05 隣国のお姫様
ジェスヴィリアの姫様の入国は盛大に行われている。
本日首都入りするらしいお姫様、陛下の正妃になるという話だったんだが、正確には正妃候補らしい。
陛下と姫様が互いに話をして、気が合えば正式に結婚となるそうな。
政略結婚っぽいのに、自分の意志で選べる選択肢が残されているとは、決めたのが誰かは分からないが随分と寛大なんだなぁと思ってしまう。
政略結婚って問答無用じゃないのか。
(うわ~、賑やかだね~)
(国中で大歓迎って感じだよな)
俺は今、例の姫様の王宮入りの歓迎の様子を見ている。
街の一番大きな通りを姫様が通る専用にし、その周囲は歓迎する市民で溢れてる。
歓声と風に舞う花びら、かなり華やかだ。
しかし、人ごみに押し込まれてまで姫様を見たいとは思わない。
俺は街道沿いの屋敷の屋根の上にいる。
勿論風の力で、自分の姿が分からないように幻覚使ってる。
誰とも知らぬ屋敷の主さん、屋根の上お借りします。
風の力ってのは結構色んな事が出来るから便利だ。
(あれが、噂の姫っぽいね)
(あの派手な馬車か?)
姫様ご一行行列の中央あたりに、やたらとキラキラしている馬車がある。
その馬車を囲むように馬に乗った兵士が多数でよく見えないが、その馬車に噂の姫様が乗っているんだろう。
にしても、やたらキラキラしてるよな。
俺の表現力じゃどうにも説明ができないんだが、まぶしいっつーか、いや、ちゃんと武装はされていると思うぞ。
ただ…、ああ、そっか。
あの鎧とか服とか、暗い色を殆ど使ってないのか。
(闇の精霊嫌いだから、暗い色とか使うのも嫌だったりするもんか?)
(あ、気づいたんだね、サク。うん、そう。歪んだ信仰心というかなんというか、徹底しているというか…)
フィラの声が完全に呆れたようなものになってる。
確かにここまで徹底してれば呆れるよな。
って、お?ちょっと姫様の姿が見えてきた。
長いさらさらの金髪で、背はちょっと小さめか?
確か俺と年齢があまり変わらなかったよう……
(サク?)
っ…!!ひ、久々に見惚れそうなるほどの可愛い顔だ。
ちょっと恥ずかしそうに浮かべてる笑顔とか、いいよなぁ。
こう、なんというか護ってあげたい雰囲気があるっつーか。
(サク!!)
(うおぁ?!はい!)
思わずびしりっと姿勢を正してしまう俺。
(見惚れてたね)
(あ、いや…)
(あの子に見惚れてたでしょ)
(……ちょ、ちょっとだけ)
はっとするような可愛い顔だし、ちょっと見惚れていたのは認める。
けど、あの顔に見惚れない男がいないはずがない!
あれは誰もが求める可愛らしさだ!
(確かに人間にしては可愛い子だとは思うけどね!もっと可愛いのがここにいるでしょ!)
(…普通、自分でそれを言うか?)
(言う!だって、私は可愛いもん!)
いや、確かにフィラはとびきり可愛い。
最初見た時見惚れた俺は、うっかり契約して今に至ったりしているわけだしな。
けど、可愛いのとか美人とかってやっぱり見慣れるんだと思う。
今は見惚れる事なんてなかったりするからな。
(あの姫様に見惚れたってのは、可愛いと思ってその顔を見たわけじゃないから衝撃的だったってだけだよ)
(ふ~ん…)
(本当だって)
(じゃあ、あの子に何か頼まれてもひょいひょい気軽に引き受けないでよね)
(別に気軽に何か引き受ける気はないよ。というより、そもそも俺とあの姫様の接点なんてゼロなわけだから、なにか頼まれるような機会自体がないと思うぞ)
一般市民と国王陛下の正妃のどこに接点ができるんだか。
今日この日、姫様の顔を見るのが多分最初で最後だろうさ。
(あ、そーいや、あの姫様って契約者なんだろ?)
街中で流れている噂の中で、姫様の公開されているだろう情報が飛び交っていた。
ジェスヴィリアの第三王女であり、光の精霊との契約者。
(うん、そうだね。しかも、結構高位と契約してる)
(分かるのか?)
(あの子の近くに小さい子供がいるでしょ?)
(うん?)
姫様のすぐそばに、姫様の腰くらいの背の子供がちょこんっと存在している。
真っ白い髪に、真っ白い衣装、髪に隠れて目の色は見えないが、見事なまでに真っ白な存在だ。
けど、存在感があんましないよな?
(一応軽く姿が見えないようにはしているみたいだから注目してる人少ないけど、あれが契約相手の精霊)
(精霊なのか。一応普通の人間っぽく見えるぞ)
(だから高位の精霊なんだよ。ま、私からすれば高位って言っても大した力じゃないと思うけどね)
(そりゃ、フィラから見ればそうだろうよ)
精霊王の力ってのは他の精霊に比べて圧倒的らしい。
その属性全ての精霊を従える王なのだから、高位の精霊と比べてもその力の差は圧倒的。
だからこそ、精霊王との契約者なんてのが殆ど現れないわけなんだよな。
(なんか見る限りじゃ、フィラとは話合わなそうな感じだな)
光の精霊を雰囲気で判断するってのも何だが、あの精霊は賑やかな事とか騒動とかを面白いと思わないような気がする。
俺だって騒動が好きってわけじゃないんだが、全部が全部嫌ってわけじゃないんだよな。
口にすれば最後、休みなしでとんでもない事に巻き込まれそうだから絶対に言わないけど。
(合わなそうじゃなくて、絶対に合わないよ)
(断定かよ)
(光と風の属性の相性が悪い訳じゃないんだけど、どうも、私の性格とは合わないんだよね、光って)
(属性の相性は悪くないのか?)
(ないよ。風と一番相性いいのは火だけど、光はその次に相性いい属性だからね)
風は火を強化でき、火は燃えさかる事で風を起こす事も可能。
だから火と風の相性ってのは抜群にいい。
もし、俺が火の契約者と一緒に息の合った攻撃でもすれば、多分効果は倍どころじゃなくなるんだと思う。
実際やったことはないが。
(風の子の中で、光の子と仲良い子もそれなりにいるわけだし)
フィラの言う”子”ってのは、あのちまい精霊達の事だ。
あの大きさなら確かに”子”だしな。
(フィラの性格と合わないってことは、光の精霊って真面目だったりするのか?)
(真面目って言うか…いや、確かに真面目なんだけど、融通が利かないというか適当な事があまり出来ないというかね)
(あー…なんとなく分かった)
フィラのやり方とか考え方が光の精霊にとっては気に入らないものが多いんだろうな。
確かに正攻法とは言い難いやり方多いしな。
(どっちにしろ、関わる事なんてないだろうから、モメる事もないだろ)
(だといいんだけどね~)
(その言い方は俺を巻き込む気なのか?!巻き込む気なのか?!)
(何もしないよ)
(ほ、本当か?)
(疑り深いなぁ…、大体私が権力関係の事件に表立って首突っ込むような事、あんまり好きじゃないって知ってるでしょ?)
(ああ…)
俺が今こうして一般市民のままでいられるのは、フィラが権力に関わる事が好きじゃないからだ。
ちょっと権力ある、例えば近くの小国の王族とかなんかの事件に面白そうだからと関わろうとしても、フィラは裏方で関わるという前提条件をつける。
いや、ちょっと待て。
(裏からこっそり関わらせようとか思って…)
(ないよ。大体、なにか起こるとしたら精霊巻き込んだ事件になるから、裏からこっそりはできるか分からないわけだし)
(フィラ得意の暗示とか幻術とか使えば大丈夫じゃないか?)
(私は万能ってわけじゃないんだよ)
おお?!フィラにしては珍しい。
何が起きても基本自信溢れるような態度ばかりだってのに。
(やっぱ、姫様の契約者が高位の光の精霊だからか?)
フィラにとって正面から戦えば相手にならなくても、高位の精霊を完全に誤魔化しきることはできないんだろうか。
(私が誤魔化せないって思うのはそっちじゃなくてあっちだよ)
(あっち?)
フィラの意識が王宮の方に向いているのが分かった。
姫様じゃなくて王宮?って何でだ?
(汪秦の王、闇李はね、この世界ではかなり珍しい風と闇、2属性の契約者なんだよ)
(2属性?!)
基本契約者ってのは、契約精霊の属性は1つだ。
資質がある契約者ならば、精霊2体と契約する事もあるらしい。
だが、2属性の契約ってのは契約精霊の相性もあるからかなり難しい。
精霊の方からの働き掛けもなく2属性の精霊との契約が出来るってのは、相当資質がある上に努力しなけりゃ無理なんじゃないんだろうか。
流石この大国の王様というべきか…。
(風の契約者ってのは、同じ風の契約者の存在を比較的感じ取りやすいんだよね)
(けど、フィラの方が確実に陛下の契約精霊より上位なわけだから大丈夫なんじゃ…)
(いや、私じゃなくて誤魔化せないのはサクだよ)
(俺?!)
(私1人ならどうでも誤魔化せるけど、サクって正直すぎるからねぇ…、いくら私でもサクの怪しすぎる言動誤魔化せるのは数回くらいかな)
た、確かに俺は感情が表に出やすい。
悲しい事に、誘導尋問されてそれに引っかからないとは言えない。
(にしても、陛下に対して随分と高評価なんだな)
(そりゃ、姿見えなくしてるはずなのに、声かけられたりすればね)
(は?)
(何度か王宮に忍び込んだ事があるんだけどね。確実に姿は目に見えていないはずなのに、経験と勘なんだと思うけど私の存在感じとって声かけられた事があるんだよ)
(お、お前、王宮にって!!)
(大丈夫だって。闇李は私の事は通りすがりの精霊なんだと思ってるはずだから)
通りすがりの精霊ってことは、そのあたりを気まぐれに漂ってる精霊ってことだろう。
風の精霊ってのはフィラと一緒で気まぐれなのが多いから、王宮だろうが森だろうが火山の中だろうが、結構ふらっとどこにでも現れるものらしい。
(大丈夫!闇李と契約してる闇と風の精霊にはきっちり脅しかけて、精霊王だって事言わないように約束させたから)
(脅したのかよ?!)
(あ、違った。説得だよ、説得)
(今更言い方を変えて何か違いがあるのか?)
つーか、たまにどっか行く事あると思っていたんだが、そんな事もしてたのか。
てっきり、俺を巻き込みやすそうな事件を自分で探しに行っていたんだと思ってたんだが、そればっかりじゃないのか。
(闇李は人間にしては、その場の判断力とか感知力がかなりズバ抜けてるからね)
(…俺はどうせ単純でヘタレだよ)
確かに陛下は凄い人なんだろう。
この大国をある程度問題なく治められているわけなんだから。
それは分かるけど、やっぱり男としては他の男をベタ褒めされるのは、あんまり気分がいいもんじゃないんだよな。
(サクは単純でヘタレている所がいい所だと思うよ。そういう所が風の精霊達に好かれてるわけだし)
(はあ?)
(精霊ってのは闇李みたいな腹黒じゃなくて、基本的にサクみたいな裏表ない単純な人間の方が好きなんだよ)
(陛下を腹黒って…)
(実際腹黒だよ。見事なまでに真っ黒だから。外から見てる分には面白いんだけど、正直契約者にはしたくないよね、ああいうタイプ)
心の底から嫌そう言っているみたいだから、本当に嫌なんだろう。
分からんな。
天から二物も三物も与えられたような人間と関わる方がいいと思うんだが、このへんは精霊と人間の違いなのか。
どっちしにても、精霊に好かれるのはありがたい事なんだと思っておこう。
単純ってのが褒め言葉かとうかは別としてな。