第13話 ピクニック。
ラースが久しぶりに帰ってきた。
王都に出かけてなかなか帰ってこなかった。珍しい。王都は何時も長居しないのに。
ラースに向かって黙って目をつむると、お土産はキャンディだった。ブドウ味のキャンディを口の中でコロコロ転がす。
いつの間にかもう随分と暖かくなった。山の中腹にある湖までハイキングに行こうと誘われたので、お昼ご飯を作ってもらって、二人で出かける。
息を切らせて、山道を1時間ほど歩く。途中からラースが手を引いてくれた。
急に景色が開け、思っていたより大きな湖が広がっていて、びっくりする。山がまだ残雪で白いので、湖の青さが際立って見える。観光案内には書いてあるから知っていたけど、現地はやはり見てみないとわからないもんだわ!!
「きれいねえ!ねえ、ラース!」
ラースを振り返って見る。持ってきたランチバスケットを置いて、眩しそうに湖を見ているラースの黒髪が風に吹かれている。
「新聞、読んだか?」
「え?ああ、第一王子が子爵位に下ったって、あれ?」
「ああ。」
「子供ができたんだもの、子供のために頑張んなくちゃね。アルマさんちの子爵領はあまり条件のいい領地とは言えないけど、持参金もたんまり持って婿入りするだろうからね。」
「…お前、未練とか、無いの?」
「私に聞いてる?あったら、逃げ出していないわよ。」
湖からの心地良い風に吹かれながら、ラースの問いかけに答える。この人は、時々、私の質問をスルーする。慣れたけど。
「まあ、それもそうだな。」
「これを機に、第二王子サイドは現体制を綺麗にしなくちゃね。第一王子派の貴族や王妃陛下は暴れたんだろうけど、良く陛下は抑え切ったね?」
「そう…。明日の新聞を楽しみにしてろよ?」
「??」
湖の近くの木陰で持ってきたお昼を食べる。
カツレツサンドは大きくて口が裂けそうだったけど、頑張って食べた。美味しかった。もぐもぐ食べていると、いつものようにラースが呆れた顔で私を見ている。
登ってきた道の向こうに、私たちのブルワリーの赤い屋根が見える。
小さな町は、その周りに広がる麦畑の、伸び始めた麦の緑に浮かんでいるようにも見える。うまく言えないが…生きている感じがする。
「夏には麦畑は金色になるぞ。」
ラースが私と同じ景色を見ている。
王城では、季節も、風さえも感じたことがなかった気がする。
青空に手を伸ばせるだけ伸ばして、うーん、と伸びをする。
ラースの横顔が、ほんの少し寂しそうに見えたのは、気のせいだろう。
その日のうちに、ラースはまた王都に向かった。しばらくは帰れないらしい。
「何かあったら、テオの言うことを聞くんだぞ?」
この人は…お兄ちゃんみたいになってきたわね?
てっきり、ラースと一緒に晩御飯を食べるのだと思い込んでいたので、ちょっとつまらない。
従業員用の食堂で一人で晩御飯を食べていたら、ホール係のお姉さんにからかわれた。
「あらまあ?一人?捨てられちゃったんじゃないの?うふふっ。冗談よ!」
つまんない冗談て本当にあるんだ。と、感心した。このお姉さんは面倒見がいい人だけど、時々、悪気はないんだろうけど、心にささくれが出来そうなことをさらっと言う。王城にはこの手の人はたくさんいたから、かわいいもんなんだけどね…。
そうそう、この前もブルワリーの看板を二人で掃除していて…
「アデリナ、ってかわいい名前ですよネ?」
と私が聞いたら、脚立に上って看板を拭いていたこの胸のデカいお姉さんが、
「アデリナ、って、ラース様の大事な人の名前みたいよ~。私も詳しくは知らないんだけどね?銀髪美人らしいのよ。今度、本人に聞いてみたら?」
「へえ、そうなんですね。」
わざわざ看板の下の草をむしっていた私を見下ろして、ニヤニヤしている。
からかっているんだろうな。うん。
「わざわざ名前を付けるぐらいなんだから、忘れられない女なのかもねえ。ラース様、いい男だし。ブリアにもフルールにも女がいるらしいわよ~。くふふっ。だからあんなに行ったり来たりするんじゃないかって、皆言ってるわ。」
「……へえ。そうなんですね。」
皆言ってる、ってのは、一番あてにならない情報だ。発信源がわからないんだもの。見たわけでも、本人に聞いたわけでもないんでしょ?ブチブチッと草をむしる。
いや…ラースだっていい年の青年なんだもの、恋人の一人や二人…いてもおかしくはない。か?
変なことまで思い出して、ますますつまらなくなってきたので、早々に寝てしまった。




