第20話 戴冠式。
ヘンドリック殿下の戴冠式は各国の来賓や国内外の貴族に祝福されて、盛大に執り行われた。
その来賓の中にはフルール国からの国王陛下と第一王女殿下、アンジェリーヌ様もいらして、王城のバルコニーからの国民への挨拶には、新国王となられたヘンドリック様に肩を抱かれてアンジェリーヌ様も並ばれた。
喝采の中、微笑みながら手を振るお二人。この国の再生の瞬間だわね。
私は進行表を確認しながら、明るい日に照らされたまぶしいお二人を見上げる。
ここまで…来賓への招待状の作成や発送、出席者の確認、宿泊先の確保、舞踏会の準備…目が回るほどの忙しさだった。
「今夜の舞踏会にはフィンも着飾っておいでよ?」
ヘンドリック陛下に念押しされて、マルガレータ様の離宮で着付けしていただいた。
フルールのデザインの青いドレスだ。
いつか見た湖の色だ。一緒に見たラースの瞳の色と同じ。
父にエスコートしてもらって、会場に入る。
王城の大ホールはいつになく華やか。
アンジェリーヌ様をエスコートして現れたヘンドリック陛下の一通りのご挨拶が終わる。
「今回、恩赦も特赦もしない。替わりに、かつての勢力によって不当に身分をはく奪されたサムエル侯爵家を復興させ、その嫡男に侯爵位を返すことをここに宣言する。」
おお!と歓声と拍手が起こる。
奥から現れた銀髪の男が陛下の前で跪く。
「ラルフ・サムエル、長い間申し訳なかった。」
「ありがたきお言葉。謹んでお受けいたします。」
嫡男殿ね。平民に下って行方知れず、と聞いていたけれど…ヘンリック様の情報の多さには毎度びっくりするわね。あの方が…領主になって、ブルワリーも管理することになるってわけね…。
歓声と拍手は鳴りやまない。
「ブリア国の新しい時代に!」
乾杯から始まって…陛下とアンジェリーヌ様がファーストダンスを踊る。
その後は、父と母が踊るのをぼんやりと見ていた。
周りの人より頭一つ分くらい背の高い銀髪のサムエル侯爵が、来賓にもみくちゃにされているのを遠くに見る。忙しそうね。きっと、これからますます忙しいわね。
直接頼みに行って、雇ってもらおうかしら?でも、侯爵令嬢をホール係に使う人はなかなかいないかもね。ましてや、農作業なんて…。
回ってきた給仕係にシャンパンをもらって、バルコニーに出る。
夕方だけどまだまだ明るい。早い時間だから誰もいない。みんな踊ってるし。
事務方は体制を整えたし、執行部も逸材を揃えた。義理は果たしたかな。
リック様の所有のブルワリーならまだしも、知らない方の物になったところでラースは働けるのかしら?元々の新聞記者に専念するのかしら?
新聞記者、か…。
チッ、だましやがって。
まあ、まんまとだまされたのは私だけど。
何が…恋人になる?だ。
伯母さまのデザインでドレスを作る?だ。
シャンパンを一気飲みする。
違うな…ビール飲みたいな。がぶがぶ飲みたい。
こんなところのこじゃれたオードブルじゃなくて、焼き立てソーセージを丸かじりしたい気分だ。
自分では自由になった気で、実際は籠の中に保護、されてたのか…真実なんて実際に見てみたらたいしたことない。
それでも、楽しかったな…。
あ、ラースに借りたお金を返してないな。陛下に預けておけばいいか。
今日の戴冠式の報道者リストには、ラースの名前もライナーの名前もなかった。フルールに帰ったのかな?
…ま、いいか。
さて、
第一王子との婚約破棄で、かなりの金額を慰謝料でもらえるようなので、それで領地に帰ってブルワリーを造るか!




