競売の街と武芸者たち
光り輝く街は、夜からが本番のようだ。
「活気があるな……」
小奇麗な服装をした人々が多いこの街では、私は少し目立つらしい。
あちらこちらから視線を感じるが、気にしない。
それよりも、先ほどから誘惑が多すぎだ。
通りのあちこちで売られている、おいしそうな食べ物。
そのすべてが、私に『食べて』と語りかけてくる。
「今日の私は真面目なんだ」
頬を二度叩き、誘惑を振り払う。
……はずだったのだが、気づけば大きな飴を売る屋台の列に吸い込まれていた。
「お姉ちゃん、キャンディー好きなの?」
前に並んでいた小さな女の子に話しかけられて、私はようやく状況を理解する。
子ども連れの列の中に、大の大人が一人だけ。
少々、恥ずかしい。
「すみません。うちの子が迷惑をかけちゃったみたいで……」
女の子の両親が、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「いや、気にしなくていい。少女よ。私は珍しいものを食べるのが好きなだけだ。見ろ、あの飴を。あんなにも大きい。しかも棒付きで食べやすそうだ。実に楽しみだな」
「だよね。私も食べるの楽しみ」
少女と私は、自然と笑い合った。
そして私は、大きな飴を手に、再び街の散策を始める。
私は、自然の中での生活を──数日間だけだが──経て、家族を探す旅を再開していた。
以前、海辺の町で、ある盗賊から聞いた武芸者の足跡を追って、この街”オーク”に辿り着いたのだ。
街の中心まで進んだところで、石造りの円形建築が見えた。小さくした闘技場のような外見だ。
ここが有名な競売の会場なのだろう。
メイス使い、メスート。
彼の足取りを追うには、この街の地下競売に参加するのが手っ取り早い。
ここは表の競売だが、手がかりがない以上、まずはここから探りを入れるべきか……
考えながら先へ進む。
しかし入口で、黒服の警備が無言で立ちはだかった。
「招待状は」
「ない」
一瞬、空気が硬くなる。
「だったらダメだ。帰りな」
「そうか……見学でもダメか?」
「ダメだ」
そこへ、聞き覚えのある声が割って入った。
「ムチーノ殿じゃないですか。久しぶりですね」
振り向くと、そこにいたのはラキムだった。
以前、カーボの街で一度だけ関わった大剣使いだ。
その隣には、これまた見知った人物が静かに立っている。
炎のような赤い髪を後ろに流す双剣使い。
傷だらけの顔は全てを威圧し、ただ立っているだけで、場の温度が一段下がったように感じた。
「こちらは私の師、ラン先生です」
ラキムに紹介されるが、私も彼を知っている。
「世界は狭いな」
「ああ。意外と早く再会した」
ランはなぜか嬉しそうに、少しだけ顔を赤く染めた。
それからラキムに目配せする。
「この方は我々の同行者だ」
ラキムがそう告げると、警備は何も言わずに脇へ退いた。
「助かった」
「気にしないでください。ラン先生のためですから」
ラキムは肩をすくめる。
以前会ったときより、彼は丁寧な口調で私に接している。
隣に師匠がいるから、緊張しているのだろう。
師弟関係も大変だなと思いながら、私は会場内を見渡した。
視覚情報より気になることがある。
香りだ。
甘い、香ばしい、酸味を帯びた匂いが幾重にも重なり、波のように押し寄せてくる。
私は思わず一歩、足を止めた。
「……食の坩堝だな」
会場内はすでに熱気に満ちていた。
武具や魔道具の競り台も見えるが、それ以上に目を引くのは食材用の展示台だ。
琥珀色に輝く巨大な果実。
氷漬けにされた銀鱗魚。
樹脂のように固められた香辛料の塊。
どれも値札の数字が正気ではない。しかも、それは開始価格なのだ。
『食べてみたい』という感情から意識を引き離すため、私は視線を逸らした。
人、物、金、欲。
そして、その中心にある、食。
この街なら、メスートの情報も、そしてまだ見ぬ味も、必ず手に入る。
「さて」
私は一歩、競りの熱の中へ足を踏み入れた。
「真面目に探すか。目の保養も兼ねてな」
「……俺もそうしよう」
ランは”私を見て”言って、わずかに口元を緩めた。
競り台の上で、鐘が鳴る。
「では次。深紅樹の蜜果、丸ごと一房。開始は金貨五十枚から」
一瞬の静寂。
次の瞬間、札が一斉に上がる。
「六十」
「七十五」
「百」
数字が跳ねるたび、会場の熱が上がっていく。
蜜果は照明を受けて艶やかに輝き、甘い香りを漂わせているが、その向こうで飛び交う金額は、もはや味とは別の次元だ。
私は腕を組み、静かに眺めていた。
百五十。
二百。
最終的に、落札は三百二十。
「……ふむ」
確かにおいしいのだろう。
だが、この値段で食べる一口は、果たして腹を満たすだろうか。
次は氷銀魚。
その次は古代麦。
どれも同じだ。競りが進むたび、数字は跳ね、歓声が上がる。
私の中の温度は、逆に少しずつ下がっていった。
「やっぱりな」
思わず小さく呟く。
「安くて、おいしい。それで腹いっぱいになる。結局、それが一番だ」
隣で聞いていたラキムが、少し驚いた顔をする。
「意外ですね。ムチーノ殿はこういう場がお好きかと」
「見るのは好きだ。食べるのは、別だ」
私は競り台から視線を外し、人を見る。
欲に浮かされた目、金額に酔った声。
それらは食事の前に抱く高揚とは、どこか違っていた。
そのとき、ランが低い声で言った。
「俺も競売自体には興味がねえ。ただ、流れを見に来ただけだ」
「流れ?」
「ああ。俺が仕留めた獣の肉がな、ここに回ってくるかもしれないって話を聞いた。あれは危険な成分が入っている。調理ができる料理人も一握りだ。本来は決まったルートで取引される」
私は視線を戻す。
「地下競売か」
「そうだ。表に出せない品は、たいてい下に流れる。だが、こういう場に一度だけ顔を出すこともある」
ランの目は、競り台の奥を静かに追っている。
獲物は絶対に逃さない、狩りの目だ。
「自分で取った食材に責任を持っているのか。感心だ」
「放っておける性分じゃなくてな」
短く笑うランに、私は小さく頷いた。
「分かる。食べ物は、あるべきところへ、真っ直ぐ行くべきだ」
ちょうどそのとき、競り台に新しい品が運び込まれる。
風が斬ったような、綺麗な断面。
ランの視線が、わずかに鋭くなった。
会場の喧騒の中、私は一歩、ランの横へ寄る。
「どうする?」
「ムチーノ、あんたを巻き込むわけにはいかねえ」
「いや、私も地下競売に用がある」
「訳ありってところか」
「あとで話そう。表と裏は繋がっているようだ」
「そうだな……まずは、その飴を食べきってくれ」
ラキムに言われ、私は舐めていた飴をかじった。
ぼりぼりと、ほとんど砂糖の塊を噛んでいるような感触だ。
歯に申し訳ない。
急いで飴を片付け、会場の隅にある扉から通路へ出る。
どこかに、地下へと続く道があるはずだ。
「眠い……」
「今ですか!?」
私の呟きに、ラキムが思わず声を上げた。
自分でも分かっている。
場違いな感想だ。
ただ、砂糖ってすごいなと再確認した。
「安心しろ。寝るわけじゃない」
石壁は古く、足音がやけに響く。
この先に、表には出てこない取引の場がある。
地下競売、そしておそらくは、メイス使いメスートの影も。
私は一度だけ深く息を吸い、歩き出した。
次に口にするのは、甘美な食物か。
それとも、厄介な真実か。
答えは、地下にある。




