すれ違い様の一撃は鉄扇術の極意
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
日本へ出張したついでに神戸の公邸へ顔を出した私こと愛新覚羅仁美を、母上は快く迎えて下さったわ。
「よく来たわ、仁美。貴女の禁衛軍での活躍は日本の華僑コミュニティでも評判なのよ。」
ある程度は贔屓目が入っているにしても、実母からこう言われて悪い気はしなかった。
そもそも私が公主の肩書きを持つ身でありながら禁衛軍で軍務に励んでいるのも、武勲を立てて巴図魯の官位を得る事で日本の公安職から親王妃へと成り上がった母上の栄光に憧れての事なのだから。
己の力量と才覚で栄達を果たした母上こと愛新覚羅千里和碩親王妃殿下は、私も含めた中華王朝の若者達の希望の星だ。
「母上こそ益々の御美しさと若々しさ…紫禁城の宮中でも『和碩親王妃殿下は衰え知らずの若妻』と評判で御座いますよ。」
そして私の返答はというと、一切の誇張も贔屓目もない純粋な評価だった。
「ホホホ…まあ、この子ったら。」
上品に笑う母上の初々しい美貌は一層に磨きがかかっているようで、年齢を全く感じさせない。
下手をしたら父上と初めて御会いしたという十代後半の頃から加齢を止めてしまったかのような、溌剌とした若々しさだ。
恐らくは、母上が常々欠かさず心掛けていらっしゃる「ある事」が要因の一つなのだろう。
そして私が公邸を訪れた目的の一つもまた、その「ある事」なのだった。
「仁美、時間はあるかしら。久々に鉄扇術の稽古をつけて差し上げましょう。」
「その御言葉、御待ち申し上げておりました。」
静かに一礼した私は、優雅でありながらも一分の隙もない足取りの母上に追いすがったの。
何しろこの鉄扇術こそが母上が常日頃より心掛けていらっしゃる習慣であり、尚且つ今日の母上や我が和碩親王家を成立させた重大な要素でもあるのだから。
そうして足を踏み入れた公邸の広間は、母上にとっては太極扇と鉄扇術の鍛錬の場でもあり、私にとっても母から格闘術や鉄扇術等を手解きして頂く場でもあったの。
この広間に足を踏み入れると、自ずと身が引き締まる。
禁衛軍に入隊する事を志して以来、私は母上より「愛の鞭」とでも言うべき厳格な鍛錬を受け、その度に戦士として磨かれていったわ。
拳法に棒術、剣術に鉄扇術。
様々な技術を叩き込まれる度に、私は母上からの無上の愛を実感しつつ成長を続けていったの。
そしてそれは、今日においても同様だったの。
「真一文字の回し打ちには、死角に気をつけなさい!敵が死角を突いてくるなら、そこを防げば良い。これが護身術の理念よ。」
「はい、母上!御教示頂き感謝します!」
打ち、突き、止め打ち。
捌きの基本の型をこなしていくうちに、私の体内に心地良い高揚感が漲ってくる。
これがきっと、武人として生きる者だけが得られる喜びなのだろう。
「そう!良い調子よ、仁美。次は貴女に、鉄扇術の極意を体感させてあげる。あの木剣を構えて、私に斬りかかるのよ。」
「はい、母上!」
命じられるがままに私は木剣を青眼に構え、サッと刀風を迸らせたの。
木剣であるとはいえ、当たれば相応の衝撃を受ける事は避けられない。
禁衛軍の訓練でも、新兵相手ではここまではやらないわ。
軍人上がりの母上が相手だからこそ、容赦なく出せる一撃だった。
「うっ!」
だが、私の木剣は虚しく空を切ってしまった。
サッと正中線から外れる巧みな体捌き。
これこそ「後の先」を重視する、護身術としての鉄扇の極意。
そして体勢を整えた私が目の当たりにしたのが、鉄扇術のもう一つの極意だった。
「たあっ!」
「あっ…!」
先の体捌きにより間合いを取った母上による、すれ違い様の一撃。
その鉄扇による一閃が、私の木剣を弾き飛ばしたのだった。
「今回は弾き飛ばすだけでしたが、軌道を調整すれば今の一撃で複数の敵を倒す事も出来るのです。相手の力を利用して危機を退ける。これもまた護身術の神髄ですよ。」
それは要するに、これが実戦ならば弾き飛ばされた木剣で私が致命傷を負っていたという事でもある。
母上の高い技量には、身内である私でも背筋が冷たくなってしまう。
しかし、この武人としての高い技量が我が中華王朝や我が一家の未来を切り開いていった事もまた事実である。
「み…見事です、母上…」
「貴女もよ、仁美。よく出来るようになりましたね。」
木剣を弾き飛ばされた喪失感に嘆息する私に、そう母上は優しく微笑んで下さったの。
武人としての強さと、慈母としての優しさ。
その二つの側面を違和感なく同居させているのが、私の母上なのだ。
激しい鍛錬の後は、馥郁たる芳香を放つ中国茶の一服。
これもまた、公邸で過ごす一時のお決まりだった。
「先の鍛錬におけるすれ違い様の一撃は、長崎で永祥さまを襲撃した賊を成敗する際にも用いた技なのよ。」
「成る程、母上…その時の凛々しさと頼もしさに、父上が見初められたのですね。」
鉄扇によるすれ違い様の一撃は、凶賊を叩きのめすと同時に若き日の父上の御心をも魅了していたのだろう。
私も母上のように、繰り出す技で未来を切り開く武人になりたいものだわ。




