告解
私は教会で神父をしています。
今でこそ聖職者の身ではありますが、
若い頃には色々と悪さをしたものです。
盗み以外の全ての犯罪に手を染めました。
私の過去についてはさておき、私は今、懺悔室に居ます。
まあ、『懺悔』という言葉は仏教用語なので
正しくは『告解室』と呼ぶべきなのでしょうが、
あまり教会を利用されない方々にとっては前者の方が
日常生活で口にする機会が多いかと思われますので、
ここはあえて『懺悔室』という呼び方をさせていただきます。
さて、今日もまた1人、悩める子羊がやってきたようです。
20歳くらいでしょうか。若い男性です。
この部屋に来るのが初めてなのか、
彼は興味深そうに壁や天井を見回しています。
この部屋はお互いの顔が見えない作りになっているのですが、
私の方はちょっとだけズルをさせてもらっているというか、
まあ、なんというか、隠しカメラを仕掛けているんですね。
なので、こちらからは相手の様子が丸見えというわけです。
「あ、あの、神父様
不愉快になるかもしれませんが、僕は熱心な信徒ではありません
教会へは小さい頃に何度か親に連れてこられただけで、
お祈りの作法などをほとんど知らない素人なんです
それでもこういった場所を利用してもいいのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ
当教会はどなたでも歓迎いたします
実は普段、信徒以外の方々の人生相談に乗ったりもしています
本来、告解は洗礼を受けた者しか行えないとされていますが、
あまり厳格になりすぎると誰も足を運ばなくなりますからね
……それで、あなたのお話を聞かせてください
誰かに打ち明けてしまいたい心のモヤがあるのでしょう?」
「あ、はい
では……と、その前にもう1つだけ確認させてください
ここで話した内容は外へは漏れないんですよね?
その、守秘義務みたいなものがあるんですよね?」
「ええ、仰る通りです
ここで知り得た情報を口外することは
絶対にあり得ませんのでご安心を」
「それは例えば、もし仮にの話ですが、
僕が猟奇的な連続殺人の犯人だと打ち明けたとしても、
警察に通報されたりはしないということでしょうか?」
「ええ、私は通報などしませんよ
ただし、もし仮にあなたが法を犯していた場合、
自首を促すことはあるかもしれませんね」
「そうですか……」
と、若者が安堵のため息を吐きました。
これは……良い兆しです。
いやね、打ち明けた罪が重大であるほど、
相手の心が罪悪感で満たされているほど、
いいお金になるんですよ。
カメラを置いているのはそういう理由です。
若者はしばらく頭の中で言葉を整理した後、
罪の告白を始めました。
「今から10年前、京都の宿泊施設で火災が発生したんです
周囲の建物まで巻き込んで全焼させるほどの被害でした
当時の僕は小学生で、修学旅行中の出来事です
幸い誰も死ななかったのが救いではありますが、
傷が残ったり、火がトラウマになった同級生もいました」
「それはそれは、大変な目に遭われたようですね」
「はい……
警察と消防の調べによりますと
職員の寝タバコが出火の原因と断定されたんですが、
誰かが罰せられたという話は持ち上がらず、
あれだけの規模の大火災であったにも拘らず
ニュースで取り上げられることはありませんでした」
「ほう、それは不思議な話ですね
原因が判明しているのなら、その職員が罰せられるはずです
失火罪が適用された場合、50万円以下の罰金となります
重過失失火罪なら3年以下の禁錮または150万円以下の罰金です」
「神父様、お詳しいんですね
……それで、後で先生から聞いた話によると、
出火元のタバコからは職員のDNAが検出されなかったそうです」
「それも妙な話ですね……
職員の物ではないとすると、放火の線も考えられます
放火は重罪ですよ
現住建造物等放火罪は死刑、無期もしくは5年以上の懲役で、
たとえ未遂であっても罪に問われます」
「そんな、死刑もあるんですね……」
若者は顔をこわばらせて黙り込みました。
これは……そういうことなのでしょうか?
出火の原因を作ったのが実は彼で、
小学生ゆえに捜査対象から外されたおかげで
この10年間、見過ごされて生きてきたとか……。
しばらくして、若者が再び口を開きました。
「それはそれとして、本題に入ります」
おや?
放火犯の話題がメインではないようです。
「火災が起きたのは修学旅行の2日目の夜で、
僕の班は昼間に他の班よりも広範囲を散策したこともあり、
歩き疲れた影響でみんなぐっすりと眠っていたんです
そのせいで状況の把握が遅れて、気づけば煙に囲まれていました」
「絶体絶命ですね
でも死者が出なかったことは先に伝えられたので、
その続きを安心して聞けるというものです」
「はい、僕が誰かに打ち明けたい内容はここからなんですよ」
「ほう?
是非お話しください
それを聞くのが私の役目なので」
すると若者は目を輝かせたではありませんか。
どういうことでしょう?
これから罪の告白をする人間の顔とは思えません。
「そんな絶体絶命の状況で、ヒーローが現れたんです
と言ってもピチピチの全身タイツを着たマッチョマンではなく、
隣の部屋に泊まっていた浴衣姿のサラリーマンですけどね」
「ほほう、ヒーローですか
彼がどんな格好をしていたにせよ、
火災現場から子供たちを救出したというのなら、
それは間違いなくヒーローと言えるでしょうな」
なんだ、つまらん。
この若者は暇潰しに思い出話をしに来ただけのようだ。
もし彼が火災の原因を作った犯人だと名乗り出ていれば、
その自供映像をネタに口止め料をゆすれたのに。
「それで、そのサラリーマンは混乱する僕たちに向かって、
『濡らしたハンケチーフで口を塞ぐんだ!』と指示したんです
僕たちは一瞬、『ん、ハンケチーフ?』となりましたが、
すぐにハンカチのことを言っているのだと理解して従いました
それから全員で床を這うように移動して建物を脱出し、
おかげさまで誰一人として犠牲にならずに済んだんです」
「火災で最も恐ろしいのは煙ですからね
正しい判断ができる大人が隣の部屋にいて、
あなたたちは幸運だったと言えるでしょう」
「はい、彼への感謝を忘れた日はありません
……それで、今の内容を中学や高校の同級生に話してみたところ、
『お前のせいでポケットからハンカチを取り出す度に、
ハンケチーフという単語が頭に浮かぶようになった』
と、みんなして同じ苦情を言ってくるんですよ
“ハンカチ”や“ハンケチ”は“ハンケチーフ”の略称なのに、
なぜか“ハンケチーフ”はおかしな呼び方扱いされるんです
なので大学では“ハンケチーフ”を言わないようにしてたんですが、
そろそろ我慢できなくなって、僕はここへ来たというわけです」
「なるほど、そうでしたか……
たしかに“ハンケチーフ”は正しい名称ではありますが、
一般的には“ハンカチ”と呼ぶ人が多いでしょうね
別のものに当てはめて考えてごらんなさい
“コンビニ”や“スマホ”を、“コンビニエンスストア”や
“スマートフォン”と呼ぶ人は少ないでしょう
略称の方が広まってしまうと正式名称に違和感を覚えてしまう……
言葉の問題とは、なんとも難しいものです」
「ですよね」
その後、若者はスッキリした顔で教会から出ていきました。
まったく、時間の無駄でした。
放火ほどの重罪ではなくとも小さな罪を2〜3個ほど期待したのですが、
彼は自転車の二人乗りさえしたことがない品行方正な青年でした。
これではお金になりません。
それはさておき、彼の話を聞いて思い出したことがあります。
10年前、京都、修学旅行、夜の火災……。
私はその現場に居たのかもしれません。
昼間の街中には小学生の集団がわらわらと歩き回っており、
ある事情で人目を避けたかった私は夜中に出歩いていました。
その時、吸い終わったタバコをどうしようかと周囲を見渡すと、
たまたま窓の開いている建物があったので、そこへ投げ込んだような……。
まさかとは思いますが、それが原因で……。
私は冷や汗を拭おうとポケットからハンケチーフを取り出し、
あの若者の罪深さを思い知ったのです。