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TS無知ムチ使いの異世界ドカ食い気絶旅~脂肪と糖を添えて~  作者: Seabird(シエドリ)
2回目 竜骨ラーメン~ライスを添えて~
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筆記試験と魔術師

 私は無事、過去問を借りることができた。

 あの後は自然解散となり、私は宿に戻って勉強を始めた。


 勉強楽しい。勉強楽しい。勉強楽しい。勉強楽しい。勉強楽しい。

 ……これは自己催眠だ。

 勉強は食事と同じ。

 そう自分に言い聞かせながら、毎日ひたすら暗記を続けた。


 試験内容はまるばつ形式で、糖分の切れた私の脳でもギリギリ覚えられる程度なのが救いだった。

 ここ数日は夜しか食事を取っていない。眠気対策として仕方のない判断だったが、胃袋には地獄の日々だった。


 だが、その日々も今日で終わる。

 ついに、本試験の時がやってきた。


 窓から差し込む眩しい日の光で目を覚ます。

 珍しく緊張していたのだろう。昨夜は持ち帰りのバーガーをたった三個、しかもポテトもシェイクもなしで寝てしまったらしい。

 これは事件だ。歴史に残るかもしれない。


 衝撃的な事実に驚きながらも、私は朝のルーティンを始める。


 まずは鏡の前で髪を整える。

 長い髪は扱いが面倒だが、もう慣れたものだ。


「よし、私は私だ」


 頬を二回叩き、気合を入れる。


 そして服を着る。寝る際は下着だけ、というのが最近の習慣だ。

 武芸者時代は常在戦場。睡眠中に装備を外すなど愚行だった。

 だからこそ今、この自由が最高に気持ちいい。


 今日の服装も、伸縮性のある黒い布地。

 上下に分かれているが、実質ほぼ一体型。

 袖を通すと、自然と背筋が伸びる。少し窮屈だが、いつも通りで落ち着く。


 私は腰にムチと袋の付いたベルトを巻き、最後に短いジャケットを羽織る。

 これで準備完了だ。


「試験が終わったら何食べよっかなー」


 声に出した瞬間、気分がどんどん上向いてくる。

 軽い足取りで、私は宿を後にした。




 カーボの街は、どこかいつもと雰囲気が違っていた。

 通りには試験会場を示す看板が立ち、矢印が丁寧に方向を案内している。外から来た受験者も多いのだろう。普段より人通りが多い。


 なにより目を引いたのは、通り沿いにずらりと並んだ出店だった。

 受験者向けだろうか?


「ふっ……もう試験は始まっているということか」


 私は意味深な笑みを浮かべた。

 気づけば、手には揚げパンが握られていた。


「……いつの間に?」


 記憶がない。時間が飛んだ。

 視線を上げると、揚げパン屋のおじさんが手を振りながら『まいど〜!』と言っていた。


 ……買ったらしい。もう諦めよう。


「感謝を」


 歩きながらパンをかじる。


 あまッ……じょっぱい!?


 砂糖がまぶされた甘い揚げパンの中に、細かく刻んだ肉がぎっしり詰まっていた。

 完全に甘いものだと思い込んでいた脳が混乱する。だがすぐに順応し、味覚は落ち着きを取り戻した。


 あのおじさん、いつもは店の奥にいるのに、今日はわざわざ呼び込みまでしていると思ったら……こんな反則級の限定メニューを用意していたとは。


 これ、常設してほしい。切実に。


「……なくなった」


 また時間が飛んだ。

 気づけば、私の手は空っぽだ。


 そうか。あれは幻だったのだ。


「試験はもう始まっている」


 私は頭を大きく振り、意識を現実に戻した。

 忘れろ。揚げパンのことも、今の幸福も。私は受験者。私は真面目。私は理性。


 ——そして。


 理性は敗北した。


 本試験会場にたどり着くまでに寄った出店、合計五件。

 気づけば、あの禁断の感覚——満腹と幸福が混ざった、悪魔の眠気が襲ってくる。


 もう試験なんてどうでもいい。紙? 問題? 字がいっぱい? 知らん。

 帰って寝たい。布団と結婚したい。ポテトとシェイク持参で。


 ……私は敗北者だ。


 まだペンすら握っていないというのに、すでに敗戦ムードが漂っていた。


「あ、ムチーノさんだ! おーい!」


 後ろから呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、アルコルがいた。


「アルコルか……私は、失格だ……」


「何言ってるんですか? まだ始まってすらないですよ。寝ぼけてないで行きましょう!」


 私は半ば引きずられるように、アルコルと共に試験会場へ向かった。


 ここは国立危険区域管理庁――通称“キケ管”のカーボ支部。

 私が受験する《危険区域特例狩猟士》はキケ管が管理している国家資格だ。


 入口で受験料を支払い、番号札を受け取る。

 試験まで時間があるらしく、私は待機室の椅子に腰を下ろした。


 試験室に入れば私語は禁止。沈黙に包まれれば、私は確実に寝る。

 そうなる前に、アルコルには悪いが、話し相手になってもらうことにした。


 ふと視線を感じる。私への視線はいつものことだが、今日はアルコルにも集まっている。


「学生だったのか?」


 私は尋ねた。アルコルは白いローブのような制服を着ている。


「だいじょーぶです。もう二十歳(はたち)超えてますので!」


 親指を立てて笑うアルコル。いや、そういう意味で聞いたわけではない。


 だが、二十歳を超えて入る学校といえば、この国には一つしかない。


「魔術師を見るのは初めてだ」


 魔術学校。

 全国から毎年数名しか選ばれないという幻の学校。


 普通の人間にとって魔術は昔話と変わらない。

 指先から火花を出せば、地元で伝説になれる。それが魔術だ。


「いやいや、ムチ使いの方が珍しいですよ?」


「それは皆がムチに対して無知なだけだ。いいか、ムチは最強だ。先端は音を超える。すなわち最速の武器だと……」


 私は気づけば早口で語っていた。

 最速の武器を使わないなど、どうかしている。


「へぇ~……奥深いですね~」


 アルコルがぽやっとした声で感心する。


「わかってくれてなによりだ。それで、なぜ学生服で来た? 目立つだろうに」


「学割が効くんですよ。あと、ムチーノさんが避雷針になりますし」


「かしこいな。金は大切だ」


 国家試験である以上、例外なく学割は適用される。

 本来、危険区域特例狩猟士は成人しか受験できないが、学生なら例外らしい。


「……しかし、魔術師なのに狩猟士を受けるのか?」


 魔術師は存在するだけで価値がある。

 狩猟士資格が必要だとは到底思えない。


 私の疑問に、アルコルは小瓶を一つ取り出して笑った。


「趣味と実益……ですかね。長期休み中なので」


「なるほどな」


 確かに魔術師なら、素材集めという理由にも納得できる。


 きっとあれだ。

 巨大な鍋に素材を放り込み、長い棒でぐるぐるかき混ぜるやつ。


 私の魔術師に対する理解は、その程度だった。


 それからも適当な世間話をしていると、試験管の一人が待機室に入ってきた。


「そろそろ始まりますので、受験票に書いてある部屋の番号まで、移動をお願いします」


 寝落ちせずに済んだらしい。

 私は立ち上がり、右手をアルコルに差し出した。


「頑張ろう」


「はい! ムチーノさんなら余裕です!」


 アルコルと熱い握手を交わし、別れる。

 いつの間にか、砂糖の進軍は止まっていた。防衛には成功したようだ。

 今の私には、合格の二文字しか見えていない──



 ------



 危険区域特例狩猟士・筆記試験(乙種)

 以下の問いが正しければ『〇』を、間違っていれば『×』を書きなさい。


 問1:危険区域での活動は、夜は特に気をつけなければならない。

 ── 朝も昼も気をつけるべきである。よって『×』


 問2:危険区域に入る際、武器を忘れた場合は、一度帰って取りに戻ることが望ましい。

 ──望ましいというより必須。無武装はただの迷子。よって『○』


 問3:危険な獣に襲われそうな場合、威嚇として大声を出すのは有効である。

 ──魔獣の方が声が大きい。刺激するだけ。よって『×』


 問4:危険区域で同行者が謎のキノコを食べ『うまい』と言い出した場合、毒性の判定に協力するため少量を食べるのが正しい対応である。

 ── 二人で倒れても通報できないため、止めて隔離するのが正しい。よって 『×』


 問5:危険区域で新種の獣を発見した場合、速やかに管理局に報告しなければならない。

 ──新種の植物でも報告しなければならない。よって『×』


 問6:危険区域に入る前……



 ------



 筆記試験は案外あっさり終わった。

 試験勉強とは、武芸の修行と同じだ。

 膨大な量の(パターン)を覚え、それらを新しい場面で生かす。


 今回は、過去問があったからこそ攻略できた。

 アルコルには頭が上がらない。


 私は試験会場を出て、大きく深呼吸をする。

 アルコルとは別室だったが、彼女のことだ、余裕で解き終えているだろう。


 明日、ここで結果発表が行われる。

 しかし、すでに私の脳から”試験”という概念は消え去っていた。


「……腹が減った」


 ぐうっと腹が鳴る。

 あれほど必死に覚えた煩雑(はんざつ)な知識は、腹の音とともに霧散した。


 食べよう。

 今日は思いっきり食べよう。


 これは──頑張った自分への、ご褒美だ。

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