06 姫様の警備隊
ジェスヴィリアの姫様が王宮入りして十数日が経つ。
街中は未だに大歓迎の雰囲気が残っていて、賑やかだ。
今日は仕事が休みで、なおかつフィラが持ち込む厄介事もない。
俺はのんびりと街中を歩いていた。
っと、なんだ?
そこそこ人通りが多い通りのある一角に、わらわらと人が集まってるようだ。
なんか、面白いものでもあるのか?
俺はいそいそとそちらの方に向かう。
…っていかん、最近フィラに毒されてきたかもしれない。
と思いながらも好奇心は止められない。
えっと、なになに。
人だかりの中心にあったのは1つの立て札。
そこにある事が書かれている。
ティラシェル様の近衛兵募集?ティラシェル様ってのはこの前来た姫様の名前か?
この国の人間の名前ってのは、他の国から見たら変わっているらしいんだが、俺からすれば他国の人間の名前の方が発音しにくくて変わってると思う。
まぁ、それはとにかくとして、”ティラシェル”という名前はこの国の名前じゃないだろう。
という事はやっぱり、この間来た姫様の名前か。
(確か自国の兵士だか騎士だかを何人か連れてきてなかったか?)
(大半は見送りでジェスヴィリアに帰ったと思うよ。残ってるのは数人だろうね)
(そうなのか?)
(自国兵士大量に残しておいたら変に思われるでしょ。かといって、警備をザルにしておくわけにもいかないから、この国内で募集してるってとこかな)
にしても、何でこんな一般市民の通りに立ててあるんだ?
しかも、応募条件がかなり厳しいし。
貴族の推薦が必要って、そりゃどこの馬の骨とも知れないヤツを雇うわけにはいかないんだろうが、こんな一般市民が通るだけの街道にこんな知らせ立てた所で、募集できるやつなんているのか?
(素人集めた所で大した戦力になんかならないだろうに、何で軍から何人か引き抜いて警備隊作らないんだ?)
(さあ?国の事情ってやつなんじゃない。ま、でも、ド素人を雇うつもりはないようだよ)
(は?)
(ちゃんと選考試験があるみたいだしね)
あ、本当だな。
実技の選考試験が何回かあるみたいだ。
そりゃそうだよな、取りあえず雇ってみたはいいけど、剣も握った事ありませんってのじゃ困るだろうし。
ちなみに、俺は剣なんて使えないぞ!
体術ならある程度強いとは思うんだが、武器はちゃんとした師に教えてもらわないと変な癖がつくからやめておくようにとフィラに言われたからだ。
「佐久耶じゃないか」
「兄貴?」
ぼやっと人ごみの一番外側に立っていたら、兄貴が歩いてくるのが見えた。
何でこんなところにいるんだ?
「今、丁度取り引き先から店に戻る途中なんだ」
「そうなのか」
「佐久耶は今日休みだろ?何見てたんだ?」
「ああ、これ見てたんだよ」
俺は人に囲まれてここからは良く見えない立て札の方をちらっと見る。
兄貴はそれが何のか興味があるように背伸びをして覗き込んでいた。
内容を読んではっとした表情をしたが、すぐに表情を引き締める。
何だ?
この近衛募集ってのは、もしかして商売に影響するかもしれない事なのか?
「やっぱり、佐久耶はこういうのに興味があるのか?」
「いや、そう言うわけじゃないけどな」
「けれど、これに受かれば一気に出世だよね」
「ま、そうだろうな」
正妃直属の近衛だ。
身分的にもかなり高い地位になるんじゃないかと思う。
「佐久耶は応募しないのか?」
「貴族の推薦なんてもらえないだろ?だから、無理無理」
「そうか…」
兄貴は何か考えるように下を向く。
最近俺と話をすると、ちょっと考え込む事が多い兄貴。
知らない所で何か心配でもかけちまってるか?
風の治癒を覚えてからは、傷とか残さないようにしてるから大丈夫だと思うんだが…。
「兄貴、店に戻らなくていいのか?」
「あ、ああ、そうだな」
「何か話があるなら、また今度聞くよ」
「そうだな、そうするよ」
ひらひらっと手を振って俺は兄貴を見送る。
俺と違って兄貴は休みなんて殆どない。
経営者みたいなもんだから仕方ないだろう。
やっぱ、兄貴、疲れてるのか?
俺ももうちょっと色々店の手伝いができるようにちょっと勉強でもしてみるかな。
(ねぇ、サク)
(うん?)
(さっきの言葉)
(さっきの言葉?)
(ほら、募集するかどうかって聞かれて答えた言葉)
(何か変か?だって、貴族の推薦なけりゃ無理なのは本当だろ?)
(そうだけどね、サクのその言い方だと、貴族の推薦があれば本当は行きたいって思ってるとも取れるよ)
(…は?)
えーっと、待てよ、待てよ、ちょっと待てよ。
俺、否定っぽいこと口にしてたか?
いや、全然してなかったような。
ということは、兄貴に盛大に再び誤解を植え付けたって事…なのか。
のああああ!!
俺は別に刺激的な毎日が好きってわけじゃないんだ!近衛になりたいとか思ってないんだ!
いや、もう、これは、早い所、兄貴の誤解を解かないとマズいよな!
*
日が暮れていつものように家に戻る。
仕事で忙しい両親を待つことなく、俺は適当に夕食を食べる。
簡単なものなら自分でも作れるので、さっと作ってさっと食べる事にする。
食べ終わってがしゃがしゃと適当に食器を洗っている所に、両親達が帰ってくる。
今日は帰ってくるの早いなぁ~。
「ただいま~、佐久耶」
ひょっこり厨房に顔を出したのは親父だ。
「おう、お帰り親父。何か作るか?」
「いや、母さんがお客様からもらったものがあるって言ってたからな」
「そうか。何か必要な食器とかあればついでに持ってくぞ」
「それなら、箸と皿を何枚か頼む」
「了解~」
洗い終えた食器を置いて、俺は両親と兄貴達の箸と食器を用意する。
確か漬物残ってたから、一応持っていってみるか。
「なあ、佐久耶」
「あ?」
てっきり部屋の方に戻ったとばかり思っていた親父がまだそこにはいた。
妙に真剣な表情をしている。
突然親父は、どこに持っていたのか分からないが、紙切れ1枚を俺に向かって差し出してきた。
「何だこれ?」
俺は何の疑問も持たず親父からその紙切れを受け取る。
たいして大きくもなくその紙には、簡単な一文と署名捺印があった。
許可証かなんかっぽいよな~。
特にこの捺印なんて貴族の印っぽい………って、なんでだぁぁぁぁ!!
「お、おや、親父ぃぃ?!!」
って、何で近衛兵応募の許可証なんて俺に渡してくるんだ?!
偽物か?!偽物か?!それとも偽造か?!
「とにかく、落ち着け佐久耶」
「なんだ、親父。さっそく渡したのか?」
親父の後ろからひょっこり兄貴が現れる。
「いいか、佐久耶。言っておくがそれは本物だ」
「ほ、ほ、本物ぉ?!」
「商売上、貴族様の知り合いもいてな、お得様の貴族様に一筆書いていただいたんだ」
「あの方は佐久耶の事も知っているしな」
「あ、兄貴…?」
え?え?貴族のお客様って何だ?
いや、落ち着け俺。
商家なんだから、貴族と取り引きしててもおかしくないだろ。
つまり、貴族のお客様がいるのはおかしくないわけだ。
よし、ここまではいい。
で、問題はこれだ。
俺は手にしてしまった紙をまじまじと見る。
「お前、やりたい事もやらないで黙々と家の仕事手伝ってるだろ?」
「兄貴?」
「本当はそういうの憧れているけど、言いたくても我慢してるんだろ?」
「は?」
何の事だ?
俺は自分の気持ちに比較的正直に生きてるつもりだぞ。
そもそも嘘なんてつけない性格なわけだしな。
「佐久耶が仕事を手伝ってくれるのは助かっている。このまま手伝いを続けて、ゆくゆくは利希也を補助してくれるようになってくれればいいと、私は勝手に思い込んでいた」
「親父?」
「だが、利希也に言われて気づいたよ。お前はそんな一介の商家の手伝いなんかで満足するような性格じゃないもんな」
「佐久耶は昔っから、良くどこかに行っちゃ傷をつくって帰ってくるような冒険家だったからな」
いやいやいやいや!勝手に話を進めないでくれ。
俺は満足してる。
今のままで十分だぞ!
「近衛の募集があったってのも運命かもしれないからな。だから、佐久耶」
「行って来い!本当のお前はこういう道を選びたかったんだろ?」
ぽんぽんっと肩に親父と兄貴の手が乗せられる。
俺は許可証を持ったまま呆然とするしかない。
親父も兄貴も呆然とした俺を気にせずに、厨房から満足そうに出ていく。
(見事に自己完結していっちゃったねぇ)
ま、まてぇぇぇい!!
何なんだこの展開は?!
(考え方が単純ってのはサクの家系なのかな?)
(単純とかそういう問題じゃないだろ?!いつ、俺が、近衛の募集に応募したいなんて言ったよ?!)
(それはサクの日頃の言動が問題なんだと思うよ)
(俺?俺が悪いのか?!)
(全く否定しないで、誤解されるような言い回しもしていたわけだしね)
確かに兄貴の誤解を解かなかったのは俺が悪い。
俺と同じ年頃のヤツなら、姫様の近衛なんて憧れの職業なんだとも思う。
けどな、けどな、俺は、俺は…!
近衛兵なんて恐ろしい職業なんかに応募したくないんだぁぁ!!
(日々の積み重ねって大事だよね、サク)
ああ、そうだよな。
本当に心の底からそう思う。
けどな、けどな、フィラ!
今それに気づいたって遅いと俺は思うんだ。
次は三人称の閑話になります。