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TS無知ムチ使いの異世界ドカ食い気絶旅~脂肪と糖を添えて~  作者: Seabird(シエドリ)
6回目 オーク風ピザ~ナゲットを添えて~
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競売の街と武芸者たち

 光り輝く街は、夜からが本番のようだ。


「活気があるな……」


 小奇麗な服装をした人々が多いこの街では、私は少し目立つらしい。

 あちらこちらから視線を感じるが、気にしない。


 それよりも、先ほどから誘惑が多すぎだ。


 通りのあちこちで売られている、おいしそうな食べ物。

 そのすべてが、私に『食べて』と語りかけてくる。


「今日の私は真面目なんだ」


 頬を二度叩き、誘惑を振り払う。

 ……はずだったのだが、気づけば大きな飴を売る屋台の列に吸い込まれていた。


「お姉ちゃん、キャンディー好きなの?」


 前に並んでいた小さな女の子に話しかけられて、私はようやく状況を理解する。


 子ども連れの列の中に、大の大人が一人だけ。

 少々、恥ずかしい。


「すみません。うちの子が迷惑をかけちゃったみたいで……」


 女の子の両親が、申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「いや、気にしなくていい。少女よ。私は珍しいものを食べるのが好きなだけだ。見ろ、あの飴を。あんなにも大きい。しかも棒付きで食べやすそうだ。実に楽しみだな」


「だよね。私も食べるの楽しみ」


 少女と私は、自然と笑い合った。


 そして私は、大きな飴を手に、再び街の散策を始める。


 私は、自然の中での生活を──数日間だけだが──経て、家族を探す旅を再開していた。

 以前、海辺の町で、ある盗賊から聞いた武芸者の足跡を追って、この街”オーク”に辿り着いたのだ。


 街の中心まで進んだところで、石造りの円形建築が見えた。小さくした闘技場のような外見だ。

 ここが有名な競売の会場なのだろう。


 メイス使い、メスート。

 彼の足取りを追うには、この街の地下競売に参加するのが手っ取り早い。


 ここは表の競売だが、手がかりがない以上、まずはここから探りを入れるべきか……


 考えながら先へ進む。

 しかし入口で、黒服の警備が無言で立ちはだかった。


「招待状は」


「ない」


 一瞬、空気が硬くなる。


「だったらダメだ。帰りな」


「そうか……見学でもダメか?」


「ダメだ」


 そこへ、聞き覚えのある声が割って入った。


「ムチーノ殿じゃないですか。久しぶりですね」


 振り向くと、そこにいたのはラキムだった。

 以前、カーボの街で一度だけ関わった大剣使いだ。

 その隣には、これまた見知った人物が静かに立っている。


 炎のような赤い髪を後ろに流す双剣使い。

 傷だらけの顔は全てを威圧し、ただ立っているだけで、場の温度が一段下がったように感じた。


「こちらは私の師、ラン先生です」


 ラキムに紹介されるが、私も彼を知っている。


「世界は狭いな」


「ああ。意外と早く再会した」


 ランはなぜか嬉しそうに、少しだけ顔を赤く染めた。

 それからラキムに目配せする。


「この方は我々の同行者だ」


 ラキムがそう告げると、警備は何も言わずに脇へ退いた。


「助かった」


「気にしないでください。ラン先生のためですから」


 ラキムは肩をすくめる。


 以前会ったときより、彼は丁寧な口調で私に接している。

 隣に師匠がいるから、緊張しているのだろう。


 師弟関係も大変だなと思いながら、私は会場内を見渡した。


 視覚情報より気になることがある。

 

 香りだ。


 甘い、香ばしい、酸味を帯びた匂いが幾重にも重なり、波のように押し寄せてくる。

 私は思わず一歩、足を止めた。


「……食の坩堝(るつぼ)だな」


 会場内はすでに熱気に満ちていた。

 武具や魔道具の競り台も見えるが、それ以上に目を引くのは食材用の展示台だ。


 琥珀色に輝く巨大な果実。

 氷漬けにされた銀鱗魚。

 樹脂のように固められた香辛料の塊。


 どれも値札の数字が正気ではない。しかも、それは開始価格なのだ。


 『食べてみたい』という感情から意識を引き離すため、私は視線を逸らした。


 人、物、金、欲。

 そして、その中心にある、食。


 この街なら、メスートの情報も、そしてまだ見ぬ味も、必ず手に入る。


「さて」


 私は一歩、競りの熱の中へ足を踏み入れた。


「真面目に探すか。目の保養も兼ねてな」


「……俺もそうしよう」


 ランは”私を見て”言って、わずかに口元を緩めた。

 

 競り台の上で、鐘が鳴る。


「では次。深紅樹の蜜果、丸ごと一房。開始は金貨五十枚から」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、札が一斉に上がる。


「六十」

「七十五」

「百」


 数字が跳ねるたび、会場の熱が上がっていく。

 蜜果は照明を受けて艶やかに輝き、甘い香りを漂わせているが、その向こうで飛び交う金額は、もはや味とは別の次元だ。


 私は腕を組み、静かに眺めていた。


 百五十。

 二百。

 最終的に、落札は三百二十。


「……ふむ」


 確かにおいしいのだろう。

 だが、この値段で食べる一口は、果たして腹を満たすだろうか。


 次は氷銀魚。

 その次は古代麦。

 どれも同じだ。競りが進むたび、数字は跳ね、歓声が上がる。


 私の中の温度は、逆に少しずつ下がっていった。


「やっぱりな」


 思わず小さく呟く。


「安くて、おいしい。それで腹いっぱいになる。結局、それが一番だ」


 隣で聞いていたラキムが、少し驚いた顔をする。


「意外ですね。ムチーノ殿はこういう場がお好きかと」


「見るのは好きだ。食べるのは、別だ」


 私は競り台から視線を外し、人を見る。

 欲に浮かされた目、金額に酔った声。

 それらは食事の前に抱く高揚とは、どこか違っていた。


 そのとき、ランが低い声で言った。


「俺も競売自体には興味がねえ。ただ、流れを見に来ただけだ」


「流れ?」


「ああ。俺が仕留めた獣の肉がな、ここに回ってくるかもしれないって話を聞いた。あれは危険な成分が入っている。調理ができる料理人も一握りだ。本来は決まったルートで取引される」


 私は視線を戻す。


「地下競売か」


「そうだ。表に出せない品は、たいてい下に流れる。だが、こういう場に一度だけ顔を出すこともある」


 ランの目は、競り台の奥を静かに追っている。

 獲物は絶対に逃さない、狩りの目だ。


「自分で取った食材に責任を持っているのか。感心だ」


「放っておける性分じゃなくてな」


 短く笑うランに、私は小さく頷いた。


「分かる。食べ物は、あるべきところへ、真っ直ぐ行くべきだ」


 ちょうどそのとき、競り台に新しい品が運び込まれる。

 風が斬ったような、綺麗な断面。


 ランの視線が、わずかに鋭くなった。


 会場の喧騒の中、私は一歩、ランの横へ寄る。


「どうする?」


「ムチーノ、あんたを巻き込むわけにはいかねえ」


「いや、私も地下競売に用がある」


「訳ありってところか」


「あとで話そう。表と裏は繋がっているようだ」


「そうだな……まずは、その飴を食べきってくれ」


 ラキムに言われ、私は舐めていた飴をかじった。

 ぼりぼりと、ほとんど砂糖の塊を噛んでいるような感触だ。

 歯に申し訳ない。


 急いで飴を片付け、会場の隅にある扉から通路へ出る。


 どこかに、地下へと続く道があるはずだ。


「眠い……」


「今ですか!?」


 私の呟きに、ラキムが思わず声を上げた。


 自分でも分かっている。

 場違いな感想だ。

 ただ、砂糖ってすごいなと再確認した。


「安心しろ。寝るわけじゃない」


 石壁は古く、足音がやけに響く。

 この先に、表には出てこない取引の場がある。


 地下競売、そしておそらくは、メイス使いメスートの影も。


 私は一度だけ深く息を吸い、歩き出した。


 次に口にするのは、甘美な食物か。

 それとも、厄介な真実か。


 答えは、地下にある。

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