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TS無知ムチ使いの異世界ドカ食い気絶旅~脂肪と糖を添えて~  作者: Seabird(シエドリ)
6回目 オーク風ピザ~ナゲットを添えて~
18/24

オーク風ピザ

 ガルドの店は、オークの街の外れにあった。


 地下競売では、それ以上の情報を得られず、私は彼が開いている店でピザを食べさせてもらうことになった。

 正直に言えば、途中からそれが楽しみになってしまい、調査にあまり身が入らなかったことも否定できない。


 ラキムは、ずっと驚いた表情で私を見ていた。

 『ムチーノ殿、やっぱりあのムチ使いだったのかよ……』と、整えていた口調を崩し、目を丸くしている。

 なにも、そこまで驚くこともないだろうに。


 競売会場を出たあと、ガルドの案内で店へ向かった。


 石造りの建物が並ぶ路地裏。

 人目につきにくい場所にある、隠れ家のような店だ。


 扉を開けた瞬間、直感的に分かる。

 ここは、戦う場所ではない。


 熱と香りが支配する、腹を満たすための場所だ。


 焼き窯の熱。

 粉と油の匂い。

 刃物ではなく、包丁の気配。


「落ち着くな」


 思わず、そんな感想が漏れた。


「だろ」


 ガルドは短く笑い、奥の作業台の近くへ私たちを促した。

 店内にはまだ客はいない。仕込みの時間帯らしい。


「でだ。あの場じゃ言いづらかっただろうが……さっきの質問の答えを聞かせてくれ」


 生地をこねる手を止めず、ガルドが言う。


「なんで女になってる」


「薬だ」


 私は即答した。


「ライバルに盛られた。メイス使いのメスートだ」


 ガルドの手が、ぴたりと止まる。


「……あいつか」


「知っているのか」


「武芸者ならな。小さいくせに力任せで、頭も回る。性格は最悪だ」


 評価が的確すぎて、私は小さく息をついた。


「目的は単純だ。なぜ私から距離を置いているのか、それが知りたい。だから、あいつを追っている」


「なるほどな」


 ガルドは再び生地を動かし始めた。


「それで地下競売か」


「そうだ」


 私は匂いに引かれ、店内を見渡す。


 壁には乾燥させた香草、塩漬けの肉、見たことのない粉末。

 どれも扱いが難しそうなものばかりだ。


「悪いが、この街で店を開いて三年になる。メスートは見たことがない」


「そうか……」


 ここで足跡を辿れないとなると、次の手を考えなければならない。

 そう思いかけたところで、ガルドがふと手を止めた。


「……いや、待て。先月だったか」


 独り言のように、思い出す。


「大きな外套で顔まで隠した、小さな客がいた。妖しすぎるやつだったが、話し方は確かにメスートだったな。ただ、声がやたら高かった」


 眉をひそめる。


「いや、元から高かったが……あれは変声期……でもないか」


「そいつは、酸っぱいものが好きだったか?」


 私は藁にもすがる思いで聞いた。


「ああ。ピザに大量の酢をかけやがってな。味が分からなくなるって、少し揉めた」


「そいつだ」


 私は立ち上がった。


「どこへ行った。教えてくれ」


「お、おう……確か、魔術の街に行くとか言ってたな」


「マギか。ちょうどいい」


 私はすぐに動き出す。

 店を出ようと扉に向かい――


 そして、戻ってきて椅子に座った。


「ピザを食べてからだ」


「……お、おう」


 ガルドは、私の切り替えの早さにやや引いていた。


「薬で女になったことは、流しちゃうんですね……」


 ラキムの困惑した声。


「ムチーノ、やはりか……それでも俺は……」


 ランの、妙に覚悟の決まった声。


 店内は、さまざまな感情が交錯していた。


 ピザ生地の素朴で香ばしい匂いを残して──




 そして、話はピザに戻る。


「……それで聞きたい。なぜ、オークのレシピが地下競売に出た」


 その問いに、ガルドは少しだけ表情を曇らせた。


「理由は簡単だ」


 生地を台に叩きつけながら言う。


「難しすぎる」


「そんなにか」


「ああ。手順が料理じゃない。思考だ」


 ガルドは手を拭き、棚から一冊の写本を取り出した。

 例のレシピの写しだろう。


「分量は曖昧。火加減は感覚。素材は地域差前提。失敗例の方が多い。実際、人生を無駄にしたやつもいる」


 淡々とした声だった。


「再現しようとして、金を使い果たし、時間を溶かし、最後は味も分からなくなる」


「それで地下へ」


「価値だけが独り歩きした。食べられない伝説ほど、金になる」


 私は納得した。


「だが、お前は違うな」


 ガルドが私を見る。


「食べる前提で考えている目だ」


「当然だ」


 私は即答した。


「料理は、口に入って終わりだ」


 ガルドは一瞬だけ目を見開き、そして大きく笑った。


「芯は変わってねえな、ムチーノ」


「そちらこそだ」


 武を捨て、鍋を持った男。

 彼は変わらない。


「オーク風ピザは作れるのだな」


 私が問うと、ガルドは迷いなく頷いた。


「ああ。なんなら今、仕込みの最中だ。レシピ帳はな、足りなかった最後の欠片を確認するために落札しただけさ」


 その答えで、十分だった。


 私は椅子にもたれ、静かに息を吐く。


 メスートを追う旅の途中で、

 思いがけない再会と、思いがけない匂いに辿り着いた。


 それから、少しだけ時間が流れた。


 店の空気が、ゆっくりと変わっていく。

 火が入れられ、窯の熱が安定し、ガルドの動きから無駄が消えた。


 彼はもう、誰とも話さない。

 ただ、生地と向き合っている。


 伸ばされた生地は薄すぎず、厚すぎず。

 指で押されるたび、静かに呼吸するように戻る。

 そこに塗られるのは、濃すぎないソース。

 具材は多くない。だが、一つ一つに迷いがない。


 ラキムは作業を見守りながら、落ち着かない様子で立っていた。

 ランは腕を組み、静かに目を閉じている。

 私も、言葉を挟まなかった。


 ――この時間は、邪魔してはいけない。


 ガルドが最後に取り出したのは、例のレシピ帳だった。

 古びた頁を一枚だけ開き、そこに目を落とす。


「……これだけのことだったのか」


 彼は小さく笑った。


「難しい調理法でも、秘伝の香辛料でもない。もっと単純だった」


 そう言って、指でなぞる。


『複数人で、笑顔で食べること』


 拍子抜けするほど、簡単な言葉。

 だが、ガルドはそこで止まっていた。


「俺はずっと一人で作ってきた。うまいものを作る自信はあった。でもな……足りなかった」


 彼は具材を置き終え、生地を持ち上げる。


「だから、地下競売に出てたと聞いて、落札した。足りない何かが、原本になら記されていると思った。結局これは、収集家向けの骨董品だったというわけだがな」


 窯に入れられたピザが、音を立てる。

 焼ける匂いが、店いっぱいに広がった。


 香ばしい。

 だが、不思議と空腹を煽る匂いではない。


 ――落ち着く。


 ランが目を開け、短く言った。


「武芸と同じだな」


「だろ」


 ガルドは火を見つめたまま答える。


「誰と立つか。誰と食うか。それで、完成が決まる」


 焼き上がりの合図。

 ガルドは慎重にピザを取り出し、木の台に置いた。


 切り分ける前に、一度だけ深く息を吸う。


「……よし」


 ナイフが入る。

 四等分。


 彼は皿を並べ、順に配った。

 私、ラキム、ラン、そして自分。


 全員分が揃ったところで、ガルドはようやく顔を上げた。


「さて」


 武芸者でも、料理人でもない、ただの男の顔で言う。


「確認しようか」


 オーク風ピザ。

 作り手の想いが、そのまま表れる料理。


 私は皿を見つめ、フォークを取った。


 食べる前から、もう分かっている気がした。


 ------


 【今日のメニュー】

 ・オーク風ピザ


 ------


 食事は、終始穏やかで、よく笑った時間だった。

 言葉は多くなくとも、窯の前で交わした視線と、自然に伸びる手がすべてを物語っていた。


 それで十分だと、今は思える。


 ------


 その後のことは、詳しく書く必要もないだろう。


 私はオーク風ピザを五枚食べた。

 多すぎるかと聞かれれば、そうでもない。

 ちょうどよかった。


 別れ際、ガルドは紙袋を差し出してきた。


「持ってけ。ナゲットだ」


「なぜナゲットなんだ」


「これは俺の得意料理だ。まだいけるだろ?」


 理屈はよく分からなかったが、感謝はした。


 ラキムは最後までそわそわしていて、ランは何も言わず、少し笑っていた。


 それぞれ、別の道を選んだ。

 それでいい。




 宿に戻り、私は荷物を下ろす。

 灯りを落とし、紙袋を開ける。


 冷めかけたナゲットを口に運ぶ。

 それだけで、なぜか笑ってしまった。


 ベッドに横になり、天井を見る。


 追うべき相手はまだ遠い。

 旅も、終わってはいない。


 それでも今は、満ちている。


 私は笑顔のまま、静かに眠りについた。



 ------



 【オーク風ピザ~ナゲットを添えて~】

 場が味を決める!


 噛みしめた瞬間にまず感じるのは、生地そのものの力強さだ。外は香ばしく、中はもっちりとしており、噛むほどに小麦の甘みが広がる。派手な具材は使われていないはずなのに、なぜか満足感が異様に高い。

 具とソースは控えめだが、全体のバランスが極めて良い。素材同士が競わず、互いを引き立て合っている。そのため、一口ごとに味が完成していく感覚がある。主張がないのに、印象だけは強く残る不思議な一枚だ。

 何より特徴的なのは、食べていると自然と気持ちが緩む点だろう。腹だけでなく、胸の奥まで満たされていく。

 一人で食べるには少しもったいない。誰かと分け合う前提でこそ、本領を発揮する。

 伝説と呼ばれる理由は、味ではなく体験にあった。

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