食べることと生きること
会場は丘の上にあった。
港から少し離れた場所、海の上からでも見えた緑の丘だ。
人が住んでいる場所からは少し離れている。
小さな島には似つかわしくないほど、広々とした空間。
即席とは思えないほど、立派な会場。
色とりどりの布が張られ、焼き台からは香ばしい匂いが立ち上る。観客は島民だけでなく、旅人や観光客の姿も多い。
「これが……大会か」
私は並べられた屋台を見て回る。
焼いた肉の串。揚げたパン。香ばしい匂いがする麺。
どれもが幸せの象徴たちだった。
「ここは観客向けです。食べないでくださいよ。ムチーノさんにはこれを」
ゼツが渡してきたのは、コップに入ったドロッとした乳白色の液体だった。
「牛の乳を発酵させたものです。お腹に優しいです」
「発酵? チーズみたいなものか?」
「とりあえず、飲んでみてください」
促されるまま、私は一気に口に入れる。
「甘いな。これはおいしい」
「そうですよね。よかったです」
「お腹に何かを入れたせいで、更に腹が減った。やはりあそこの……」
「開始まで奥で待っていましょうか……」
鳴るお腹を押さえ、私は屋台が目につかないところで待機することになった。
そして、空腹のまま空を見上げ、やっとのことで大会が始まった。
丘の上の会場に、司会の男性の張りのある声が響く。
組ごとに分けられた参加者たちが壇上の長い台に並び、皿の上に盛られた“山”へと一斉に向き合っている。
長いパン。
はみ出すほどの肉。
横には、艶のあるソースの瓶と、刻んだ野菜が盛られた小皿。
あの料理を、ホットドッグと言うらしい。
「ルールは単純です」
ゼツが簡潔に説明する。
「制限時間内に、どれだけ食べられるか。男女別で順位を出し、その合計でペアの総合順位が決まります」
「分かりやすいな」
「美味しく食べてください。では、行きましょう」
どうやら、私たちの組が最後だったらしい。
ゼツは、静かに、しかし戦士の顔で壇上へと向かった。
正直に言えば、私はそこまで量を食べられるわけではない。
食べるのは好きだが、それはあくまで“好き”の範囲だ。
大食いの才など、持ち合わせていない。
だが、彼は違った。
開始の合図と同時に、ゼツは一切の迷いなくホットドッグに手を伸ばす。
一口が大きい。噛む速度は一定で、無駄がない。
まるで鍛錬の延長のような動きだった。
「……速いな」
私は自分の分を丁寧に食べながら、横目で彼を見る。
二本、三本、四本。
数えること自体が馬鹿らしくなるほど、彼の皿は次々と空になっていった。
観客席がざわめく。
「あの青年、何者だ?」「この島に、あんな逸材がいたとはな」「目福だぜ……」
話題の中心は、完全にゼツだった。
本人は気にも留めず、ただ真剣にホットドッグと向き合っている。
一方で、私は私なりに集中していた。
視線は慣れている。
味を確かめ、無理をせず、しかし止まらずに食べ続ける。
途中でソースを変え、酸味のある刻み野菜を挟む。
焦らない。
食事に向き合う時間を、雑に扱わない。
――感謝を。
女性部門の参加者は数が少ないが、それぞれが真剣だった。
勝ち負け以前に、食べるという行為そのものに、誇りがある。
やがて、制限時間が訪れる。
結果は、誰の目にも明らかだった。
「男性部門、優勝! ゼツ!」
歓声が弾ける。
積み上げられた皿の数は、他を圧倒していた。
続いて、女性部門。
「優勝、ムチーノ!」
ここでも歓声が上がる。ただ、歓声の種類が違うと感じるのは気のせいか。
量で突出していたわけではない。
だが、最後まで崩れず、黙々と食べきった結果、最も多く皿が空いていたらしい。
そして、総合結果。
「男女ペア総合優勝は、ゼツ・ムチーノ組!」
一拍の静寂のあと、会場が一斉に沸いた。
ゼツは呆然としたまま、私を見る。
「……勝ちましたね」
「ああ。約束は守った」
島代表としての面目も、ドカグーイ部の名も、きっとこれで守られた。
「やっぱり、食は力ですね」
ゼツが、噛みしめるように言う。
私は、会場を見渡した。
焼き台の熱。
立ちのぼる煙。
笑う人々。
腹を抱え、満足そうに息をつく顔。
食べることは、ただ腹を満たす行為じゃない。
力になり、笑顔になり、生きているという実感そのものになる。
――生きることは、食うことだ。
潮風が吹き抜け、煙が空へと流れていく。
大会は終わったが、胸の奥にはまだ、温かな余韻が残っていた。
次は島を案内してもらう番だ。
少し重かった足取りが、自然と軽くなる。
誰かと飯を食う。
その輪の中に、私の一番大切な人も誘いたい。




