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TS無知ムチ使いの異世界ドカ食い気絶旅~脂肪と糖を添えて~  作者: Seabird(シエドリ)
6回目 オーク風ピザ~ナゲットを添えて~
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地下競売と古のレシピ

 通路の奥は、表の喧騒が嘘のように静かだった。

 石壁に沿って下り階段が続き、灯りは最小限。空気はわずかに湿り、匂いも変わっていく。


 甘さと香ばしさが混じった地上とは違う。

 ここに漂うのは、鉄と土、そして獣の気配だ。


「……おいしそうではないな」


「ええ。ここからは“裏”ですから」


 ラキムの声も、自然と小さくなっていた。


 ここへ来るまでの間、黒服に何度か声をかけられた。

 『ここから先は関係者だけだ』

 そう言われたが、ランの凄みを感じ取った瞬間、彼らは何も言わず道を空けた。


 それにしても、ランはこの場所を知っている様子だ。

 だとしたら、なぜ放置されているのか。


 考えがまとまりきる前に、階段は終わった。


 地下競売の会場が広がっている。

 天井は低く、円形の空間。だが、並べられた展示物は明らかに常軌を逸していた。


 檻の中で唸る生きた獣。

 根が脈打つままの危険植物。

 封印符で縛られた薬瓶。

 触れただけで皮膚を焼きそうな胞子塊。


「ラン様、お久しぶりです」


 支配人らしき老齢の男が、深々と腰を折って声をかけてきた。


「俺が狩った獲物を、なぜ上に流した。答えろ」


 怒気を孕んだ声が、支配人に向けられる。


「大変申し訳ございません。手続きに人為的な誤りがあったようで……深くお詫びいたします」


 手続きという単語に私は眉をひそめ、ランを見る。


「ラン、説明しろ。正規の手続きを踏まなかった……いや、踏めなかったのではないのか?」


 手は無意識のうちにムチへと伸びていた。


「ムチーノ、説明していなかったな。この地下競売は、街が黙認している」


 ランは短く息を吐く。


「表があれば裏がある。それはどこも同じだ。つまり、裏ですら管理したほうが安全だ、という判断だな。俺も渋々だが、許容している」


 その諦めたような表情を見て、私はそれ以上追及できなかった。


「だがな」


 ランは頭を下げたままの支配人の肩を、軽く叩く。


「裏の手続きは、裏なりにきちんとしてもらわないと困る。どこへ流れたのか追えなくなるからな」


「……肝に銘じます」


「いつでも潰せることを、忘れるな」


「承知しております」


 支配人は最後まで頭を上げなかった。


 そして私たちは、そのまま地下競売の闇の中へと足を踏み入れていった。




 競り台の中央に、黒布をかけられた、ひときわ大きな木箱が置かれていた。


「次の出品です」


 司会役の男が、ためらいなく布を引き剥がす。


 中にあったのは――

 一冊の、年季の入ったレシピ帳だった。


「古代オーク族の食譜。通称、オーク風ピザ」


 ざわめきが、会場を包む。


「オーク族は、古に存在した美食の祖。その調理法は、今なお再現不能とされてきました」


 私は、思わず息を呑んだ。


「……ピザ」


 小さく呟くと、ランが横目でこちらを見る。


「反応が早いな」


「仕方ないだろう。パンであり、具であり、焼き物だ。完成度が高すぎる。私も最近、はじめて食べたが……感動してしまった」


 競りは一気に白熱した。

 金額が跳ね上がるたび、私の中の熱は、少しずつ冷めていく。


「でも、違う」


「そうか?」


「高すぎる。味に集中できない」


 安くておいしい。

 そして、幸せを感じたまま眠りにつける。


 それが一番だ。

 私は、改めてそう納得していた。


 その様子を見て、ランが静かに息をつく。


「俺がここに来た理由は、あれで終わりだ。狩った食材が地下に流れているって話の、確認だけだった」


「摘発は?」


「しない。理由は……まあ、さっき話した大人の事情だ」


 競売は続く。


 金はない。

 だが、私の興味は、やはり一つの品に釘付けになっていた。


 オーク風ピザ。

 伝説のレシピ。


 食べられるかどうかは、別として。


「……気になるな」


 私は小さく呟き、地下に満ちる闇を見渡した。


 競りが終わり、場内が少しざわつく。


「落札者は――そちらのお方だ」


 司会の声と同時に、視線が一斉に”そちら”へ向いた。


 立ち上がったのは、がっしりとした体格の男だった。

 前掛けのような布を腰に巻き、指は太く、拳にはタコが浮いている。

 料理人というより、武芸者の手だ。


 だが私は、その顔に見覚えがあった。


「……まさか」


 男もこちらを見た。

 一瞬きょとんとしたあと、目を見開く。


 そして、会場後方に立っていた私のほうへ歩み寄ってきた。


「ムチ……ムチーノか?」


「なぜ私が分かる」


 思わず、そんな言葉が口をついた。


「ひでえ言い草だな。そのムチを見りゃ分かるさ。こっちは道場を潰されてるんだぜ?」


 男は苦笑しながら頭をかく。


「元武芸者、今は料理人。名はガルドだ。覚えていてくれたようだな」


 ガルドと名乗った男は、今度はランへと視線を向け、深く息をついた。


「ランが連れてきたのか……納得だぜ」


 含みのある言葉に、場の空気がわずかに変わる。


 ムチ使い。

 双剣使い。

 素手使い。


 それぞれ違う道を選び、違う生き方をしてきた元武芸者が、地下競売の片隅で再会していた。


「武芸を捨てたのか? 看板は返したはずだ」


 私が尋ねると、ガルドは肩をすくめる。

 そして、誤魔化すように言った。


「捨てたんじゃない。腹が減ったんだ」


「……それで料理人か」


「そうだ。強くなるより、うまいものを作るほうが性に合ってた」


 その答えに、私は妙に納得する。


「本気で作るつもりか?」


 ランが問う。


「ああ」


 ガルドは即答した。


「オークのレシピだろ。なら、再現できないわけがない。俺の祖先らしいからな」


 冗談めいた口調だが、目の奥には確かな炎があった。


 私は静かに息を吸う。


「……食べさせてもらえるのか」


「当然だ」


 ガルドは、昔と変わらない笑みを浮かべた。

 本当に、良いやつだ。


「お前は、ちゃんと味を見るやつだった」


 看板などに興味がなかった武芸者時代の私。

 そんな私に看板を渡し、鍋をご馳走してくれた。

 今思えば、彼が料理人になるのは、決まった未来だったのかもしれない。


 地下の闇の中。

 金と欲が渦巻く場所で。


 武ではなく、食を巡って、三人は再び交わった。


 オーク風ピザ。

 伝説のレシピ。


 それはもう、紙の上の話ではなくなっていた。


「いや、まあ、話は色々あると思うが、最初に一つだけ聞かせてくれ」


 ガルドは、引きつった顔で私を見る。


「ムチーノ。お前、なんで女になってるんだ?」


 その疑問は、あまりにも正当だった。

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