12 初仕事
昨日の場所へと着いてみれば、庭には人の気配はないがちょこちょこと闇の小精霊を見かけた。
昨日はいなかったはずなんだけどな…どこから湧いて出てきたんだ?
俺は、庭を見渡せる通路へとすとんっと足を降ろす。
「佐久耶様でございますね」
「ぅどぉあぁぁ?!」
背後からの突然の声に、彩香を抱き上げたまま俺は飛び上がって驚く。
だ、誰だ?!
ゆっくりと振り返ってみれば、そこには侍女風の女の人が1人。
「私は彩香様の侍女をしております絢芽と申します」
「あ、どうも。俺は、本日より彩香…様の遊び相手として、こちらに参りました佐久耶と言います」
思わず普通に挨拶返したが、言葉遣いってこれでいいもんか?
相手が気にしてないみたいだから、別にいいんだろうな。
てか、俺の叫び声にはツッコミなし?
「これから佐久耶様の仕事内容を説明させていただきます。彩香様、よろしいでしょうか?」
「うん」
こくりっと頷く彩香。
どうぞと、庭の方へと促される。
彩香を抱き上げたまま庭へと足を入れれば、さくりっと草を踏みしめる音がする。
少し歩けば、庭の木陰に石でできた机と椅子があった。
本物の机や椅子のような石の彫刻ってわけじゃないんだが、人が座れる高さの石と表面が平べったい事、その石に座って机として丁度いい高さの結構大きめの表面が同じく平べったい石があれば机と椅子だと思うだろ。
「こちらにおかけ下さい。すぐに、お茶を持って参ります」
「ありがとうございます」
俺は抱き上げていた彩香をゆっくり降ろしながら、周囲を見回す。
にしても広い庭だよな。
……まぁ、でも、こんだけ闇の精霊がいれば、このくらい広い方がいいんだろうけどな。
ひょこひょこと顔を出してくる多くの闇の小精霊達。
本当に、なんでこんなにたくさんいるんだ?
「めずらしい?」
「ん?」
「闇の精霊はめずらしい?」
俺が闇の小精霊達を見ているのが分かったのか、彩香が聞いてくる。
そんなあからさまに見てたか?
いや、見てたかもな。
「闇の精霊自体は見た事はあるんだけどな、これだけいるのは見た事ないからな」
「たくさんいるから、めずらしい?」
「そうだな、これだけ多くの精霊が集まってるを見る事ってあんまりないからな」
実際俺が多くの精霊が集まっているのを見た事があるのは、西の森くらいだ。
西の森みたいな特殊な場所以外じゃ、集まっていても2~3人ってとこだろう。
―姫さまがいるから、ここにいるの
―そうなの
―姫さまだいじなの
「うん?姫さまってのは彩香の事か?」
―そうなの
―姫さまなの
―まもらないとだめなの
―姫さまはたいせつだから
「あ、あの!あのね!サクの精霊は?」
精霊達との会話を遮るように彩香が質問してくる。
困ってるっぽいって事は、”姫さま”ってのは聞かれたくない事なのか。
突っ込むのも悪いから、気にしてない事にしておくか。
俺が突っ込んでいい事情かどうかも分からないしな。
「俺と契約してる精霊ってことか?」
「う、うん。いるってかんじるけど、みえないよ」
不思議そうな彩香。
すぐそばにフィラがちゃんといるのは俺も分かる。
けれど、フィラは今姿を見せる気は全くないようだ。
意外とよくある事なんだが、俺が契約者だって知ってるヤツの前でもフィラは姿を見せなかったりする。
フィラなりの理由ってのがあるらしいが、フィラが嫌なら別に構わないと俺は思ってる。
「サクの精霊は風?」
「ああ、風だな」
「そらをとべる?」
「飛べるぞ。なんなら、今度一緒に空の散歩でもするか?」
その言葉にぱあっと顔を輝かせる彩香。
おお!分かりやすいな。
「闇だとね、そらたかくとぶのって、むずかしいの」
「その属性ごとの得意分野ってあるからな」
精霊がふよふよ浮いていたりするのを見ると、契約者も問答無用で空飛べたりするように思われる事もあるようだが、基本空をあっさり飛べるのは風属性だけだ。
風以外でも、極めていけば他の属性と似たような事もできるらしいから、風以外でも飛べるには飛べるらしい。
精霊は空を飛んだり、地面を抜けたりとかは属性関係なくできるが、契約者は人間だからそのあたりは制限がある。
それが精霊と人間である契約者の違いみたいなものかもしれないな。
「お待たせしました、彩香様、佐久耶様」
どうわっ?!
け、気配がまったくなかったぞ、この人…!
いつの間にかすぐそばに、お茶を2人分用意して立っている絢芽さんがいた。
俺は一応ある程度気配探れるんだが、この人の気配はさっぱりだ。
少々顔を引きつらせている俺の事なんか気にせずに、絢芽さんはテキパキとお茶の支度をする。
おお、流石だ、手早い。
「それでは、説明させていただきます」
絢芽さんは立ったまま、俺をまっすぐに見る。
なんか、睨まれているような気がするんだが、気のせいか?
「佐久耶様のお仕事は彩香様の遊び相手をしていただく事です。しばらくは1日置きに王宮に来ていただき、彩香様のお相手をしていただきます」
しばらくはってことは、日数が増えたり減ったりする事もあるわけだな。
「場所は基本この中庭内で、外出する場合は私に必ず許可をとって下さい。私は彩香様の側に常に控えています」
外出しても構わないって事か。
んじゃ、空飛んだりってのもできるよな。
「そと、出てもいいの?」
「勿論ですよ」
「みんなと一緒でもいいの?」
ぴくりっと反応したのは、周囲にいる闇の小精霊達だ。
―お空のさんぽ?
―姫さまもいっしょ?
―いっしょにおでかけ?
―姫さまといっしょにそと?
―そとであそべる?
―お空で?
みんなって、この大人数と一緒にか?
俺は思わず精霊達を見回す。
……多い、多すぎるぞ。
「サク、だめ?」
「駄目っつーか、2~3人くらいは一緒でも構わないんだろうが、全員となると周囲への影響がどうなるか分からないからやめた方がいいと思うぞ」
―サクのいじわる!
―いっしょがいい!
―みんな姫さまといっしょがいい!
―いっしょがいいの!
―姫さまと!
いや、そう言われても…特殊な場所以外に精霊が多く存在しないのは、多くの精霊が集まる場合は周囲に何かしらの影響を与える可能性があるからなんだよな。
ここにこれだけの闇の小精霊がいて、ここが普通の王宮と変わらない状態であるのが不思議なくらいだ。
多分、ここには何か精霊の加護みたいなのがあるとは思うんだが、ぱっと見では殆ど分からない。
「佐久耶様は精霊が見えるのですか?」
静かな絢芽さんの声に、ぞわりっとなる。
ひっ…!
あ、あの、背筋が凍りつくかと思ったのですが…絢芽サン。
「み、見えますよ」
「そう…ですか」
すぅっと絢芽さんの目が細まる。
先ほど感じた殺気が強くなる。
ご丁寧に俺にだけはっきり向けてくる。
何で俺にだけ殺気向けてくるんだ?!
「サクはけいやく者だよ」
「はい、存じておりますよ、彩香様」
「だから、見えるの」
「はい」
だから、何で俺に殺気向けてくるんだ?!
何で俺?!
俺なんかしたか?!
契約者だから警戒してるってことはないだろうし、何でだ?!
―アヤメは姫さまがだいじ
―アヤメは姫さまがだいすき
―アヤメは姫さまがたいせつ
―アヤメは姫さまのためにここにいるの
「私は精霊を見る事ができません、佐久耶様」
「は、はあ…」
「彩香様がおっしゃる、この場にいるだろう闇の精霊達の姿も見えません」
―けど、アヤメはいい人
―見えなくても、こわがったりしない
―ひていをしない
―そんざいをみとめてくれてる
「ですから、佐久耶様が、彩香様をここにいる闇の精霊ごと受け入れてくださることを願っています」
祈るような言葉と懇願するかのような殺気も混じった眼。
ああ、そういう事なのか。
俺はなんとなく絢芽さんが俺に殺気を向けた理由が分かった。
絢芽さんは彩香が大切。
けれど、彩香が大切にしている精霊達の事が何も分からない。
理解しようとするけど、見えないからなかなか難しい。
でも、俺は契約者ってだけでそれができる。
この闇の小精霊達の事を、彩香と同じように理解する事が出来るかどうかは分からないけどな。
彩香の存在ってのは、十中八九表沙汰に出来ない事何だと思う。
俺から見て契約者には見えない彩香。
けど、闇の精霊が見え、闇の力が使える。
かなりの面倒事で厄介事なんだろうな、という事はこの時分かっていた。
けど、ぱっと見せた彩香の笑顔。
それをどうしても見捨てる事が俺には出来ないと思った。
決して、フィラが言うような幼女趣味ってわけじゃないからな!