07 選考試験1
よく考えてみれば、応募したからと言って受かるわけじゃない。
貴族の推薦状もらって親父と兄貴達に好意的に送り出された時は、日々の自分の言動に後悔したもんだが、受かる可能性の方が低いんじゃないかと思い直したわけだ。
多分無理言ってお得意様に推薦状とか書いてもらったはずだから、これを無下にするわけにもいかない。
というわけで、俺は今、王宮内で行われている近衛採用試験会場にいる。
落ちついて考えれば、受けるくらい別に大した事ないんじゃないかと思う。
どうせ、落ちるだろうしな。
(結構人数いるもんだな~)
(貴族達が自分達の力の誇示の為に、何人か子飼いを送り込んだんでしょ)
(あ、なるほどな)
試験会場、と言っても王宮内の軍の訓練場かなんかだと思うんだが、そのデカイ庭にいるのはかなりの人数。
一体何人いるんだ?
100は越えてるんじゃないか?
(サク)
(おう、気づいたぞ)
突然、南側に強い存在感が現れる。
実際は突然現れたんじゃなくて、そこにいたヤツが覇気みたいなものを発して存在感を増したんだろうと思う。
ちょっとざわついていた周囲が一気に静かになる。
「これより採用試験を開始する!」
俺からは姿は見えないが、試験官らしい人間の声が聞こえた。
同時に周囲に緊張感が走る。
「試験は3次試験まで行う予定だ。1次試験はいたって簡単、地下に適当に獣を放ってある、その獣を1匹以上倒してくる事だ。証拠として持ってくるのは何でも構わん、牙でも目でも脚でも首でもなんでもな。ただし、他人が倒した物を盗んだヤツは失格にする」
王宮に地下なんかあるのか。
それもこの人数が入るってことは結構大きいよな。
確かに王宮自体はかなりでかいから、この分の大きさの地下って言えばかなりでかいんだろうが。
「制限時間は正午までだ。合格者のみ昼食後、午後から2次試験開始となる。何か質問がある者はいるか?」
その声に質問は上がらなかった。
というか、妙にざわついているんだが、思ったような試験内容じゃなかったってことか。
俺としては最初から筆記じゃなくて良かったと心の底から思ったぞ。
別に落ちるのは構わないんだが、流石に最初で落ちたらカッコ悪いというかな、うん。
「質問がないなら、試験を受けたいと思う者だけここに並べ。地下へ案内する」
ざわつきながらも、並ぶ人間が8割くらいだろうか。
あの言葉を聞いて試験をやめようって思った連中はもしかして、最初から野次馬根性でここに来ただけなのか。
そんな事を思いながら俺は、列の最後の方に並ぶ。
人数が減ったとはいえ、近衛兵にするにはこの人数は多いだろう。
(契約者も何人かいるみたいだね~)
(フィラ?)
(精霊連れてる子が何人かいるよ)
前方の方に並んでいる奴らに目を向ければ、肩や頭に何かふよふよ浮いているのがいたりするヤツもいる。
ああ、あの辺の奴らは契約者なわけか。
フィラの姿は隠しているし、同じ契約者でも俺が契約者だってバレる事はないだろう。
今のフィラの姿が見えるのは、フィラと同等以上の力を持つ者、つまりは精霊王とその契約者でないと無理ってわけだ。
お陰で俺は、普通にしていれば契約者だってバレる事は絶対にない。
(にしても地下ね~)
(知ってるのか?)
(一応ね。面白い迷宮になってるよ)
(は?迷宮?)
(そう、迷宮。地下で暗くて前がよく見えないってのもあるから、入った事ない人は結構迷いやすいよ)
(ってことは、この試験って…)
(獣を倒す事が試験じゃなくて、迷宮の中に入って無事出てこれるかって事でしょ)
暗い、知らない道、出口にたどり着けるか分からない恐怖。
そんな状態で冷静になれるヤツなんて相当経験積んでないと無理だと思う。
(でも、このくらいなら、サクは全然楽勝だと思うけどどうする?道案内ならできるよ)
(頼む。取りあえずは、やれる所までやってみようと思う)
(お、前向きだね。サクにしては珍しい!)
(珍しいって…。どうせ、途中で落ちるんだろうし、ちょっとは頑張ってみようと思っただけだよ)
(何で落ちるの?)
(何で俺が受かるんだ?)
俺は契約者ではあるけど、一応一般市民だぞ。
貴族お抱えの訓練された人間と比べられちゃ、普通は勝てないだろ。
って、フィラ、ため息ついたのがなんとなく分かったぞ。
(とにかく、頑張れ、サク。私にできるフォローはするから)
(おう!)
(どっちにしても、サクは近衛兵にはならないとは思うけどね)
(なんだよ、フィラはやっぱり俺が落ちるって思ってるんじゃないか)
俺が受かるって前提で話してるっぽかったから、ちょっと嬉しかったんだけどな。
年中一緒にいれば、俺の実力はお見通しってわけか。
(うん、そうだね。そういう事にしておいて)
(はあ?)
何が言いたいのか良く分からん。
とりあえずは、一次試験くらいは突破するぞ!
風の力があれば迷宮なんて、迷宮の意味がないようなものだからな。
問題は獣がどれだけの強さかってことなんだろうけど、…そーいや、俺、武器何にも持ってないぞ。
*
地下への入口は頑丈な扉だった。
入口で貴族の推薦状と名前の確認、武器が必要なら貸し出しもするって事で、一応小刀を1つ借りておく事にした。
しかし、貸出武器ってものすごく色んな種類があったんだが、あれを使う人間がいるのか?
中には暗殺者専用の武器とかもあったぞ。
俺が武器に詳しいのは、やっぱりこれもフィラに教わったからだ。
山賊や盗賊の中にも、色んな武器使う奴がいたからな。
知っていれば対処ができるってわけだ。
「次の方々、お入り下さい」
地下へは一定時間ごとに十数人ごとまとめて入っていく。
入ってすぐに協力を持ちかけたりしてるヤツもいたが、当然俺には何の声もかからない。
どうせ、見た目弱っちい一般市民だよっ!
(サク、こっちから行こう)
(了解)
同じ時間に入った奴らから、ひそひそと声が聞こえる。
獣の一撃で死にそうってなんだ!悪かったな、弱そうでっ!自覚してるっつーの!
(ほらほら、サク。あんなのは放っておいてさっさと行こう。下手に知らない人と一緒に行動するより、1人の方が気楽だよ)
(それもそうだよな)
俺は今まで誰かとつるんで行動するって事があまりなかったりする。
多分、戦う中での協調性を求められたら全然駄目だと思う。
フィラがそういうのを嫌うってのもあるんだろうけどな。
にしても、本当に薄暗いよな。
かろうじて、所々にある火が明かりになってるから見えなくはないんだけどさ。
入口から奥に入っていくと、入り組んだ道になっている。
分かれ道があちこちに見えるが、俺は迷わずフィラの言う方向に進む。
これじゃ、俺は方向感覚ある方じゃないから、奥まで行ったら入口の方向分からないだろうな。
(にしても、フィラ。誰もいないみたいだから姿見せても大丈夫なんじゃないか?)
(人はいないけど、見てる人はいるよ)
(見てる人?)
(だって、試験中に死人が何人も出たら色々マズいでしょ?これは風の契約者だね、所々で観察してる)
風の力を使えば、このくらいの広さは観察できる。
俺もやろうと思えばできるが、頭の方がその処理をしきれないから広範囲観察はあまりやらない。
一度やったら、頭が痛いのなんのって。
けど、言われてみれば、風の気配がちょっと変っつーか、所々規則的だもんな。
「さて…」
俺は歩くのをやめて、その場に立つ。
先に続く暗闇をじっと見つめて待つ。
気配を感じたからだ。
人の気配ではないもの、そう獣の気配。
ゆっくりと近づいてくるそれに、俺は警戒心を悟らせないようにゆっくりと構える。
のそりっと暗闇から姿を見せたその姿は狼だった。
見た事もないような獣でない分ましなんだろう。
なんだろう…が!
「でかっ!!なんだよ、このデカさ!」
色も毛並も、耳の数も目の数も口の数も普通の狼と同じだ。
その大きさだけが明らかに違う。
普通の狼の3倍くらいの大きさだろうか。
その目に宿るのは、腹をすかせた野生の狼と同じ狂気。
風の力は分からないように使わなきゃならんよな。
隠ぺいもしなきゃならない使い方って、神経使うから面倒なんだよな。
ま、非常識な大きさでも相手が1匹ならば、俺が油断しなきゃなんとかなるだろ。
― がぁぁぁ!!
狼が地面を蹴って俺に襲いかかってくる。
つーか、こんなデカい狼どこから連れて来たんだよっと!!
ガラ空きの腹に、見ている人間が分からんように少し風をまとわせた拳を叩きつける。
と同時にメキメキっと、ヤな音が聞こえた。
命を奪う瞬間ってのは、相手が人間でなくてもあまり気分がいいもんじゃない。
俺にできる事は、苦しみを長引かせずに一瞬で決着をつけてやる事くらいだ。
腕の力が強い訳じゃないんだが、やり方によっちゃかなりのダメージを与える事ができる。
どさりっと地面に転がった狼は動かなくなる。
それをじっと見ながら気配を探るが、生きている気配はない。
ほっと小さく息を吐く。
とりあえず、なにか身体の一部を持ってかなきゃならないんだよな。
まるごと持っていくのは重量的に無理。
首だけは、生々しいから俺が嫌だしな。
目はくりぬかなきゃならないのが面倒なのと、呪われそうな気がするから嫌だし…無難に牙か?
てか、牙ってどうやって取るんだ?
(サク、借りた刀使ってみるといいよ)
(刀?小刀か?)
(貸出してた武器は、獣の部位を取るくらいの切れ味はあるだろうし)
(んじゃ、使ってみるか)
けど、武器持っていかなかったヤツとかはどうすんだろ。
事前に獣の一部を持ち帰れって言ってるわけだから、何も持っていかなかったヤツはそれだけで状況判断不足で失格って事か。
根性あるヤツなら、丸ごと引きずって戻るかも知れないけどな。
ごそごそしながら、牙をどうにか取る。
小刀借りておいて良かった。
すぱっと切れたわけじゃないが、小刀ないと手が獣の血で大変な事になってたしな。
さて、後は入口に戻るだけなわけで…ん?
「どわぁっ?!!」
ひゅっと何かが横切ったかと思えば、ぼわっと俺が倒した獣の身体が炎に包まれていた。
炎を囲むように、きゃいきゃいと喜んでいるように見える火の小精霊。
(他の人が、別の部位を持っていかないように燃やしちゃうんだろうね)
(やる事が細かいな)
(そうでもしなきゃ、ズルする人がどうしても出ちゃうってことでしょ。ズルして合格した人間なんてたいして強くないわけだから、受かってもらっちゃ困るだろうし)
勢いよく燃えていく獣の身体。
普通火で燃やしてもこんなに一気に燃え上がらない。
火の精霊が燃やしているから、短期間で一気に燃え尽きてしまうんだろう。
ちなみに、火の精霊の火ってのは通常の火とは違うらしい。
何が違うのか良く分からないが、とにかく違うらしい。
火属性じゃない俺には良く分からん。
一応狼が燃え尽きたのを見届けてから、入口へと戻った。
先に何人かすでに戻ってきてる奴らもいるようで、他の奴らの獲物の証拠らしきものが並んでいるのが見えた。
中には首を持ってきたヤツもいたようだ。
平然と首持ってくる奴なんているんだな。絶対に近づきたくないが…。
正午までの時間、合格した人数は応募人数の半分ほどになっていた。
迷宮から抜け出せなかったのか、運悪く獣と遭遇しなかったのか、獣と遭遇しても倒せなかったのか分からないが、不合格者は迷宮から回収された後、そのまま家に帰されるらしい。