1990年代の大阪環状線。最速の名を欲しいままにしたスカイラインGT-R。そこに現行プリウスが挑んだらどちらが速いのか
50代60代のおじさん達にハマる話だと思います。
昔の車は爆音でしたね〜
この時期の大阪環状線。
この場所の夜といえば、
令和の今では考えられない爆音が、
当たり前のように街を揺らしていた。
高回転まで一気に吹け上がるシビック。
B16を積んだEK、ハイカムに入った瞬間、
甲高い金属音が夜を裂く。
S13、S14、S15のシルビア。
タービン交換、強化クラッチ、溶接デフ。
アクセルを踏み抜くたび、
リアが一瞬だけ外へ逃げる。
FDのロータリーは独特の音で吠え、
R32やR33の直6は、
地鳴りみたいな低音を撒き散らす。
関西中の走り屋自慢の若者が、
我こそはとスピードを競っていた。
今では考えられないが、
ETCも無ければ、料金所で金を払う者もいない。
減速もせず、トップスピードのまま、
走り屋たちは環状線へ雪崩れ込んでいく。
その中でも、
周囲から一目置かれる走り屋がいた。
名を、佐々木一夫。
マシンは
日産スカイラインGT-R。
型式はBNR32。
エンジンはRB26DETT。
フルオーバーホール済み。
メタルタービン、前置きインタークーラー。
足回りは環状線用に煮詰め、
派手さより、
速さだけを追求した一台。
警察に追われることは日常茶飯事。
だが、一度も捕まらない。
相手にならないのだ。
コーナーを曲がり切れる速度、その限界。
そこからさらに一歩踏み込む勇気。
タイヤが落ち葉一枚でも噛めば、
車は簡単に弾け飛ぶ。
そのヒリつく緊張感すら、
佐々木は自分のものにしていた。
誰も勝てない。
警察も
「佐々木、待てコラー!」
と威勢はいいが、
命を賭けてる男に追いつけるはずがなかった。
佐々木はよく言っていた。
「ここ、環状線で
俺の前走れるやつなんておらん。
そんなやつが出てきたら、俺も引退や」
その夜も、
いつもと同じだと思っていた。
外回り、森ノ宮から京橋。
バックミラーに映るのは、
いつもの爆音、いつもの顔ぶれ。
──せやけど。
音がない。
そこにいるはずのない距離に、
黒い車が一台、張り付いている。
マフラー音もない。
エンジンの唸りもない。
なのに、離れない。
直線。
佐々木は、ほんの一瞬だけ踏み込んだ。
スカイラインのRB26が咆哮し、
いつもの加速が背中を押す。
──その瞬間。
横を、影が抜けた。
音は、なかった。
気づいた時には、
黒い車はもう前にいる。
踏み直す。
回転数は迷いなく上がる。
それでも、距離は一気に開いた。
直線の先、
静かなまま、黒いリアが小さくなっていく。
佐々木は初めて、
後ろからその車をはっきり見た。
低い。
やたらと低い。
セダンやない。
クーペみたいに寝かされたルーフ。
横一文字につながった、細いテールランプ。
「……なんやこの形」
タイヤも異様にデカい。
環状線で見るサイズやない。
テールランプの間。
見慣れたマーク。
トヨタ?
その下に、
見覚えのない文字。
PRIUS?
「なんやそれー。」
思わず、鼻で笑う。
「トヨタの車であんな早い車ないやろー。」
けど、
その背中はどう見ても、
この時代の車やなかった。
黒いプリウスは、
そのまま夜の向こうに消えていった。
その夜、
俺は引退を決意した。
──五年後。
トヨタから、
一台の車が発売された。
初代プリウス。
キャッチコピーは、
「手塚治虫さん」
「21世紀に間に合いました」
俺はテレビを見ながら、
ひとりで笑った。
「こいつ、
未来から来とったんかー」
少し間を置いて、
もう一言。
「……この車やったら、また環状線戻れるかな…」
初めての短編小説。読んでいただきありがとうございました。




