明るい都市の床の味
王都ヒスレイン。
白い石畳と高い尖塔に飾られた、きらびやかな大都市――と、人は言う。
でも実際は、そんなにいいものじゃない。
石畳はいつも冷たく、鞭の音だけがよく響く町だ。
誰かが叩かれていても、大人たちは目を逸らす。
弱き者は虐げられ、強き者は成功を収める。
それが、この町の“普通”だった。
この前も、七つか八つくらいの子どもたちが荷車を押していた。
一人がつまずき、足を捻り立ち止まった瞬間、監督役の男が迷いなく鞭を振り下ろす。
蹲る子どもを、誰も助けようとしなかった。
働けない子どもは、ここでは価値がない。
七歳を過ぎれば労働力。
働けないなら、ただの「邪魔者」だ。
――だが僕、アリアには、生まれつき左足がなかった。
そんな僕を支え、母さんは、小さな背中で働き続けた。
昼間は働き、空が夕焼けに染まるころに帰ってくる。
帰ってきても、冷めた穀物粥を二人で分けて、眠るだけ。
そんな一日が、延々と繰り返されていた。
夕方になると、僕はいつも扉の前で待っていた。
足音が聞こえるたび、胸が少しだけ軽くなる。
けれど、その足音はいつも別の誰かのものだった。
母さんも、限界だったんだろう。
ある日、母さんは働きに行ったきり帰ってこなかった。
日が傾き、街灯が灯り、夜の鐘が鳴っても。
青く輝いていたはずの空は、色を失ったみたいに見えた。
石畳の冷たさだけが、やけにはっきりと伝わってくる。
王都では、よくある話らしい。
親が子を置いて、ふらりと消える。
――でも、その「よくある話」が、僕の世界のすべてだった。
残された僕を拾ったのは、近くの路地に住む浮浪者だった。
「保護してやる」
そう言われたが、建前だろう。
何をされるのか分からないまま手を引かれ、
理由も分からないまま、数十分歩かされる。
着いた先で、僕は別の男に引き渡された。
その男は、僕を檻の中へ押し込む。
檻の中は、思っていたよりも静かだった。
泣き声も、怒鳴り声もない。
ただ、息を殺した子どもたちの気配だけが、湿った空気の中に溜まっている。
鉄格子の向こうで誰かが値段を交渉している
そこには数字だけが淡々と行き交い、人の名前は出てこない
僕は檻の隅に座り、壁にもたれていた
動かなくていい。期待されない。
檻の奥の方で、小さな女の子が声を殺して泣いていた
鼻を啜る音がやけに響く
「......泣いちゃだめだよ」
「目、腫れたら売れなくなっちゃう」
自分でも驚くくらい声は冷淡だった
女の子はビクッと肩を震わせ、こちらを見た。
怯えきった目から流れていた雫は止み、檻から一つ音が消えた
その様子を見て僕は何故か安心してしまった
しばらくして、天井の明かりを影が遮る
太った男は帳面を片手にこっちを見つめている
それは僕を人としてではなく物を見る目だった
「戻れ」
男はそれだけを言って僕から視線を外す
帳面を閉じる音が大きく感じる
僕は言われた通り、檻の隅に戻った
戻る、というより最初からそこにいたみたいだった
しばらくして扉が開く音がする
男は同室の僕より少し大きな少年とさっき泣いていた女の子を指を指した
「ついてこい」
そう言われ檻の鍵が開く
少年は立ち上がり、檻から出ていく
女の子は立ち上がらず、うずくまっていた
男は女の子の腕を掴み、そのまま外へ連れて行く
鎖の擦れる音が遠ざかっていく
誰も声をかけない
戻ってくるとも、来ないとも、言われない
選ばれなかった
それだけのことだ
それだけのことなのに心は安堵を示す
わけが分からないままでも、考えることはできなかった
何日経っただろうか。 同じ檻にいた子どもたちは、いつの間にか全員いなくなっていた。
一人減り、また一人減り、気づけば残っていたのは僕だけだった。
檻は広くなったはずなのに、どこか狭く感じた
座る位置も、最初っから変わっていない
外では相変わらず数字のやり取りが続いてる でも、その数字はここには向けられていない
僕は売れなかった
そう考えた瞬間胸がざわめく
複雑と言うにはあまりに繊細で不快な感情だった
しばらくして檻の外で低い声がする
「......まだ残ってたのかよ」
「飯代だって無料じゃねえんだ。そろそろだろ」
「そうだな。準備を始めよう」
言葉の意味は理解できなかったけど その声は「僕」を見ていなかった
声が聞こえる。
子どもの声だろうか。
遠い。
壁の向こうから、別の世界の音みたいに聞こえる。
僕も、ああなれたらな、と思う
喉が渇いても、涙は流れるんだな。
そんなことを、ぼんやり考えた。
目を閉じると、母さんの背中が浮かぶ。
働いて、働いて、それでも帰ってきてくれた背中。
(ああ)
(ちゃんと、待てばよかったのかな)
理由は分からない。
でも、何かを間違えた気がしていた。
体が、少しだけ傾く。
檻の冷たい床が、さっきより近く感じた。
そのときだった。
「……まだ、生きてるか」
低くて、年を重ねた声。
怒ってもいないし、急いでもいない。
ただ、確かに“ここ”を見ている声だった。
初投稿です。
序章だけ書いてみたけど、思ったより短くなっちゃいました。
この先の展開は頭の中にはあるんですけど、 正直モチベがね……(笑)
この話が好評だったら続きを書く予定です
感想・ブックマーク・評価・コメント、何でもいいので反応もらえたら嬉しいです。
「続き待ってる!」の一言で筆が進むタイプなので、よろしくお願いします!
それでは、またどこかで。




