04 我が国の王
俺の住む国、汪秦は絶対王政の国だ。
王政なわけだから勿論王族貴族がいる。
王と4大貴族がこの国の主な権力者と言っていいだろう。
と言っても、俺はあんまりこの国の王族貴族の事を知らない。
名前だけは聞いた事あるな的な感じ程度だ。
知っている事と言えば、王族も貴族もそれなりに有名な奴は大抵契約者である事くらいだ。
それから、今の王ってのは悪い噂もあるが一般市民が困らない程度の統治をしてくれているって事くらいか。
ま、一般市民にとっちゃ王とか貴族がどんな人間であっても、自分達が幸せに平和に暮らせれば文句は出てこないもんなのさ。
「佐久耶、知ってるか?」
「何をですか?」
荷物運びの休憩時間に、同じ仕事をしている同僚というべき相手に話しかけられる。
俺が家で手伝っているこの荷物運びの仕事は、何人か担当がいる。
俺1人で全部できるはずもないから当然だ。
大抵が俺よりちょっと年上の若い男ばかりだ。
田舎から出稼ぎにきた人ばかりなのだが、皆気さくで気のいい人達ばかりだ。
「陛下の話だよ、我が国の陛下の」
「陛下?」
「その顔じゃ知らないな?」
「知らないのか?お前」
珍しそうにもう1人の男が俺の方を向く。
現在この小さな休憩場所には3人。
俺と同僚2人だ。
どちらも年上なので、一応は丁寧語を使ってくる。
相手は俺が勤め先の息子だという事は分かっていても、気を使うわけでもなく気軽に話をしてくるから気分的に楽だ。
「陛下がようやく正妃を迎えるって話だよ」
「しかも、迎える正妃様はジェスヴィリアの王族って話だ」
初耳だ。
というより、俺が色々知らなさすぎなのか?
てか、陛下って正妃いなかったのか?
「正妃になられるジェスヴィリアのお姫様ってのは、光の精霊との契約者らしいぞ」
「しかも容姿端麗、ジェスヴィリアでも評判の優しい姫君らしい」
「羨ましいよな…陛下」
「だよな。年下の奥さんだぞ!しかも可愛くて優しい!」
くぅぅっと盛大に羨ましがる男2人。
確かに可愛くて優しい奥さんってのは、かなり羨ましい相手なのかもしれない。
けど、俺にとっちゃ王族って所であんまし羨ましいとは思えない。
王がどんな人間なのか、貴族がどんな奴らなのかは知らなくても、上に立つ者ってのは色々な義務が生じて面倒そうなのは知ってる。
1度近くの小国の王族関係の事件に関わったの事があるんだが、その時王族とか貴族ってのは大変だなぁと心の底から思った。
勿論裏側で関わっただけだけどな!
「けど、何で他国の姫様を迎える事になったんですか?」
汪秦は結構豊かな国だと俺は思う。
東西南北の特色で、国の状態がいい具合につり合い取れていると言うのか、とにかく、なにかに対して他国に頼りきりになるようなものもなく、自給自足が十分できる国だ。
他国から誰かをわざわざ娶るような理由が俺には思いつかない。
「ほら、汪秦ってどちらかと言えば閉鎖的な国だろ?」
「他国との交流を深めようって意味で、今回のジェスヴィリアの姫様のお輿入れになったらしいぜ」
「汪秦とジェスヴィリアの関係があんまり良くないってもあるだろうしな」
「仲悪いんですか?」
あれ?確かこの間港から運んだ品物って、ジェスヴィリアのものじゃなかったっけ?
仲悪いなら取り引きなんて出来るのか?
「俺も噂に聞いただけだから、原因とかは知らないんだけどな」
「ああ、俺も。けど、そのせいで隣合った大国なのに殆ど交流とれなかったらしいんだよな」
「何でも30年くらい前が一番酷かったらしいぞ」
「そうそう、王宮では暗殺騒ぎがしょっちゅうあったとかな」
あ、暗殺騒ぎって…、一般市民が知るようじゃ何度もあったんだろうな。
暗殺ってのはこっそりやるもんだから、勿論市民の話題に上るような事なんて殆どないわけで、まだ生まれてなかったはずのこの人達が知ってるってことは、当時はかなり騒がれたんだろうし。
今じゃ噂にも上らないってことは、緘口令かなんか出たのか。
「お、そろそろ休憩時間終わりだぞ」
「よし、まだまだ頑張るか!行くぞ、佐久耶!」
「はい」
のんびり休憩する時間は終わり、仕事再開だ。
よし!と俺は気合いを入れる。
体力勝負のこの仕事、やっぱり始める前には気合いを入れないとな。
*
俺はちゃんとまわりを見なきゃ駄目なんだとちょっと思った。
というのも、休憩時間に聞いた陛下が正妃を迎えるって話だが、街中をちょっと歩けば色んな人達が口にしていたのを聞いた。
仕事が終わって、店から少し離れた場所にある実家に帰る途中でそれに関しての噂が耳に入ってきたからだ。
確かに知らない方が変だったのかもな…。
(サクは1つの事に集中しやすいからね~)
(悪かったな…)
(別に悪い事じゃないと思うよ)
俺はいじけて部屋の窓の外に目をやる。
外は真っ暗だが星がいくつも空に輝いてる。
店のあたりは、日が沈んでもしばらくは賑やかなんだろうが、家があるあたりは日が沈めば静かだ。
流石に家では静かにしたいって親父達も思ったんだろう。
「ジェスヴィリアって国はね、昔、光の精霊王との契約者が創った国なんだよ」
突然フィラが姿をふわっと浮き上がるように現わし、俺の隣にぽすんっと座る。
フィラはちゃんと人目を気にしてくれるから、フィラが姿を現すってことは誰もこの状態を見る事はないんだろう。
フィラとしてはちゃんと姿を見せて会話をする方が好きなようで、人目がない時は姿を見せて話をする。
そのあたりが妙に人間っぽいなぁと思う。
「精霊王と契約できる人間なんていたのか?」
「現にここにいるじゃない」
「いや、俺の場合は多分特殊だろ?」
「うん、実はものすごく特殊で多分他の精霊王はやらない方法だよ」
だよな。
俺は自分に才能とか精霊と契約する為の資質があるなんて思ってない。
そんな普通の俺が何で精霊王と契約なんてできたかは、詳しい事はさっぱり分からないが、絶対にフィラが何かして契約できるようにしたんだと思う。
そして、それは多分結構面倒で大変な事なんだろう。
でなきゃ、高位の精霊との契約者とか精霊王との契約者が他にもいるはずだからだ。
「それはいいとして、本当に何がどうなってなのか分からないけど、光の精霊に異常に好かれて資質抜群の人間がいたもんで、光のが契約したのが始まり」
「じゃあ、ジェスヴィリアには光の精霊との契約者が多いのか?」
「契約者自体が世界的に少ない訳だから、多いとは言えないけど光の精霊に対する崇拝が異常というか…」
精霊に対して異常な崇拝をする人間はどこにでもいる。
汪秦でも一部の人間は、精霊様々とでも言うような感じの奴らもいる。
俺にはそこまで崇め奉る理由がよく分からん。
「さてさて、ここで問題」
「は?」
「精霊の属性の中で正反対に位置する属性というのもあります。そこで、光の属性の反対に位置する属性は何でしょう?」
ぴしっと一本指を立てているフィラ。
「光の反対属性は闇。フィラが教えてくれただろ?」
反対属性と言っても、人間に日が差せば影が出来るように表裏一体の存在、それが光と闇。
光が存在する為には闇も存在しなければならない。
互いが互いを必要とする為に、正反対の属性を持つのが光と闇だ。
何で教えてくれた本人がそれを聞いてくる?
って、ん?
「もしかして、ジェスヴィリアって闇の精霊嫌ってたりするのか?」
知っていてそんな事を聞いてくるってことは、そうとしか思えない。
フィラは困ったような表情を浮かべていた。
こんな顔するのはかなり珍しい。
「2000年も経てば、光の精霊への信仰心が変なふうに歪んじゃうのは仕方ないとは思うんだけどね」
「だからって闇の精霊嫌うのは違うだろ」
「私もそう思う。別に光のも闇のも仲悪い訳じゃないし。…どちらかといえば私の方が光のとは険悪なんだけど」
「は?なんか言ったか?」
「ううん、別に」
なんか、恐ろしい言葉を聞いたような気がするが、ここは聞かなかった事にしておいた方がいいだろう。
にしても、光の精霊奉って闇の精霊嫌ってるのか。
汪秦では、特定の精霊を排除するような信仰心はないわけで、精霊は闇だろうが光だろうが一緒な考えだからな。
ああ、フィラがこの間言ってた”価値観が違う”ってのはそれか。
「けどさ、ジェスヴィリアの姫様がこの国に嫁いでくる事になったわけだから、折り合いがついたんじゃないのか?」
「だといいけどね~。まだあれから30年しか経ってないわけだから、そう簡単に変わるとは思えないんだけど…」
「30年?」
俺が生まれる前の話だ。
そーいや、仕事場でも30年前が一番酷い時期だったとかなんとかって。
この言い方だとフィラは30年前の事を知ってるのか?
俺が不思議に思っていたのが分かったのか、フィラは苦笑する。
「30年くらい前に汪秦国内でちょっとイザコザがあったんだよ」
「ジェスヴィリアとモメたわけじゃなくて?」
「ジェスヴィリアは全く関与していないよ。ただ、ソルまで引っ張り出されたのがマズかったんだと思う」
「ソル?」
「闇の精霊王」
「はあ?!!」
精霊王というか、精霊ってのは人間の国に関わっちゃいけないんじゃなかったのか?
何でも、精霊の力は小さな精霊でも人間に比べれば強いものになるから、人同士の争いごとや国の政なんかに口を挟んだり、口を挟む権利を得るような事はしてはいけないというのが暗黙の了解らしい。
これはフィラと契約する時に最初に教えてもらった事だ。
精霊が人間同士の事に口出しできるのは、自分の契約者がそれに関わった時だけ。
「そんなこんなで闇の精霊を敵視するジェスヴィリアにとって、闇の精霊王を招き入れた国なんてとんでもないという事で、しばらく暗殺騒ぎが続いたりしてね。王が闇李になってからは落ちついたらしいけど」
「闇李?」
「闇李・汪秦。この国の王の名前だよ、サク。自分の国の王の名前くらい覚えようよ」
「き、聞いた事はあるぞ!…多分」
「まぁ、本人は自分の名前を知らない人間に呼ばれるの好きじゃないみたいだから、覚えなくてもいいかもしれないけどね」
だから、街でも皆”陛下”とか”王”とかって言うのか。
王の名前って聞く事ないもんな。
「ジェスヴィリアの信仰心の強さは、30年経ったから仲良くできますよ~なんて軽いものじゃないと思うんだよね」
「ってことは…」
「十中八九、なにか裏があるんだろうね」
やっぱり、そうなるよな…。
最も、裏がない国の違う身分がある人間の婚姻ってそもそもあるのか?
身分があるってことは政略結婚も普通だろうし。
政略結婚ってのは大抵裏があるだろうし。
「それか意外と物事は単純で、闇李の正妃をそろそろ決めないと年齢的にどうだろうねぇ、と考えた国の重鎮がたまたま探した出したのがジェスヴィリアの姫だった、なんて事だったりね」
「陛下ってそんなに年じゃなかった気がするんだが…」
即位が確か俺が生まれてちょっと経った頃だったはずだ。
今度の王は随分と若いものだって噂してたから、十数年経ってもそんな年寄り爺さんってことはないだろう。
「いつまでも正妃の座を空にしておくわけにはいかないってことでしょ。未だに後継ぎもいないわけだし」
「世継ぎか…。大変だよなぁ」
身分がある人間の苦労なんて想像もつかない。
大変なんだろうな~と思うくらいだ。
ま、俺が考えても何が変わるわけでもないしな。
隣国の姫様が来ようが、光の精霊や闇の精霊が関係しようが、何事も起こらなければそれでいいさ。