第21話 祝杯。(最終話)
挨拶を交わす人が多すぎて、身動きが付かない。
陛下のご厚意もあるので、無下にもできないし。にこやかに挨拶を交わす。
ようやく切り抜けたら、ご令嬢方に囲まれてダンスに誘われる。
父親に背中を思いっきり押されているご令嬢もいる。
鼻が利く人間には、僕はヘンドリック陛下の匂いがするのだろう。ここぞとばかりに突進されて、お目当てを見失ってしまった。
伯母さまのデザインしたブルーのドレスを着た、チビ。
さっきは壁際につまらなそうに佇んでいた。
どこに行った?また、窓から逃げても、僕は捕まえに行くけどね。
「ごめんなさい、レディ。僕は心に決めた女性がいるので。」
そう言って微笑みながら、人波を切り抜ける。
人気のないバルコニーで、手すりにもたれかかりながらシャンパンを飲む、ブルーのドレスのチビを見つけた。まだいたか。良かった。
「リック様の所有のブルワリーならまだしも、知らない方の物になったところでラースは働けるのかしら?元々の新聞記者に専念するのかしら?」
おい。独り言、デカいぞ。
「新聞記者、か…。チッ、だましやがって。まあ、まんまとだまされたのは私だけど。何が…恋人になる?だ。伯母さまのデザインでドレスを作る?だ。」
シャンパンを一気飲みしている。
「うーん、違うな…ビール飲みたいな。がぶがぶ飲みたい。こんなところのこじゃれたオードブルじゃなくて、焼き立てソーセージを丸かじりしたい気分だ。」
ふふっ。そうだな。
「あーあ、自分では自由になった気で、実際は籠の中に保護、されてたのか…真実なんて実際に見てみたらたいしたことないな。それでも、楽しかったな…。」
空になったグラス越しに、暮れていく夕日を覗いている?
「あ、ラースに借りたお金を返してないな。陛下に預けておけばいいか。」
そうだね。借りた金と恩は返すんだろう?
「今日の戴冠式の報道者リストには、ラースの名前もライナーの名前もなかったな。フルールに帰ったのかな?…ま、いいか。」
いいのか?
「さて、第一王子との婚約破棄で、かなりの金額を慰謝料でもらえるみたいだし、それで領地に帰ってブルワリーを造るか!」
おい…そうきたか。
「レディ・フィーネ?」
「え?どなた様?」
逆光になってよく見えないのか、こんなところで声を掛けられるはずがないと思っているのか…振り返ったフィンは心底迷惑そうな声だ。眉間にしわが寄っている。
「僕と結婚してほしい。」
「無理です。」
秒だな。
「え?」
「どなた様かは存じませんが、私、もう乙女じゃないんで。他をあたって下さい。」
「……」
一瞬で世界がひっくり返るかと思った。僕の脳内の情報を整理する。ああ。そういうこと?
「フィン、お前とサムエル領の小麦畑の中に立ちたい。ホップ摘みも忙しくなる。今度は黄金色の海に沈む町を見にいこう。俺と結婚したら、今なら、美味しいブルワリー付きだぞ?」
「え?」
「目をつぶって、フィン。」
「え?ラース?何その格好?何で銀髪?」
そこ?
「目をつぶれ、フィン。」
「ん。」
お前…チョコレートが入ると思ってるだろう?
間抜け顔のフィンに口づけを落とす。
「ち、ちょっと待って?ひょっとして、あなたはラルフ・サムエル侯爵???え?」
「うふふっ。」
「でも、あなたの最愛の人って、アデリナさん、ていう人なんでしょう?胸の大きな人なんでしょう??」
「あ?アデリナは母の名前だ。ちなみに今はフルールの伯母のところにいる。胸は…フィンの胸だってちゃんと飯を食ったら大きくなるよ?俺も協力するし。うん。」
「あ?え?」
「返事は?」
「ラース!あなたがどんなに嘘つきでも、一緒にいたいの。」
「…いや、それはお前の主観でしょ?言えないことが多かっただけで嘘は言ってない。」
灯りのともりだしたホールに、フィーネの肩を抱いて入っていく。
「とりあえず、僕たちの婚約を祝して乾杯する?ビールの時期に結婚式をしよう。」
「そうね。でもあと2か月しかないわよ?」
「十分すぎるし、長すぎるでしょ?」
俺としては、すぐでもいい。まだいろいろと手続きが残っているから仕方ないけど。
「明日の新聞に私たちのことも載るかしら?」
「一面、陛下とアンジェリーヌ様だから、安心しな。」
本編 完です。番外編に続きます。




