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第95話「闇の狭間にて」

この世界のどこにも、霧が永久に蔓延している場所は存在しない。

いつかは陽が霧を胡散させて、眩しい地平線が海の下から姿を現すのだが、“此処に限ってはそうではない”


「フンッ!」


大木の如き健脚を、邪悪で歪な存在に叩き込んでいる一人の男の姿があった。

その見事な一撃は、怪物の肉体を崩壊させるには充分すぎるものであった。


人の形を成した怪物は、呻き声をあげながらその肉体を燃え崩れる城のように溶解していった。


「……ふん、虫のように湧いてくるてめえらを出さないってのもなかなか骨の折れる作業だ」


黒い男たちが、孤独な戦士を取り囲んでいく。ナイアーラトテップの細胞片から

作り出された人ならざる異形、救援の望めない戦場は、まさに四面楚歌と言ってもいい。


「どうやら細胞を隅々までぶち壊さない限り、この掃除は終わらんらしい。

ならとっとと本命のところへ行かせてもらおうか!」


全身に淡く光る純白の輝きを以って

黒い男達は消し炭となった。

男は電子媒体から水分を補給しつつ先へ進もうと足を運びかけたがそこへひとつの影が立ちはだかった。


「———人間か、迷い子にしちゃあ

随分な殺気だが、本気じゃないな」


黒い軽装、大胆に開かれた胸元。

生気の宿らない白い肌。

人の身には有り余るほどの死神が扱うような漆黒の大鎌を携えた少女は無表情のまま男性に近寄ってくる。


「よぉ……お前人間だろ、外なら俺の後ろだ。ここは危ねえからさっさと逃げた方がいいぜ」


少女は顔色ひとつ変えずに、その鎌の先を男に向け、初めて口を開き言葉をこぼした。


「———私は、あなたを殺す為にここへ喚び出された。レオン・ハイウインド」


レオン・ハイウインド

イングラム達四名が永き時間をかけて探し続けている人物である。


「俺の苗字は身内しか知らねえはず。

ははぁ?大方お前の後ろの奴らにでも囁かれでもしたか?」


レオンと呼ばれた戦士は彼女の後ろに見える邪悪な存在を睥睨する。

無数にうねる触手、黒い炎を吹き出すモノ

3メートル弱はある細身の大男。

他にも無数の影が少女の背後で蠢いていた。


「悪いようにはしない。

両手を上げて地面に顔を付けて降伏して。私“たち”は寛大よ」


(切り離せる余地は有り、か)


レオンはすぐに看過した。

ギチギチとしなる装備品、全身を這う蟲達。

少女の瞳に光はなく、ただ自分を見据えているのみだ。ならば、先の言葉も彼女のものではあるまい。レオンはにやりと不敵に笑うと


「悪いな、女には手をあげない主義なんだ」


「なら、殺すしかない」


「そうかよ、じゃあお手並み拝見といくか」


少女はまず、大鎌を薙ぎ払う様に振るう。


「おっ……と。危ねえ」


かなりの速度を出したはずだったが、レオンは容易く腰を屈めてそれを避ける。


(ふん、なるほど。

攻撃を当てる直前だけ、奴らの力を顕現させてやがる。大方あの鎌がそうしてるんだろうが……さぁて)


レオンは繰り出される攻撃を避けつつ

思考し、観察する。少女の容体と、その戦闘技術を。


(女を先に黙らせるか。それとも、後ろの邪神どもを先に撤退させるまで叩きのめすか)


「よそ見!」


「してねえよ!」


即座に少女に視線を変えて、鎌の一撃を

躱し、少女に近づいていく。


「なあおい、お前なんで奴らの配下になんかなってるんだ?気分悪ぃだろそれ」


「黙って———!」


風が僅かに足元から来た。

少女は膝蹴りを目にも留まらぬ速さで繰り出したのである。しかし、レオンはそれを予期していたかの様に、片腕でそれを防いだ。


「お前、足がガクガクしてるぜ。

怖いんだろ?震えてるんだろ?

なら無理することはない。やめちまえ。

そいつらの配下なんか」


レオンは真摯な気持ちを少女にぶつけた。

しかし彼女は怒気を孕ませた表情を浮かべて声を荒げた。


「貴方を食い止めなければ!イングラムが殺されてしまう!」


「———そういうことか」


隙を見つけたとばかり

背後の邪神達がそれぞれレオンに一撃を繰り出していく。少女もろとも巻き込むつもりか迫ってくる一撃に加減がない。


「ちっ、鬱陶しい!破閃撃!」


少女の盾となり、レオンは地面を殴りつけた。出来た亀裂から生まれた光が、邪神の攻撃を弱体化させていく。


「せぇやっ!」


速度の落ちた無数の光弾を、今度は黒き力で弾き返す。悲痛を訴える雄叫びが、狭霧の中に轟く。そして———


「うっ———が……はぁ、はぁ……」


少女は左胸部を押さえて膝を突く。

苦悶の表情を浮かべ、レオンを見上げる。

その瞳には生気が宿っていた。


「おいっ!くそ、奴らお前と傷の共有をしてんのかよ!?なぜ最初に言わなかった!?」


「……私は、あいつらと同化してあなたを倒す約定を結んだ。

イングラムに取り込まないことを条件に———」


「汚ねえ手を使いやがるぜ」


背後の邪神達は嗤っている。

人質を取っている犯人の様な殴りたい面をしている。


「私は、私は本当はあなたを殺したくはない———!だから、お願い、私の攻撃を……絶対に受けちゃダメ!

受けてしまったら、身体を邪悪が這うことになる!」


「———あぁ、わかった。

絶対に避けてやる。あいつらの攻撃もついでにな!だから、強く意思を持て!イングラムはあんな奴らに負けはしない!」


「———ガァァァ!」


瞳は虚ろとなり殺意が籠る。

紅い波動が大鎌を伝い、レオンに振りかかる。それをかろうじて避けて、後方へ跳躍して距離を置く。


「ったく、これじゃあ奴らを倒しに先に進めねえ……!奴らが俺を無視して俺の後ろへ進んだら世界がまた奴らに蹂躙されちまう。

だがかと言って、この子を傷つけるわけにも、奴らを攻撃するわけにもいかない。

やれやれ、まさに詰み寸前、王手寸前か」


レオンは四方からの攻撃を躱し続けながら思考を繰り返す。


(どうすれば奴らとこの子の感覚のリンクを切断できる?俺の聖光をフルに使えば可能性はある。奴らの束縛からこの子を救い出せる。

しかし、クトゥルフを仕留めるための一撃にするには到底不可能だ。

クソが、世の中ってのはいつもいつも俺に面倒ごとばかり押し付けやがる!)


「死ねぇ!レオン!」


「ちぃっ!今言ったばっかだろ!

気をしっかり持て!」


少女の一撃を躱して、踵落としを繰り出し

手に持っていた鎌を叩き落とす。

それと同時進行でレオンは片眼で邪神達の動向を探っている。自分が後ろへ下がれば下がるほど、やつらはこっちへ前進してくる。


それだけは避けなければならない。

こちらから前進しなくては、奴らは止まらない!


「ちっ!仕方ねえ!

全身全霊をかけてテメェらまとめて封印してやるよ!」


後方へ3度バク転し、レオンは

神経を全身に集中して瞳を閉じた。


「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


全身から溢れ出る白銀の閃光

この情景全てを包み込むほどの膨大な質量

己の身を削って全てを解放する。


「さて、俺が持つかお前らが勝つか!

耐久レースといこうか!」


今いるこの世界、黒一色の歪な世界に

希望の光が溢れて、邪悪と少女と、

そして己自身を包み込んでいく。

少女は意識を失って、倒れ込んだ。

後ろの邪神達も、たじろいで後退していく。


「……流石にキツい、が、ここで諦めたら世界が終わる。俺ひとつの命でイングラムたちの過ごせるこの世界を護れるなら喜んで差し出してやろうじゃねえか。」


力を全解放したレオンの身体中から

吹き出す鮮血は、地面を伝い滴り落ちる。

彼の足元には血溜まりが出来つつあったのだった。


「ふふふふふ、あはははははは!」


孤独だった世界でひとつの男の声が聞こえてきた。レオンにとっては実に聞き覚えのある声だった。それも、ひとつやふたつではない。


「あぁ……?誰だ?やかましいな」


気を確かに持っているレオンは

その声のする方向に現れる4つの影を見た。


「よぉ、久しぶりぃレオンちゃん」


「やっほぉ、英雄気取ってるねぇ?

バッカみたい」


筋肉質でスキンヘッドの男と、小柄で小悪魔の様な少女が声をかけてきた。

そして———


「ぶっはぁ!なんだよそのザマは!?

魔帝都最強なんて謳われてた男がこれかよ!?笑えるぜぇぇ!」


「あー、うるっさいうるっさい。

さっさと殺しちゃおうよ〜、こいつ目に入れたくないし」


上半身はまるで野獣、人の身には有り余る体躯の持ち主と、顔面が切傷で覆われた

少女が続いてやってくる。


「ふん、俺の顔を見たくねえ連中が揃い揃ってなんの用だ?」


「うるっせえよ馬鹿、てめえの声聞くだけで耳がキーンてなるんだよ!」


一撃が腹部に見舞われる。

力を放出した直後の彼にはキツいものだったらしい、膝をついて肺の中の酸素を全て吐き出してしまった。

魔力を全て出した後の反動がやってきた。

今は身体を動かすことがままならない。

頭の中で必死に動けと命令しているのに


「そのくらいにしておけ、俺がいたぶる

面積が減るだろう。下がれ」


「———てめぇ……」


ニ人の少女がレオンの頭を踏みつけ、地面に擦り付けるとぐりぐりと踵で弄ぶ。


「そこの女助けたかったら大人しくしてろよクズ野郎」


「この野郎———!

何年も姿を見せねえと思えば……!」


レオンの隻眼に殺意と怒気が孕んでいく。

その先に見据える男こそ、彼に最も近しい存在だった。


「ククク、久しぶりだな愚弟。

英雄気取りは楽しいか?んん?

世界中がお前を英雄と褒めそやすと、そう思っているのか?後輩どもが助けに来るとでも思っているのか?実に、滑稽だ!クハハハ!」


「ライルか、フン、別に称賛なぞいらねぇよ。見ず知らずの連中からの拍手喝采なんざ、欲しけりゃくれてやるよ」


ライルと呼ばれた兄は、レオンに目線を合わせて腰を下ろす。そして、にやりと嗤い


「まあいい、レオン。

さぁ、お前に預けた俺の光のマナを返してくれ」


「光のマナ、ねぇ?

生憎と、これはお前らの後ろにいる邪神どもにたっぷりプレゼントしてやるところなんだ。わかったらとっとと失せろ」


「ふん、餓鬼が、これだからお前は大嫌いだ。少しは大人になったかと思ったが、とんだ期待外れだったなぁ?」


兄の表情は冷徹なものへと変貌した。

歪んだ憎悪が顔の形を変えてしまっている。


「お前ら、その足をどけろ。

こいつは俺が殺してやる」


ニ人の少女は足を退け、ライルは地に伏せたレオンの髪を引っ張り上げて無理やり

顔を覗き込む。


「お前を殺してお前の闇のマナも俺が全て貰ってやる。ハハッ!お前の後輩達も殺してやるよ」


「はっ、お前に殺されてやるほど後輩達は優しくねえぞ。甘ったれんなクソ野郎共」


歪んだ笑みから一変、無機質な表情へと切り替わるヴァイス、彼は左手でレオンの頭部へ触れるとおどろおどろしいマナを解放し始めた。


「やれやれ〜!躊躇いなく殺しちゃえ〜!」


「早く片付けちゃってよね〜」


片や歓喜、片や短気


「あ、俺らも殴らせてくんね?」


「ふんっ、ふんっ!」


片や暴威持つ獣、片やその身を自慢するだけの男。そしてそれを取りまとめる巨悪こそが、ライル・ハイウインドなのである。


「ふん、俺が死んだところでお前達は必ず報復を受ける。今のうちにお祈りでもしておくんだな。ま、信仰心のかけらもないテメェらを、神が救うとは思えんが」


死の淵に立たされているというのに

レオンは口角を上げて笑っていた。

いつかどこかで、後輩たちがこのクズどもと邂逅する

ことがあるのならば、その時は仇を取ってもらう。彼は諦めが悪いらしい。


「いや、死なせはせん」


ライルは後方から聞こえてくる声に身体の関節を外し、反り返りながら振り返った。


「おいおい誰だ?出入り口の穴は封じ込めたはずだぜ?」


「ここは貴様らのような悪戯っ子が来るようなところじゃない。レオンとライル以外の餓鬼はここから立ち去れ」


全身を鎖で覆っているウルフカットの青年が確かな歩みでやってきた。

紅い瞳と蒼い瞳はこの暗闇と中で凛と輝いている、


「はぁ?何オッサン、邪魔しにきたの?」


「ふん、その口調もいつまで持つか見ものだな。餓鬼」


男は素早くライルへ飛び蹴りを放つと、

レオンと少女を抱えて後方へ跳躍した。


「この気配、北欧の神か!」


レオンは男を見上げて、その神を見上げる。男は顔を向けぬまま答えた。


「俺は、北欧の神の一人、フェンリル。

レオン・ハイウインド。手を貸してやる」

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