!! 痛あああ……あ? あれ、痛くない?
「え?」
突然消えた痛みに、羞恥も忘れて足を見つめる。うそ。治ってる。もう片方にも塗っておけー。というフィリップの声に、三四郎が片方だけ履いていたあたしの靴を脱がし始める。やばい。臭い、絶対臭い。でも抵抗しても無駄そうなので痛みに備える。
というか、三四郎君。すごくスムーズに動けるようになった。ますます三四郎だと、というか、犬だとは思えな、う、来る。ぎゃーーー! 染みる! 染みぃ……てない。治った。意外に容赦ない三四郎君。
というか、怖いくらいの効果。強い薬には必ず副作用があるんだよ。なんたってここは異世界、足から触手が生えてきて、こう、すーんっと滑るように歩けるようになっ……
『何考えてる、冷める前に食べろ、アホ』
「すみません」
口が悪い。口が悪いんだよ、フィリップは。
『お前はすぐに謝るんだな』
「すいません、あっ」
『……チッ 黙って食え』
「……はい」
って、アホって付けるから謝ったんだけどなあ。でも「すぐ謝る」は、よく言われる。大概は否定的な感じで。謝ればすむと思ってって言われたり、本当は反省してないから軽く言うんだと言われたり。あながち間違っても居ない気がするのが、悲しい。はあ、ま、食べよ。
お芋の皮は剥き残してるし、パンは固めだったけど、三四郎君、一生懸命やってくれたんだろうな。そういえば、お匙も上手に使えている。どんどん動きも表情も人間に近くなって、三四郎って呼んではいるけど、全然知らない人みたい。
「ご馳走様でした。片付けはあたしがやります」
「おいしかった? ユウコ」
とびきりの笑顔に、照れと不安をトッピング、と来ましたか。ほっほーう。動じませぬよ。我、動かざること山の如し、です。というか、イケメンに慣れてきた気もする。
「おいしかったですよ」
「じゃあ、撫でて」
おっふう。そうきたか。侮れません。ああ、はい、と立ち上がって、座っている三四郎に近づいて頭を撫でる。
「よしよし」
三四郎はあたしのおなかに、形の良いおでこをくりくり。おおうっふ。今きっと消化中できゅるきゅるいっちゃってると思う。さりげなーく体を離すのは、擦り切れてても乙女心なのです。だから責めるようなジト目で見上げるのはやめなさい、三四郎君。犬の時は、そんな目しなかったでしょ。いかん、疑ってはならぬ。
「三四郎君、お片付け手伝ってくれるかな?」
「うん! いいよ!」
見上げる笑顔が眩しすぎます。ついーっと顔を背けると、苦虫を噛み潰したような表情で、あたしたちを見ているフィリップと目が合った。
「なんか、ほんと、……すいません」