06-5 <閑話> 利希也
お兄さん視点三人称の閑話です。
利希也は佐久耶の兄だ。
3人兄弟の一番上の長男であり、生まれた時から家の仕事を継ぐのは決まっていた。
幸い利希也には商才があり、父の仕事を継ぐのに十分な知識と経験を着実に備えていった。
可愛いお嫁さんももらい、これで男の子が生まれれば文句なしに幸せなんだろうと利希也自身思っていた。
だが、最近の利希也には心配事が1つある。
それは三男である弟の佐久耶の事だ。
17歳の佐久耶はすぐ下の次男と違って、真面目に家の仕事を手伝ってくれる。
”国一の農家になってやるぅぅ!”と叫んで飛び出して行った次男とはえらい違いだ。
しかし、利希也は次男よりも佐久耶の方が先に家を出ていくのではないかと思っていた。
佐久耶は昔から随分と元気な子だった。
外に友人と一緒に遊びに行っては、必ず傷の1つや2つをつけて帰ってくる。
子供は元気なのが一番だという事で、両親はそれを決して咎めなかった。
利希也という長男の後継ぎがいたため、次男三男には自由でいて欲しいと思っていたのだろうか。
とにかく佐久耶は元気だった。
次男よりも元気な三男。
これだけ元気で暴れまわるのが好きな子だから、将来は家の仕事なんて手伝わずに家を飛び出してどこかにでも行ってしまうのだろうと思われていた。
その思いとは反対に、佐久耶は自然の流れであるように家の仕事を手伝いだした。
しかも、その仕事内容には文句の1つもなく黙々とこなす。
だが、幼い頃のように外に遊びに行く事がなくなる事はなかった。
休みの日は両親や利希也が知らない場所まで行っているらしく、思いつめた表情で帰ってくる事もあった。
何か急用を思いついたかのようにどこかに行った時は、その日の夜に空を眺めている事が多い。
― お前、今のままで本当にいいのか?
両親も利希也も何度か佐久耶にそう言おうとした事がある。
だが、両親達に見せる佐久耶の表情は、いつも通りの何もないかのような表情ばかり。
本音を両親達に見せようとしない佐久耶に、どう切り出していいのだろうか。
何か切欠があればとそう思うのは、利希也も両親も同じなのだろう。
*
「父さん、佐久耶は?」
「今日はジェスヴィリアの姫様が来るって事でそれを見に行ったようだよ。何か頼みたい事でもあったのか?」
「この間の荷物の数の確認を一応しようと思ってな。そっか、いないのか」
商品の運びこみ。
その仕事はとても大切な仕事だが、つまらない仕事だと若い人ならば辞めていく事が多い。
佐久耶はその仕事が楽しいかのように、いつも笑顔で仕事をしている。
「けど、やっぱりジェスヴィリアの姫様を見に行ったんだな」
「あの子がこの手の祭りを見ない訳がないだろう?」
「そうだよな。あいつは昔から祭りとか好きだったからな」
「こっそり行っても、嘘をつくのが下手だから行った事はすぐバレるしな」
父と利希也は互いに顔を見合わせて笑い合う。
昔の佐久耶の事を思い出しているのだろう。
本当に賑やかで楽しい事が好きで、好奇心旺盛で、それでいて優しいのだ。
「あの嘘が下手な所は、取り引き相手との駆け引きには全然向かないよな」
「というより、父さん。佐久耶にお客様を相手にさせるってのは多分無理だ。特に性格的に」
「商才が悲しい事にないんだよな…」
「仕方ない。向いてないのは向いてないんだしさ」
長男には商才があった、次男三男には商才がなかった。
だが、次男は体力に自信があったからなのか、田舎の方に行き農業に励んでいるらしい。
噂ではかなり優秀な農家になりそうだとかなんとか。
「あの子は何になりたいんだろうな」
「俺は情報を取り扱う職業なんか向いていると思うな。佐久耶って昔からどこから聞いてくるのかわからないけど、色んな事知ってるし」
「ああ、そうだったな。ジェスヴィリアの事なんかこの辺の商人以上に詳しいしな」
つい最近からジェスヴィリア産の商品も取り扱うようになってきた。
それを取り扱おうと思ったのは、佐久耶が語る他国の事をよく耳にしていたからだ。
随分と正確で広い知識だと感じるほど、佐久耶は色々な事を語った。
「やっぱり、どこかの隠密系かな?」
「そういう系になるな。何しろ…」
「佐久耶は正確な情報収集はできるけど」
「それを使うのは下手だしな」
悲しい事に商才がないのと同様に、情報を集める事ができてもそれを上手に扱う事ができないのが佐久耶なのである。
しかも、本人はペラペラと両親達にその情報を話し、それがかなり重要な情報である事を自覚していない。
「隠密か…。隠密は別にいいんだけどな、利希也。お前、佐久耶が強いかどうかって知ってるか?」
「仕事中、港でごろつきに絡まれた時は、あっさりそれを撃退していたってのは聞いた事があるけどな」
我が弟ながら、謎な事が多いと利希也は思う。
だからこそ、こんな一介の商家の手伝いで終わるような人間ではないはずだ。
もっと広い世界へ、この街の外でもいい、国を出てもいい、この小さな商家の中にいるのではなく、他の所に行ってみるべきだと思うのだ。
「なぁ、父さん」
「何だ?」
利希也はずっと考えいた事がある。
きっとそれは、目の前の父も同じだろう。
「佐久耶には自分のやりたい事をやってもらいたいと思っている」
佐久耶と同じ年ごろの子は、軍へ志願したり、街を出て次男のように自分の道を見つけたりしている。
佐久耶も本当はそうしたいんじゃないだろうか。
こんな平凡で、変わり映えのない日々を送っている事はつまらないと感じているのではないだろうか。
「父さん。もし、佐久耶がやりたい事をやる為にこの店を辞める事になっても…」
「できる限りの援助をして送り出してやる!」
「だよな」
2人の考えている事は同じである。
家族が何かをやりたいのならばそれを最大限に援助する。
それは当たり前の事であり、家族に対して我慢する必要なんてないのだ。
― だから、佐久耶。お前はお前の道を行け!
*
ジェスヴィリアの姫が入国してからしばらくして、姫の警護である近衛兵の募集がかかった。
対象は訓練を受けた傭兵や貴族だけではなく、身分を問わないとの事。
ただし、貴族の推薦が必須である。
― 佐久耶は応募しないのか?
― 貴族の推薦なんてもらえないだろ?だから、無理無理
利希也の言葉にそう答えた佐久耶。
全然興味がないかのような返答に思えたが、しかし、その言葉は逆に言えば推薦があれば応募できただろうに…という思いが込められていたようにも感じる。
家の仕事は商家だ。
大きな商家でもないが、小さな商家でもない。
取り扱っている商品の中には、この国でも珍しい商品もある。
だからというのか、取り引き先には貴族もいる。
利希也は佐久耶の為に動いた。
勿論父も動いた。
取り引き相手とはいえ、貴族の推薦をもらう事は難しいだろう。
だが、利希也が頼んだ貴族は快く推薦状をだしてくれた。
日頃の何気ない会話の中に、佐久耶の事を混ぜておいたのが良かったのかもしれない。
佐久耶は商家の仕事ではなく別の道も歩める。
その一歩がこの許可証だ。
利希也は、佐久耶が近衛の試験に受かるなどとは思っていない。
これがきっかけとなり、自分の道を歩んでくれるようになればいいと思っているだけだ。
佐久耶が望む、佐久耶だけの道を。
両親も利希也も、佐久耶はずっと我慢しているのだと心の底から思い込んでいた。
好奇心旺盛で行動力があるとみられたどこかに行って傷をつけて帰ってくるのは、フィラに連れまわされて盗賊や山賊相手と戦わざるを得なかったからである。
お祭りが好きで、お祭りがあれば仕事を休んでそこに行くのは、フィラが賑やかな事が好きで行くのを強制されているからである。
他国の正確な情報をあっさり手に入れてくるのは、実際その国へとフィラに連れまわされて行き、その場で聞いた事を重要だとも思わずさらっと話しているからである。
全てが誤解というわけではない。
実際佐久耶は、楽しい事は好きだろうし、好奇心もそれなりにある、そして結局は冷徹になりきれずにフィラの頼みは全く断れない優しい所もある。
だが、平和でほのぼのした日を望んでいるのが真実であり、決して近衛兵の募集に応募したいなどとは全く思っていないのである。
しかし、過去の行いと言う”実績”がある以上、そのちょっとした誤解が解ける日は来ないのかもしれない。