仮
酷くカサカサに乾いた手の甲の皮膚をなで回しながら美紀(みき)はまた同じような内容の話を口にする。
「だからね、彼の一番悪いところはー、やっぱり服のセンスが無いところだと思うのよー」
あんたにだけは言われたくないと思うな。
「だって私が見繕ってあげた服を、あろうことか燃やすのよ!」
そりゃ燃やしたくもなるよね。分かるよ、彼氏。
「だからね、私は言ってやったのー。『そんなに気に入らないなら自分で買いなさい』ってー」
彼氏もできるならそうしたいだろうねぇ。あんたがお金握ってるのに。
私は美紀が発言する全てに心の中で毒付き終えると、伝票を持って立ち上がった。
美紀は私のその行動を見て、右腕につけている腕時計を確認した。
「あら、もうこんな時間なのね」
そうだよ。と私は眉を下げて無理に笑顔を作った。
美紀も荷物を持って立ち上がる。私はレジに伝票を置いた。すぐに奥からマスターが来て、大分古くなったレジスターを操作する。
「ねぇ、本当どうしたら良いのー? 孝(たかし)のこと」
彼氏、孝って言うんだ。初耳。
「そんなの、美紀が教育してあげれば良いんじゃない?」
私は適当にそう言うとお釣りを受け取って老舗珈琲店のドアを押した。
「待ってよ実紗(みさ)!」
店のドアが閉まる一瞬前に聞こえた言葉を、強く吹いている風で聞こえなかったふりをして、駅までの道を歩き始めた。
クリーム色にタータンチェック柄のマフラーをきつく巻き直すと、ピーコートのポケットに手を突っ込んだ。後ろを振り返ってみたけど追いかけてくる美紀の姿はない。
どうせ、三歩歩いたら私においてかれたことも忘れて、彼氏――孝だっけ―――に連絡して迎えに来てもらうんだろう。
「……にわとりあたま」
そう呟いて、肩にかけた鞄をかけなおすと気持ち早めに道を歩む。
――――……私はいつも、友人関係は適当だ。
女なんて、やれ服がなんだ髪がなんだ煩いし、自分のことを褒めてくれる人としか付き合わないし、気に入らないことがあればネチネチグダグダ言って……
「ほんとめんどくさい」
「…………え、すみません。今日来たく無かったですか?」
その声で私ははっと我にかえった。忘れてた! 今は愛する隆浩(たかひろ)さんと食事に来てるのに! 私のバカ!
私は頭の中で自分に説教をする。
「いいえ全然。誘ってくれて嬉しいわ隆浩さん」
「そうですか。良かった」
隆浩さんはそれ以上聞いてはこない。良かった。やっぱり付き合うにはこんな年上の人のほうが良いんだ。
食事をし終えると、いつものように高級ホテルのスイートルームに連れていかれる。隆浩さんはなんでもないような顔をしているけれど、私はやっぱりお金持ちっているんだって毎回思う。
なんどもしていることなのに、やっぱり最初は頬を赤らめて恥ずかしがってしまう私に「君のそんなところが可愛くて好きですよ」なんて言って……。そんな笑顔で言わなくても良いじゃない。もう。
次の日の朝に目が覚めて、隣で寝ている隆浩さんの顔を見るとすごく幸せな気持ちになる。なのに美紀からメールが来たと思うと途端に気持ちが萎えてしまう私がいる。
―――……いつからこんな風になってしまったのかな。もっと前の中学生の時とかは周りにもたくさん友達がいて……あ、いやいなかったわ。小学生の時はまだいた方だけど、中学校に入る前にあの事件があったからだ。ほんと私って小さい女。でも仕方ないことだもん。中学の友達には悪かったけど。
「ん…あ、おはようございます。実紗さん」
おっと隆浩さんが起きちゃった。思考は一時停止っと。
「ふふ……おはようございます。もう10時ですよ」
こんな会話をしているとやっぱりすごく幸せを感じるのに、美紀とか友達といるとすごく疲れている私がいる。
そんな自分を正当化する理由をいつも探していた。
今日は仕事休みだからゆっくり録り貯めたドラマでも見よう。
そう思い、足取りも軽く自宅に戻ろうとしたその道中に美紀に見つかった。「あっ、実紗!」なんて話しかけられて思わず舌打ちをした自分が少し怖かった。
忘れてた。メールで近くに行くからお茶しようって言われてたんだ。
「ちょうどよかったー。実紗に会えたら一緒に飲もうと思って色々紅茶とかコーヒーとか買ってたのー」
「……それは嬉しいな。私もちょうど飲みたかったの」
そうやって私は嘘をついて友達とは適当に過ごしている。
嘘に嘘を重ねて。無理して付き合って。なにが楽しくて私はこんなことしてるのかな。
嫌なら嫌って、めんどくさいなら突き放して。そうすれば良いって分かってるのにやらないのは……。
********
私がこんな風に同性と上手く付き合えなくなったのは中学校に入る前の春休みにトラウマになる出来事があったからだ。
まだ小学生とも中学生とも言えない微妙な時期に、その時はまだ何人かいた友達と連日遊んでいた。
毎日髪型がポニーテールの女の子の家に、他の友達数人とお邪魔した時のことだった。
ポニーテールの女の子は5つ、ジュースを持ってきてくれた。その日はその子と私と他の友達をいれて六人。ひとつ足りない。私の前にだけジュースは置かれなかった。
少しだけ疑問を残しながらも私はみんなと普通に喋って楽しんだ。
喋り疲れた頃に1人の女の子が鞄からお菓子を取り出した。するとそれを見た他の子達も次々とお菓子を取り出した。
私は焦った。するとその様子を見ていたポニーテールの子が私に声をかけた。
「お菓子持ってきてねって伝えたんだけどなー」
ニヤニヤと笑いながらそう言う。他の子達もクスクスと笑っている。嘘だ。聞いてない。
私はついに我慢が出来なくなり、家から飛び出して泣きながら家路を急いだ。
その次の日からは、向こうから私の家に訪ねてきて、半強制的に引きずり出され、いじめられ……その繰り返しだった。
いじめの内容も日に日に酷くなっていた。初めは仲間外れにしたり、わざと話を聞かなかったり、と小さくて些細なものが、段々と普通に「キモい」や「死ね」と言われるようになっていた。
あまりの精神的いじめから、
私は女性恐怖症になった。突然話しかけられたりすると、ビクビクして、わざとつっけんどんな態度をとったりして近づいてくる人を遠ざけていた。その行動を見ていたポニーテールの女の子達が中学入学しても私をいじめてきて、女性恐怖症はますます深刻になった。
理由も分からないままにいじめられ、女性恐怖症になってしまい、本当はすごく悔しかった。友達も欲しかったのに……。
********
次の日、仕事が終わり社員用通路から出ると隆弘さんが目の前にいた。
「隆弘さん! どうしたんですか、まだ仕事じゃ……」
「今日は早めに終わったんです。こんなこと久しぶりだから君に会いたくなりましてね」
そんな台詞を赤面もせずに彼は言ってくれると同時に、背後から同じく社員用通路から出てきた同僚が、「男好き」と吐き捨てたのが聞こえた。
そんな同僚を隆弘さんは姿が見えなくなるまで見つめると、にこりと笑って私の手を取った。
「行きましょうか」
連れてこられたのは、高級マンションの一室。何度か訪れたことがある。隆弘さんの家だ。
部屋に入り、ソファに座らされた。隆弘さんはどこかに消える。5分ほどたつと、彼はリビングに戻ってきた。お盆に乗せた紅茶と共に。
「君の好きなフレーバーですよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
少し口に含んでテーブルに置く。暫しの沈黙。
「……さて。君が何に悩んでるか聞きましょうか」
私は驚いた。
「なぜ……」
「君のことだ、分かりますよ。何年付き合ってると思いますか」
まぁ5年も付き合って、全く話されなかった悩みですから、言いたくなければ……。と隆弘さんは語尾を濁した。
「ううん、ううん」
私は涙を流しながら頭を振る。「心配させたくなかったの……」
隆弘さんはゆっくりと私の肩を抱いてくれた。そして私は全てを語りだした。
「――……なるほど。君にはそんな過去があったんだね。どうりで……」
私の話を聞き終えた隆弘さんは開口一番、そう言った。
「だから男好きって言われても、しょうがないことは分かってるの。」
「そんなことはないよ。君は女性が怖いんだから男性にいってしまうのは仕方がないことだ」
隆弘さんはゆっくりと、私の目を見ながら話してくれる。
「……ありがとう」
「僕こそ、話してくれてありがとう」
ふたりでそう言うと唇を重ねた。
「もう、悩んでも溜め込まないこと。僕に相談すること。いいかい?」
「うん」
私は、心の痛みが和らいだことを微かに感じていた。
その日の夜。隆弘さんが寝てしまい、暇をもて余した私は近くのコンビニにいった。お菓子の段を眺めながら、ふっと視線をずらしてレジ近くを見たときだった。
「あっ」
つい声が漏れてしまい、その人が後ろを振り向いた。やっぱり。あの時の……ポニーテールの女の子!
「どしたの美代(みよ)ー」
女の連れがそう言って初めて名前を思い出した。そういやそんな名前だった。
何でもないの、先行ってて。と美代は連れにそう声をかけると私に近付いてきた。思わず身構える。
「そんなにビビんなくても良いじゃん」
美代は意地が悪そうに口端をあげる。全く変わってない。
「……誰のせいだと思ってるの」
私は、心なしか声が震えているのが分かった。
「さぁ? あたしにはあんたのことなんて興味ないからわかんなーい」
そのことには幸い気付かれていないのか、美代は言葉を続けた。
「まぁ……言っておくけど、あたしはあんたとは友達なんて思っても無かったからね。あんたはみんなに嫌われてたし、グループにも嫌われてた。わかる? なんで自分が嫌われてたか」
美代は、私がなにも言わずにただ睨んでいるのも構わずに、饒舌にあの時の記憶を思い出させる。
「あんたさぁ、覚えてる? 覚えてなくて良いけど、あたしたちのグループのリーダー。リーダーにはね、好きな人がいた。あんたはそれを知っててリーダーの好きな人と仲良くしてた。まぁ、それが始まりだよね。」
「……」
私はただ、何も言わない。じっと話に耳を傾けていた。
「しかもさぁーその男だけじゃなかったでしょ。他の男にもほいほい手ぇだして……小学生ながら、よくやるなーあいつって思ったわよ。まぁその男問題だけじゃなかったけどさ、一番皆がムカついてたのはそれかな。はははっ」
私たち二人しか客がいない店内で、美代は高らかに笑った。
「……ま、今さらこんなこと話したってあたしもみんなも気持ちは変わらないし、悪いなんて思ってないから」
彼女は歩きだしたが少ししたら足を止め、「いじめなんて、いじめられる方が悪いのよ」と捨て台詞を言って去っていった。
―――……あの日を境に、今まで会わなかったのが嘘のように幾度となく美代と出合い、あの日の記憶を思い出させられた。
会うたびに隆弘さんの家で吐いてしまい、相当心配をかけた。
「実紗、顔色悪いけど、大丈夫?」
気がつくと、美紀が私の顔を覗きこんでいた。
あれ? 私は、何をしていたの?
顔を上げ、首を回して回りの景色を確認した。美紀の家だ。
「どうしたの?」
彼女は、本当に心配そうにしてくれているようだ。
「熱でもある?」
腕を伸ばして私の額に触れようとする手をさりげなくかわしながら「ちょっと、悩みごとが……」と言った。
咄嗟にしては、上手いと思った。これなら半分本当だし、大体こういえば人は何も詮索してこなくなる。
「なになに? なんでも聞くよ? 話してみてよー」
落胆した。まさかこんな人がいたとは。
大したことじゃないから、と軽く断った私に、それでもと彼女は食いついてくるので、私は剣幕に負けたのか、ぽつりぽつりと最近美代と出会ったことから話し出してしまっていた。
彼女を信じ始めている。驚くべき気持ちの変化だった。
「えー嫌いな人に嫌でも会ってしまうんだ、すごいやそれはー」
話を聞いた美紀の第一声はそれだった。またも落胆した。そんなことを言いたかったんじゃないのに。
「んんー、それで昔のことをまだ根に持ってる……んだよね? んんー」
腕組みをして、もっともらしく悩み始めた美紀。如何せん頼りにはしにくい。
数分の沈黙の後、「その人に会っても喋らないようにしたらぁ?」と楽観的な返答が返ってきた。頭がいたい。
「それか、実紗のあの素敵な彼氏に相談でもしたらいいよ! 年上だし、頼りになるでしょ?」
「そうなんだけど……心配かけたくなくて」
約束が頭をよぎったが、こればかりは、とその考えを頭の隅に追いやった。
「もー、実紗。あんまり溜め込んじゃダメだよ、ちゃんと話さなきゃ。実紗はすぐ溜め込むんだから」
美紀が意外にも私のことをちゃんと見ていて驚いた。ただの馬鹿だと思っていたのに……。
少しだけ、美紀を見直した。
「あ、そーだ。実紗と彼氏って、なんでいつも敬語で話してるの?」
「それは……隆弘さんは二人きりになるまでは、職業柄あまりタメ語で喋らないの。だから私もついそれに合わせちゃって」
なんとなく気分だけ良くなった私は、美紀との雑談を楽しんだ。
その日の夜、隆弘さんの家に忘れ物をしていた私は取りに行き、その帰り道にコンビニに立ち寄った。覚悟を決めるために。
「いた」
小さく声に出してしまった。本当、驚くぐらいよく会う。
私はもう限界だった。
ここ何日かで美代の行動パターンを把握していた私は、いつものように深夜にマフラーをまいて、コンビニに寄った。
美代は丁度コンビニを出たところだった。
私は静かに美代の後ろに回り込んで、マフラーを外していく。
「美代」
その名前を呼ぶと、彼女は不思議そうに振り向いた。
「げ。なに?」
いかにも嫌そうに顔を歪める美代。私だって嫌だ。
「あのね……」
私はそう言いながら、手に持っているマフラーをきつく握りしめた。
「なに?まぢキモいんだけど」
私がなかなか喋らないので美代は急かす。
「うん。あのね」
今 だ
私は素早く美代の首にマフラーを巻き付けた。
「あんたに、死んでほしいの」
そう言ったのを合図に、巻き付けたマフラーを力一杯引っ張り、首を締め上げる。
「な……に……をぉ……」
美代はみるみる内に顔を赤から青に、白に、紫に、黒に変えていく。
そしてついに白目をむいて、地面に倒れこんだ。
「……ごめんなさい……隆弘さん……」
私は泣きながらそういうと、背後にある電柱の影から隆弘さんが現れた。
「……やっぱりね。君の様子があまりにおかしいからついてきたら…」
隆弘さんの表情は、闇に紛れて分からない。
如何でしたでしょうか。
ジャンルはホラーに設定しておりますが、あまりホラーではなかったかと思います。
初めまして、四月一日(わたぬき)です。
この作品は、私が愛用している長いマフラーを思い出したときに書いたものです。
思い付きで書く人なので……。
実は少し洒落や遊びなどを加えるのが好きでして、男性の名前は全て『た』、女性の名前は全て『み』から始まるもので考えて遊んでみました。
この作品に込めた思いは、自分の苦手とする人のことを忘れて、前向きに生きていこうという意味合いで、書きました。
主人公は、作中であまりにも愚かな選択を最後にしてしまいましたが、それは主人公の苦手な人のことをどうしても考えざるをえなくなり、堪えきれなくなったからです。
しかし、現実ではそんなことはできません。忘れることしか出来ないのです。
だからこそ、主人公には行動に移してもらいました。
さてさて、初めての作品のあとがきはここらで終了させていただきます。
これから他の作品もどんどん書き進めていきたいと思っていますので、どうかお付きあい
くださいませ。