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犬とあたしと王子様  作者: タカノケイ
残念女子、異世界へ
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車に轢かれました

 人間とは視覚の生き物である。


 みたいなことを、どこかの偉い人だか賢い人だかが言っていた。人間が物事を判断する時、備えている五感のうちの視覚に八割方を依存している、とかなんとか。


 犬は視覚ではなく、嗅覚と聴覚に優れている。


 視覚に関しては、近視だわ白黒だわで飼い主の顔の判別も難しいらしい。だから、愛犬三四郎にはあたしの顔がよく見えていないのだ。見えていたとしても、美醜の判断が出来るかどうかは別として。

 ぺろぺろとあたしの顔を舐め回している中型の雑種犬、三四郎の顔を両手でがしっと掴んで見つめる。へろーんと目を逸らすのは「攻撃する気はない」という意思表示だ。


「なんと、見るに耐えない」


 という意思表示では決してない。三四郎の黒い瞳に映るあたし。自分で切った不揃いの前髪、肩の辺りまでのサイドの髪は、癖が強くてうねうねと好き勝手な方に向かっている。

 顔も、目は申し訳ない程ささやか、低くて丸い鼻、薄い唇。どう頑張ったってかわいいとは言いがたい。


「聞いておくれよ、三四郎君」


 三四郎の顔を掴んだままつぶやく。


「あたしってば、学校で罰ゲームの景品になってしまったんですよ」


 罰ゲームの景品……自分で言っておいてなんだけど、そりゃちょっと違うか。

 簡単に言えば「罰ゲーム! 前田に告ること~! イエー!」っていう、あれだ。あれを考え出した人の、人を傷つけるスキルの高さには、感銘すら覚える。


 「告白することが、罰」になるような人間認定に始まり、「あの顔、マジきもかった~」「どんまーい」「前田、本気にしたらどうする?」「うええええ」という締めまで、おそるべき緻密で完璧な筋書きだ。


「まあ、別にいいか。お散歩にいきますか? 三四郎君」


 いけない、と思ったが、時既に遅し。「散歩」という単語に異常興奮した三四郎に、犬小屋の前に屈んでいたあたしは、ころりと押し倒されてしまった。


「おすわり!」


 と亀のようにひっくり返ったまま叫ぶ。あたしから降りて「おすわり」した三四郎の尻尾が、千切れんばかりの動きで庭を掃く。もうもうと立ち上る砂埃にゲホゴホと咽ながら起き上がって、三四郎の首輪にリードを付けた。パンパンとジーンズについた土をはらう。


「んでは、いきますか」


 夕暮れの町を、三四郎と二人であるく毎日の日課。


「あら、夕子ちゃん。毎日偉いわね」

「こんにちわー」


 時々ご近所さんに声をかけられ、あたしは笑顔で挨拶をする。ご近所内のあたしの評判はすこぶる良い。明るい笑顔・明るい挨拶。模範的な服装。


 思えば、あたしは小さい時から両親に「かわいいかわいい」と言われて育った。


「あれあれ、これは思い違いかもしれないぞ?」


 と気がついたときには、既に明るい性格が形成されていた。ブス……おっと、自分で思っても微妙に傷つきますな……でも、明るく笑っていれば、それなりに人生を楽しむことができる。少なくともあたしはそうだった。つい数ヶ月前……中学二年の春までは。


 この世にはいるのだ。理由なく、誰かを攻撃したくて仕方のない人種が。根本的な理由としては、不安とか、劣等感とか……ま、何かしらの今に対する不満があるんだと思われます。ただ面白がってるだけかもしれないし。まあ、そこはどうでもいいんだけど。


 とにかく、その理由なき攻撃のターゲットになってしまったのだ。もちろん、自分にも原因はあると思う。理屈っぽい話し方とか、見た目に気をつけないところとか。


 努力で、女の子のクラス内レベルは2ランクくらいUPする。これは間違いない。見た目だけでも、さらさらの髪、つやつやな肌、真っ白な歯、整った眉、無駄毛の処理。それ以外でも、姿勢、仕草、口調、制服やバッグをキレイに保つことに、においのケア。つまりは雰囲気美人になればいいのだ。

 それになっておけば、男子からのからかいもこのレベルにまではならなかっただろう、と思う。


 でも努力も才能だって、これも誰かが言っていましたよ。猫背を気をつけようと思っても、話し方を直そうと思っても、直らないのだから仕方ない。鏡を見る暇があったら実況動画を見たい。興味のないおしゃれと男の子の話題に夢中な子より、好きなアニメやゲームの話ができる子と居たい。ありのままの自分で生きたい!


 今や学校で、あたしは完全な孤立状態だった。四面楚歌。げに悲しきは女の友情。いやいや、男子にからかわれるあたしを、遠巻きに眺める元友人たちを恨むのはやめよう。気の弱い地味女子グループがクラスの中心男子グループに立ち向かう術があるだろうか。いいや、ありはしない。これはええとー、倒置法? 


 とにかく、あと一週間で夏休みだ。そこまで頑張ろう。うん、頑張れる。


「ワンワン!!」


 考え事をしながら歩いていたあたしの耳に、三四郎の激しい鳴き声が届いた。

 我に返って目を上げると、信号が赤だった。


 迫ってくる車。


 運転席で目を見開いた中年女性。


 あたしに飛びつく三四郎。


 わあ、スローモーションみたい……ああ、これが走馬灯ってやつなのか。

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