ちょっと借りちゃったの
淡雪色のバレエシューズでできた一足の舟が小川を下っていく。
乗っているのは女の子。白のワンピースに銀の靴をはいている。嬉しそうに笑っているのが見える。
こきみよくはな歌を口ずさんで、まるでだいじな子犬にするようにしてバレーシューズの舟をなでている。
木々の間をぬけて一羽のツバメが飛んできた。
迷いなくまっすぐ、滑るように小川の方へ降りてくる。
流れゆくバレエシューズのへりに手をのせて立つ女の子がせまるツバメに気づいた。
あっと声をあげかけた女の子のくちびるが開ききるよりも前に、ツバメは器用にくちばしの先に女の子の襟首をひっかけた。
ぽーんと空中で投げあげられた女の子は今はもうツバメの背の上。まるい目をぱちくりさせて流れていく自分の舟を見ている。
乗る人のなくなったからっぽの靴はさらさらと小川を下っていく。下る先に一軒の家屋が見えてきた。
緑の芝が目に明るい赤い屋根の家。
芝生の庭に誰かいる。空色のやわらかなシャツに白いレースのスカートをはいた歳のちいさな女の子だ。かわいい淡雪色の靴をはいているのに、その大きさが左右の足でなぜかちぐはぐ。片側だけ大きさがちがう。ぶかぶかと決まり悪げに見える。
小川の水に手をひたし、腫らした目をぎゅっとすがめて女の子はただ水面を見つめている。ときどきしゃっくりみたいにのどを鳴らしては顔をこわばらせて目をこする。それ以外なにもしない。
泣きべそかきの女の子のそばを先ほどのツバメがすいっと飛びぬけた。背中になにかを乗せていたはずだが、女の子は小川をにらみつけるのでいそがしく、ツバメのちいさな影が横ぎったのにさえ気づいていない。
小川のせせらぎをちいさく乱しながら、誰も乗ってはいない一足のバレエシューズが流れてきた。しかめっ面だった女の子の目がまるくなる。
「どういうこと?」
女の子は足なじみがいい方の靴を無意識になでて、流れてきたバレエシューズが通りすぎる前にいそいで拾い上げた。
「……なくした靴の片一方と同じみたい」
おそるおそるはいてみた。ほら、女の子の言葉どおりにぴったりと足におさまる。しかも小川を流れてきたのにぬれていない。水滴ひとつもついていない。
靴が流れてきた小川を女の子は改めてながめてみたが、澄んだ水がせせらいで流れゆくばかりでなにも女の子の疑問に答えてくれるものはない。
それでもしばらくながめていたが、かわりばえない風景にそれも飽きてきた。
同じ大きさがそろった靴で女の子は立ちあがる。
トンッとつま先で地面をたたいてみるととてもしっくりきた。少しの疑問はすみの方に捨て去って、女の子はたちまち笑顔。
バレエのステップを踏むみたいに、軽やかな足どりで赤い屋根の家へと入っていく。
ツバメは飛び去り、その背に乗っていたとてもちいさな女の子の気持ちが靴の舟から綿菓子雲をつかまえることへと移り変わり、靴をとり戻した空色のシャツの女の子が入っていった家からははずんだこきみいいはな歌がかすかに聞こえてくる。
誰もいなくなった小川はひとりさらさらと流れる。ときどき木々が落とした葉っぱをただ静かに運びながら。