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TS無知ムチ使いの異世界ドカ食い気絶旅~脂肪と糖を添えて~  作者: Seabird(シエドリ)
最終回 むちのたび~脂肪と糖を添えて~
23/24

食べることと生きること

 会場は丘の上にあった。

 港から少し離れた場所、海の上からでも見えた緑の丘だ。


 人が住んでいる場所からは少し離れている。

 小さな島には似つかわしくないほど、広々とした空間。

 即席とは思えないほど、立派な会場。

 色とりどりの布が張られ、焼き台からは香ばしい匂いが立ち上る。観客は島民だけでなく、旅人や観光客の姿も多い。


「これが……大会か」


 私は並べられた屋台を見て回る。

 焼いた肉の串。揚げたパン。香ばしい匂いがする麺。


 どれもが幸せの象徴たちだった。


「ここは観客向けです。食べないでくださいよ。ムチーノさんにはこれを」


 ゼツが渡してきたのは、コップに入ったドロッとした乳白色の液体だった。


「牛の乳を発酵させたものです。お腹に優しいです」


「発酵? チーズみたいなものか?」


「とりあえず、飲んでみてください」


 促されるまま、私は一気に口に入れる。


「甘いな。これはおいしい」


「そうですよね。よかったです」


「お腹に何かを入れたせいで、更に腹が減った。やはりあそこの……」


「開始まで奥で待っていましょうか……」


 鳴るお腹を押さえ、私は屋台が目につかないところで待機することになった。




 そして、空腹のまま空を見上げ、やっとのことで大会が始まった。


 丘の上の会場に、司会の男性の張りのある声が響く。

 組ごとに分けられた参加者たちが壇上の長い台に並び、皿の上に盛られた“山”へと一斉に向き合っている。


 長いパン。

 はみ出すほどの肉。

 横には、艶のあるソースの瓶と、刻んだ野菜が盛られた小皿。


 あの料理を、ホットドッグと言うらしい。


「ルールは単純です」


 ゼツが簡潔に説明する。


「制限時間内に、どれだけ食べられるか。男女別で順位を出し、その合計でペアの総合順位が決まります」


「分かりやすいな」


「美味しく食べてください。では、行きましょう」


 どうやら、私たちの組が最後だったらしい。


 ゼツは、静かに、しかし戦士の顔で壇上へと向かった。


 正直に言えば、私はそこまで量を食べられるわけではない。

 食べるのは好きだが、それはあくまで“好き”の範囲だ。

 大食いの才など、持ち合わせていない。


 だが、彼は違った。


 開始の合図と同時に、ゼツは一切の迷いなくホットドッグに手を伸ばす。

 一口が大きい。噛む速度は一定で、無駄がない。

 まるで鍛錬の延長のような動きだった。


「……速いな」


 私は自分の分を丁寧に食べながら、横目で彼を見る。


 二本、三本、四本。

 数えること自体が馬鹿らしくなるほど、彼の皿は次々と空になっていった。


 観客席がざわめく。


「あの青年、何者だ?」「この島に、あんな逸材がいたとはな」「目福だぜ……」


 話題の中心は、完全にゼツだった。

 本人は気にも留めず、ただ真剣にホットドッグと向き合っている。


 一方で、私は私なりに集中していた。


 視線は慣れている。

 味を確かめ、無理をせず、しかし止まらずに食べ続ける。


 途中でソースを変え、酸味のある刻み野菜を挟む。

 焦らない。

 食事に向き合う時間を、雑に扱わない。


 ――感謝を。


 女性部門の参加者は数が少ないが、それぞれが真剣だった。

 勝ち負け以前に、食べるという行為そのものに、誇りがある。


 やがて、制限時間が訪れる。


 結果は、誰の目にも明らかだった。


「男性部門、優勝! ゼツ!」


 歓声が弾ける。

 積み上げられた皿の数は、他を圧倒していた。


 続いて、女性部門。


「優勝、ムチーノ!」


 ここでも歓声が上がる。ただ、歓声の種類が違うと感じるのは気のせいか。


 量で突出していたわけではない。

 だが、最後まで崩れず、黙々と食べきった結果、最も多く皿が空いていたらしい。


 そして、総合結果。


「男女ペア総合優勝は、ゼツ・ムチーノ組!」


 一拍の静寂のあと、会場が一斉に沸いた。


 ゼツは呆然としたまま、私を見る。


「……勝ちましたね」


「ああ。約束は守った」


 島代表としての面目も、ドカグーイ部の名も、きっとこれで守られた。


「やっぱり、食は力ですね」


 ゼツが、噛みしめるように言う。


 私は、会場を見渡した。


 焼き台の熱。

 立ちのぼる煙。

 笑う人々。

 腹を抱え、満足そうに息をつく顔。


 食べることは、ただ腹を満たす行為じゃない。

 力になり、笑顔になり、生きているという実感そのものになる。


 ――生きることは、食うことだ。


 潮風が吹き抜け、煙が空へと流れていく。

 大会は終わったが、胸の奥にはまだ、温かな余韻が残っていた。


 次は島を案内してもらう番だ。


 少し重かった足取りが、自然と軽くなる。


 誰かと飯を食う。


 その輪の中に、私の一番大切な人も誘いたい。

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