第19話 お忍び。
侍女に着替えを促されて、出された服に着替える。
これは?
どう見ても庶民の格好なんだけど?
シャツにスラックス。腰まで隠れる夏用のジャケット。仕上げに髪をしまって帽子を目深にかぶらせられる。
「お支度できた?フィン。」
これまた、いつか大衆食堂で見たリックさんが部屋を訪ねてきた。
「久しぶりに飲みに行こうよ!」
「え?まずくないですか?これからヘンリック様は戴冠式を控えていらっしゃるんですよ?」
そう。先日の貴族会議でヘンリック様の戴冠式をこの7月に、結婚式を来年の10月に行うことを宣したばかり。
戴冠式を終えたら、フルール国に行ってきちんと結婚の許しを頂いてくるのでは?と、いうか…プロポーズは?発表してしまって大丈夫なんですか?順番が逆ではありませんか?
「いいのいいの。アンジェリーヌは僕のことが好きだから。」
いや…そう言う問題でしょうか?
「ちゃんと僕好みに育ててあるから。問題ない。」
まあ…ヘンリック様が12歳でフルール王室にお世話になった時、お相手のアンジェリーヌ王女は5歳…。育てるって???
「護衛もたくさんいるし、心配しないで。たまに羽を伸ばさないとね。」
ひょっとして…励ましてくださっていますか?
出かけた先の居酒屋は、かつて王城で働いていた料理人の店らしく、貸し切りになっていた。
「まず、ワインでいい?」
「いいえ。私、ワインは飲まないと決めていますので。」
「え?そう?ラースに、君はお酒が好きで、なんでも飲むって聞いたんだけど?」
「……」
リック様が白ワインと、私用にレモネードを注文してくれた。あと、いくつかつまみになる料理。
「それにねえ、よく食べて、良く笑う子だって報告を受けてたから、うちの母がたくさんお菓子とか用意してお茶会したのに、何も食べないんだもの。」
「……申し訳ございません。」
「ここ3か月一緒にいるけど、笑ったところ見たことないし。ラースの調査力、落ちたのかな?」
「……」
思わず、レモネードのグラスを握りしめる。
首をかしげてヘンリック様が私の顔を伺っている。
「ああ、ラースが新聞記者だったから、怒ってる?」
「……」
「フィンは新聞記者、嫌いなんでしょう?」
ふう。なんでもかんでも筒抜けなんですね。
「……」
「まあ、君を見つけたのは本当に偶然なんだけど、ラースが保護してくれてよかったよ。君は期待以上の仕事っぷりだった。何かお礼がしたいんだけど?」
「…では…帰していただいてよろしいでしょうか?リック様のブルワリーに。」
「あー、それは難しいかな。今は。もう少し待てない?」
「…ラースは…貴方の従者ではなかったんですか?」
「うん。あいつは平民だし。」
「……」
真実は一つじゃない…見方や置かれた状況で変わってしまう。わかってたのにな。気が付かなかったらそのままいれた。そのままの気持ち、だった。
私の貴族籍を急いで戻したのだって、王城勤務ができないから。ってことですかね。
「一緒に働いてた人と、ホップ摘みに行く約束をしたんです。」
「だんだん始まっちゃうね。そうか。」
「麦畑も黄金色になるらしいです。」
「そうだね。見事なもんだよ。僕が管理して10年だけど、なかなかいい土地だね。フルールも近いしね。僕も気に入っている。」
リック様がワインを飲みながら、遠くを見る。
「僕が国王になったら、さすがに今まで通りにあの土地を管理するわけにはいかなくなるだろう?次に任せる奴に全権委任するつもりなんだ。」
「…そうですね。」
「それからでもよくないかい?お前さんがあそこに戻るかどうか決めるのは。」
「……」




