第10話 アデリナ・ビール醸造所。
【アデリナ・ビール醸造所】
という、割と新しめの看板を過ぎると、右手にブルワリー、左手に直営のビアホール。結構広い庭があって、椅子とテーブルが出ている。お天気が良ければここで飲み食いできるのね。
きょろきょろしながら、ラースの後を付いて行く。夕方だが、開店の少し前の時間、と言ったところか。店員さんがテーブルを拭いたり、メニューをそろえたり、グラスを磨いたりしている。
「ああ。ラース様、お早いお帰りで。」
支配人ぽい年配の人が、ラースを見かけて走り寄ってくる。
「ああ。リックはまだかかる。しばらく滞在するからよろしくね。この子は俺の知り合いで、フィン。ここで仕事してもらうから。」
「おや!ラース様!やっと落ち着く気になられましたか?」
「は?違うから。俺の好みは胸のデカい子だから。テオ…この子に合わせて制服を用意しておいて。どの部署で使ってもいいから。それから…部屋は、従業員用の部屋空いてる?」
「用意しておきます。しばらく時間を頂きます。お食事を先にどうですか?」
「ああ。」
テオ、と呼ばれた支配人ぽい人は、二人の荷物を預かって、私を見てにっこり笑うと、深く一礼して仕事に戻っていった。
「忙しそうね。今日から働いてもいいけど?」
「まあ、先は長いから、今日はとりあえずお客になろう?ブルワリーも少し覗いていく?」
お店の裏に回ると、どこからともなくホップの良いにおいがする。
「ところでさ、あなたって何者?」
「あ?」
ここのビアホールにもフラムクーヘンがあったので、美味しくいただく。サクサクで癖になる。
ビールは黄金色。キレと苦みが絶妙!さっぱり、アッツサリ系のラガー。
こういうビールは私のような食いしん坊にはたまらない。料理を引き立ててくれるから。アデリナ・ビールね…本当に小さな醸造所だけど、いいわね。
「あの、リックって人の従者?あの人がここのオーナーなんでしょ?この土地って、昔は…サムエル侯爵家の領地だったけど、今は国預かりになってるわよネ?確か…いろいろあって。ってことは?」
あれ?確か10年ぐらい前に事件があって、サムエル侯爵領は没落、その後…第二王子が貰ったんだっけ?ん?何か忘れてるわね、私…。
「それよりさ、お前、何でもうまそうに食うけど、もっといいものを食ってきただろう?」
「え?ああ。貴婦人の常識としてね…ウエストは殿方の両手で回せるくらいが理想らしくてね…。ろくに食べれないのよ。ほら…王妃陛下は美容にうるさいからね。油断するとあっという間に太るでしょう?厳しかったわ!だから、何でも好きなだけ食べていい今は本当にうれしい!」
「げっ、まじか。8歳からそんな生活?今、フルール国内では貴婦人の間でもウエストを締め付けない、ドレスのスカートを無理やり広げない、なんていうの?楽そうなドレスが流行ってるんだぜ?」
「あー!読んだことあるわ!この国もそうなっていけばいいけど…美しいの基準が男目線だから、まだ難しいかもね。」
「俺の伯母がフルールでデザイナーをやっていてさ、」
「え?いいなあ!」
「そのうち連れて行ってやるよ。」
「本当?約束ね!」
「ああ。」
窓の外には灯りの入った中庭。だんだん夜は寒いけど、みんなにぎやかに飲んでいるのが見える。




