笑わない女は気味が悪いと婚約破棄された
いつも読んでいただきありがとうございます。
他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。
十六歳の誕生日。私は婚約者である亮介の家で、両親と親族が見守る中、小さなケーキのろうそくを吹き消した。
その瞬間、彼は冷たい声で言った。
「やっぱり、お前は俺の隣に立つには相応しくないな」
部屋の温かい空気が、一瞬で凍りついた。叔母が持っていたティーカップが、ソーサーに触れる小さな音だけが響く。
「笑わない女は気持ち悪い。品がない。今日で婚約は解消だ」
私はゆっくり顔を上げた。胸の奥で、長い間押し殺していた感情が、静かに形を変えていく。
亮介は、私が泣き崩れると思っていたのだろう。あるいは、必死に謝ると。
彼の隣で、母親が薄く笑っている。この家では、亮介の理不尽が「当然」だった。
「化粧はするな」「俺より目立つな」「俺より成績がいいのは許さない」「笑うな」
二年間。私は彼の「理想の婚約者」になろうと、自分を削り続けてきた。
でも、どれだけ小さくなっても、彼はさらに狭い枠の中へ私を押し込めようとした。
「わかりました」
自分でも驚くほど穏やかな声だった。
「婚約解消ですね」
亮介の顔に、一瞬だけ戸惑いが浮かぶ。
「でも、一つだけ聞いていいですか?」
私はケーキの上のろうそくをそっと抜いた。
「婚約が解消されたということは、私はもうあなたの“所有物”ではない。あなたの決めた型に従う必要もない。そういうことですよね?」
彼は鼻で笑った。
「ああ。お前はもう俺とは関係ない。好きにすればいい」
「ありがとうございます」
私は初めて、心から笑った。亮介が「品がない」と言った、歯を見せる笑顔で。
「では、私の“やりたい放題”を始めさせていただきます」
次の月曜日。
学校で、亮介は信じられない光景を見た。
私はピンクのリップグロスをつけ、彼が「派手すぎる」と禁止していたスカートを履き、友人たちと廊下で大笑いしていた。
「おい、何だその格好。すぐ消えろ」
怒りに震える声。
私は目を瞬かせた。
「亮介くん。婚約は解消されましたよ?」
「あなたに私の服装を指図する権利はありません。それに――」
私は小さく笑った。
「『消えろ』なんて、とても品のない言葉ですね」
周囲の生徒たちがクスクス笑い出す。
亮介の顔が、みるみる赤くなった。
彼は成績でも私を抑えつけてきた。
でも婚約解消の週の小テストで、私は学年一位を取った。
掲示板の前で、亮介が睨みつけてくる。
「お前、わざとやったな」
「勉強も“やりたい放題”の一部です」
私は肩をすくめた。
「あなたが『許さない』と言っていたことを、全部やってみようと思って」
その日から、私は本当にやりたいことを始めた。
美術部で大胆な抽象画を描き、文化祭では野球部の模擬店を手伝い、休み時間には思い切り笑い、時には歌まで口ずさむ。
亮介は最初、私を軽蔑しているふりをしていた。
でも私が、かつての自分とは別人のように輝き始めると、彼の苛立ちはどんどん強くなった。
彼は私を元の殻に戻そうとした。
陰口。非難。命令。
でももう――
私は、その声に傷つかなかった。
婚約という鎖が外れた今、彼の言葉はただの雑音だった。
ある放課後。
図書館で、私と亮介は二人きりになった。
「お前、変わったな」
「ええ」
私は本をめくったまま答えた。
「本来の自分に戻っただけです」
彼は少し黙ってから言った。
「あの誕生日のこと……言い過ぎたかもしれない」
私はゆっくり彼を見た。
「亮介くん」
静かに言う。
「あなたが言い過ぎたのは、あの日だけじゃありません」
「二年間、ずっと私を小さくしようとしてきた」
そして続けた。
「でも、人は誰も――誰かの都合で用意された檻に入る必要なんてないんです」
亮介は何も言えなかった。
卒業式。
私は代表で答辞を読むことになった。
壇上に立ち、青空を見上げる。
「誰かの“相応しい誰か”になるために、自分を捨てる必要はありません」
「笑うことも、輝くことも、挑戦することも」
「それは誰かの許可が必要なものではなく、私たちの当然の権利です」
校庭で写真を撮っていると、遠くに亮介の姿が見えた。
彼は一瞬こちらを見て、すぐ顔を背けた。
その背中は、昔よりずっと小さく見えた。
「これからどうするの?」親友の麻衣が聞く。
「大学で心理学を学びたいの」
私は笑った。
「それから、もっともっと“やりたい放題”するつもり」
「亮介のことは?」
私は空を見上げた。
春の風が桜の花びらを運んでくる。
「彼は大切なことを教えてくれた」
「誰かの所有物にならず、自分自身でいることの素晴らしさ」
「だから――むしろ感謝してる」
婚約解消は、終わりではなかった。
それは始まりだった。
誰かの理不尽な枠ではなく、自分の人生を歩き始めるための――
十六歳の私への、最高の誕生日プレゼントだった。
そして私は知っている。
もしまた誰かが、私を狭い型にはめようとしても。
私はきっと――
その型を踏み台にして、もっと高い空へ飛び立つのだと。
面白いと思ったら、下の評価★ボタンやブックマークをお願いします!




