08 選考試験2
正午も過ぎ、昼食の休憩も終わったところで試験開始である。
とにかく、出してもらった昼食は美味かった。
やっぱり王宮が用意するだけのものはあるよな。
手掴みで食べられるようなものでも、やっぱ材料と料理人が違うと味も違うよな!
貴族付きなんかやってるヤツらには珍しくもないものだろうけどさ、一般市民にはご馳走なんだ。
「二次試験は一次より簡単だ。俺に触れる事が出来たヤツから合格だ」
ニヤリっと笑みを浮かべているのは、一次試験説明した人の声だ。
ガッチリ体形の赤い短髪の男。
あれ、どっかで見た事あるような気がするんだが…。
「知らないヤツがいるかもしれねぇから一応名乗っておいてやろう。俺は廉・炎秦。一対一とは言わねぇ、一気にかかってきな!」
げっ!道理で見た事があるわけだ。
炎秦って言えば大貴族様のうち1つで、俺の住んでいる炎秦区を統括してる貴族様じゃないか!
しかも炎秦を名乗ってるって事は確実に直系だろ?!
炎秦の直系って言えば、確か火の精霊の契約者。
確実に廉…様も契約者なはずで…ああ、そーなるよな。
思いっきり楽しそうな笑みを浮かべながら、廉様は炎を自分の周囲に纏う。
はっきりいって、普通の人間じゃ近づけもしないだろう。
この二次試験に残った契約者以外の人間は、ぎょっとした表情をしたまま固まっている。
そーだよな、普通はあんなんに近づきたくないよな。
廉様の周囲はぐるっと炎が発生してる。
まさに発生してるって表現が正しいと思う。
地面の草が全く燃えてないのを見ると、精霊の炎なんだろう。
触れて大火傷する事にはならないはずだ。
(サク、どうするの?)
(う~ん、どうするか)
俺はかなり迷っていた。
あの炎が火傷するようなものじゃないっつっても、多分熱いには熱いはずだ。
その熱いは、多分我慢しようと思えば我慢できる熱さなわけで、炎を越えて相手に触れる事くらいは別にできるんじゃないだろうか。
お、1人かかっていった。
多分同じ火の契約者だよな……って、あ、あっさりはじかれた。
炎秦一族は好戦的なのが有名で、武人の一族だ。
つまり、炎をどうにかできた所で、廉様の一撃で撃退されるのが目に見えているわけだ。
(触るくらいだったら、サクだったら楽勝だと思うよ)
(俺を過大評価しすぎてるぞ、フィラ)
(そうかな?だって、あの人の攻撃ちゃんと見えてたでしょ)
(ああ、一応な)
剣先で薙ぎ払ったわけではなく、剣の柄をつかって弾き飛ばす。
一応なるべく怪我をさせないはしてるんだな~と思った。
(楽勝とは言わないが…)
(できる?)
(触る事くらいなら多分な)
さて、やってみるか。
俺は地面を蹴って、廉様へと一気に向かう。
向かってくる俺が分かったのか、廉様は俺を見るとニヤリっと笑った。
他のヤツらは様子を見ているのか、近づこうとはしない。
その方がいい。
下手に誰かが加わると、予想通りに事が運ばなくなるかもしれないから困る。
「正面から来るか!いい度胸だ!!」
ごうっと廉様の周囲の炎が勢いを増す。
普通ならその炎で突っ込むのをためらうと思う。
だが……悪意のない精霊の力は害にはならない!
俺は迷いなく炎の中に突っ込む。
一瞬驚いた廉様だったが、すぐに面白そうだと言いたげな表情を浮かべ、剣を振りぬく。
って、はやっ!!
ひゅっと頭上で剣先が空気を切る音が聞こえる。
あっぶね…!
今の、本気で振りぬいただろ?!
とっさにしゃがんだ俺は、そのままの勢いで飛び上がる。
人間の脚力ってのは鍛えれば結構すごくなるもんだ。
風の力を使わなくても、俺は一応人1人はとび越えられる脚力はある。
しゃがみこんだ勢いで飛び廉様の頭に右手をのっけて、くるんっと一回転。
おっし、着地成功!
とぅおっ?!!
気配がしてとっさにしゃがみこむ。
再び頭上で剣先が空気を切る音が聞こえた。
「って、何するんですか?!」
俺、ちゃんと触ったぞ!触ったよな?!
触ったら合格なんだよな?!
その後、攻撃されるのは普通なのか?!
「わりぃ、つい…な」
つい…じゃないだろう!!
絶対に口に出して言えないが、一応内心で叫んでおく。
油断してたら、俺、完全に真っ二つだったぞ。
「だが、良く分かったな」
「何がです?」
「俺のこの火は熱くないっての」
今の俺は、ごうごうと燃え盛る炎の中に平然と立っている状態だ。
ちょっと熱いが思ったほどじゃないし、服も燃えてないし、火傷もしてない。
「だって、これって精霊の火じゃないですか」
「ああ、俺の火だな。だが、普通の火と同様、火傷させる事もできるモンだぞ?」
「ですが、悪意のない精霊の力ってのは害にならないでしょう?」
この炎に害意は感じられない。
害意のある火、攻撃的な精霊の力というのは殺気のようなものがあるからすぐわかる。
このくらい契約者なら普通知ってるものだろ?
だから、最初に廉様に攻撃したのは契約者だったわけだろうし。
「は~、成程な。お前、取りあえず合格だから、後ろ下がってな」
「?…はい」
取り合えず言われた通り、廉様から何歩か下がった所で見学する事にする。
俺という合格者が出てきたからなのか、他の奴らのやる気が増したかのように廉様を一斉に睨みつけている。
この人数で一斉にかかってこられたら、運よく触れる事が出来るヤツもいるんだろうな。
にしても、廉様楽しそうだよな。
火の契約者って好戦的というか、戦い好きな人が多いって聞いた事あったな。
なんか、段々剣先の速度が増してるような気がするんだが…手加減してる、よな?
俺、最初に合格して正解だったかもしれん。
「夢中になるのもいいが、適度に手加減はしろよ、廉」
静かにこの場に響いたその声に、俺はぞくりっと悪寒が走る。
気持ち悪い声ってわけじゃないし、多分声だけで判断するならば、威厳ある低い声なんだろうとは思う。
けど、なんつーか……恐い?
絶対関わりたくないような気がしたのだ。
ゆっくりと声の方を振り返ってみれば、この試験会場を眺めるように見える王宮の廊下に何人か立っていた。
結構離れているんだが、良く声が届いた……あ、風か。
立っているのは3人、黒髪の男、金髪の男、金髪の女の子……あ、ジェスヴィリアの姫様だな、あれ。
さっきの声だしてたのは、黒髪の男だろ。
どう考えてもこの人の声だ。
姿から感じる雰囲気とさっきの声の雰囲気が全く同じだ。
風を使ったって事は、風の契約者なわけだよな。
うあ…!
じっと俺が見ていたのが分かったのか、ばちっと視線が合ってしまう。
少々引きつる表情を自覚しながら、俺は笑みを浮かべて深く頭を下げる。
こんな王宮に姫様と一緒にいるんだから、身分は高い人だろう。
(サク!!)
フィラの声が頭に突然響き、その言葉の意味をすぐ理解して顔をぱっと上げて右手を前に突き出す。
どんっと強い力がかかるが、それを風の力でねじ伏せる。
って、突然何だ?!
風の壁に遮られた向こうにあるのは闇の力の塊。
おいおい、なんだこりゃ…。
風の力で囲みこんで、闇の力を圧縮させてから霧散させる。
ざぁ…と吹きぬけた風の後には、特にさっきと変らない光景。
えっーと、何だったんだ?
とりあえず傷は何にもないし、あのくらいならばどうにかなるからいいんだけど、突然理由もなく攻撃するのは勘弁して欲しい。
あー、黒髪の人が姫様に何か非難されてるみたいだ。
ってことは、あの人がやったのか。
何故に?
ちょっと待てよ。
あの人は確か風の力を使って声を届けたわけで、俺にぶつけてきたのは闇の力のわけで、2つの属性と契約できる人間なんてそうそういないんだよな。
…も、もしかして、あの人って。
(あれが汪秦王の闇李だよ)
や、やっぱり、陛下ですか、あの人…じゃなくてあのお方は。
王だけあって、雰囲気というか迫力が違うよな。
お?姫様が廊下から降りてこっちに向かってくる。
後ろからもう1人の金髪の男もついてくる。
金髪男は姫様のお付きか?
少し息を弾ませながら姫様は俺の前に立つ。
遠くから見ても可愛かったが、近くからみると一段と可愛いよな。
愛らしいというかなんというか。
けど、一度見て耐性はつけたから見惚れるような無様な事はしないぞ。
「あなた、大丈夫でしたか?怪我とかは…」
「いえ、大丈夫ですよ」
陛下の攻撃で俺の怪我を心配してくれたのか。
やっさしーなぁ。
安心させるように俺は姫様ににこっと笑みを向ける。
「陛下は何を考えて、あなたにあんな力を向けたのでしょう」
「闇の力を持つ者の考えなど、我々には分かりませんよ、姫様」
「そう…ですね」
すぅっと目を細めて陛下の方を見る金髪男と、微妙な表情の姫様。
俺はその光景にざわりっと胸がざわめく。
嫌な予感とかじゃなくて、なんて言ったらいいのか分からないが、とにかく妙な感じだ。
そわそわするっつーか、ここにあまりいたくないっつーか。
「あなたは、契約者なのですか?」
「は、え、はい」
つい、肯定してしまったぁぁぁ!!
「良かったです、あなたが契約者で。でなければ、あなたはあの闇の力に飲み込まれてしまっていたかもしれませんから」
「しかし、風程度に防がれるとはあの王の力も大した事がなさそうですね」
「ジャスティ!」
「これは、失礼。この国に住むあなたにとっては、自分の国の王でしたね」
なんだ、コイツ。
感じ悪いなぁ。
つか、陛下は絶対に手加減したと思うぞ。
「風は光と相性が良いと聞きます。あなたが、ジャスティの下で私と共にいて下さるようでしたら、心強いでしょう」
姫様はにこりっと金髪男を見る。
つまりこの金髪男の名前はジャスティという名前な訳だ。
げぇ!!試験受かったら、このヤなヤツの下に行かなきゃならないのか?!
うあ…、合格する気が一気に失せたぞ。
しかも、ざわざわした感じが消えないしなぁ。
なんつーか、姫様は可愛いんだが…こう、な?
「姫様、風は補助を得意とする力ですから、そう期待はしない方がよろしいかと」
「そうですか?攻撃的で物騒な力よりは良いと思います」
マジでヤな野郎だな、コイツ。
「そろそろ、あの王のもとに戻りましょう。2次試験も終わりそうですしね」
「え、ええ。それでは、また」
にこりっと微笑む姫様に俺も笑みを返す。
陛下のもとに戻る姫様達を見て、俺は思わずほっと息を吐く。
うん?…あれ?なんで、あんな可愛い姫様が離れて安心するんだ?
緊張していたのもあるんだが、それも違うような…。
(サク)
(うん、何だ?)
(アイツをボコろう!)
(は?)
フィラが言うアイツってのは、感じの悪い金髪男の事だろう。
確かにむかつく気持ちは分かる。
俺も気分悪かったしな。
(”風程度”ぉって?そんなに馬鹿にする風の本当の力を見せてやろうじゃないの!)
(おーい、フィラ?)
(あいつの契約精霊ごとこの世から消してやろうじゃない!)
(まてまてまてまてーー!さらりと物騒な事言うなぁぁ!!)
(別に物騒じゃないよ。本当の風の力を知らない愚かな人間に真実を教えてやろうっていう親切心だよ、サク)
(それが、親切心なわけあるかぁぁぁ!!)
分かるけどな、憤る気持ちは分かるけどな!
それやったら絶対にマズい!
国交問題にまで発展するっての!
とにかく、落ち着け、フィラぁぁぁ!