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第93話「イベント・デイ」

「はい!私事ですがこのエレノア!大のイベント好きなのです」


「それはどんなイベントなんですか?」


エレノアはお盆に極太ペンで可愛らしい絵を描いた。そこには沢山の人が集まっていて、ダンスをしている人らしき人達を眺めている構図だった。


「簡単に言うと、たくさんの乗り物が

ライトアップされたパレード!

そして、美男美女が集う闇夜の舞踏会!

この二種目が開催されるんですよ!」


「たった二つですか?」


「侮る事なかれ!毎年開かれるこの大会には毎回趣旨の異なる演出とダンスを披露してくれるんですよ!

飽きの来ることはありません!

長時間がまるであっという間に過ぎてしまうほどの感動もの……はぁ、楽しみ」


「わぁい!見たい見たい!」


「パレードならリルルちゃんのような子達も大勢来ますからきっと楽しめますよ!」


ニコニコ笑いながら頭を撫でるエレノア。

彼女は心の底からイベントを楽しみにしているようだ。


「でも、舞踏会はちょっと刺激が強いかなぁ?と思うのです」


「と言うと?」


小さくため息をついてから、手招きする。

すると、彼女は囁くような声でその理由を教えてくれた。


「実は衣装とか色々とアダルトチックで

ダンスの内容も、異性同士が手を繋いで、

相性良ければそのまま————

というちょっと子供には到底聞かせられない物なんですよ。はわわ……」


「ふーむ、ならパレードだけ見せて寝てもらうしかありませんね」


「はい、パレードは舞踏会の約1時間後に

開催される予定になっています。

去年も一昨年もそうでしたから」


「じゃあ、舞踏会終わりに起きてもらうとしましょう」


エレノアはこくりと頷いて

二人でリルルの方へ振り向いた。


「リルルちゃん、パレードは夜の1番最後に始まるってパンフレットにも書いてあるの。ほら、ここ見てみて?」


「文字読めない〜」


そうだった、リルルは公式の教育を受けたことがなかったのだった。お金も時間も、当時からなかったのかもしれない。

盲点だった。


「じゃあね……これは数字って言うんだけど、この読み方は———」


エレノアはリルルに熱心に教え始めた。

両者夢中になっているその隙に、イングラムは大佐服を電子媒体にしまい込み、いつもの騎士の装いに着替えた。


(落ち着くなぁこれ……)


ほんの少し着ていなかっただけで

体が違和感を覚えるほどだった。

自分が思っていた以上に、この衣装は

着慣れているのかもしれない。


「う、うーん……待ってルーク……

私はまだ負けてないぃ〜」


イングラムは無表情でレベッカに近づいて

肩をトントンと優しく叩いて起こしてやる。


「おはようございます。

突然気を失ったものだから驚きましたよ」


「イングラム……さん?

あれ?私一体」


先程自分が気絶させたとは思っていないようだった。リルルもダンボール方面ばかりを注視していたから、事実目撃者はいないことになる。クレイラ以外には———


「あ———!

お連れさん、目を覚ましたみたいですね!」


エレノアの耳がピンと立って

二人の会話を拾ったらしい、笑顔と八重歯を見せて彼女は立ち上がると、レベッカの元へそそくさと早足で駆け寄ってきた。


「こんにちは、私ここのバイトをさせてもらってるエレノアって者です。見ての通り亜人族ですが……あ、何かお飲み物とか入りますか?紅茶とかお水とか、生姜湯とかオレンジジュースとか……」


「え?あ、あぁ、よろしくお願いします。

じゃあ、メロンソーダで」


「フロート付けます?」


「え!お願いします!」


「はい!承りました!

お代は結構ですよ、イングラムさんが助けてくれたので、その恩返しです!」


エレノアはお盆を手に持って微笑み、ウィンクをしながら奥へと消えていった。


「騎士様〜、1はなんで1なの〜?」


「真理と確信を突いてくる……なんて恐ろしい子」


「イングラムさん、いつの間にあの人とお近づきに?まさかやり手ですね……?」


「スリが彼女の荷物を奪ったので

取り返したまでですよ」


イングラムは僅かに口角を上げながら

そんなことを言った。

亜人だろうと獣人だろうと、悪人であるなら彼は容赦しないのだろう。

敵にだけは回したくないと思うレベッカなのであった。


「ねぇ騎士様〜!なんで1は1なの〜!?」


「うーむ、インド人なら何かわかったかもしれんが、数字の歴史には疎くてな。

間違ったことは教えられないんだ。

だから、その疑問は取っておくといい。

自分なりの答えを考えておくのも、またいいものだぞ?」


「んー、もやもやするー」


今度時間を見つけたら、リルル専属の教師でも雇おうか。

エレノアさんは教えることが好きそうだし

もし彼女が良ければ専属の教師として雇いたいところだ。


(リルルも懐いているし、悪い話ではないだろうな。だが問題はこの宿だが……)


「あれ?リルルちゃん、お勉強?

見てあげようか?」


「イベントがあるんだってー!

今日の夜やるんだよ!」


(まあそれは後々考えよう。

リルルはパレードに胸躍らせているし)


「ふぅん、舞踏会かぁ。

いいなぁ〜出てみたいなぁ〜!」


レベッカはイベントガイドブックをマジマジと見つめてそんなことを呟く、割と大きな声で


(聞こえないふり聞こえないふり)


棒読みなのも気になるが

もう振り回されるのはたくさんだ。

女性たちに付き合い続けていたらこの身が持たない。イングラムの身体は警鐘を鳴らしていた。危険信号である。


「お待たせしましたフロートメロンソーダです」


ことん、とレベッカの隅に置いて、レベッカは会釈をしてこれを飲む。

爽やかなメロンの風味と、付いているさくらんぼがまた可愛らしい。

フロートのアイスも真っ白でとても綺麗だ。


「美味しい……!私、こんなに美味しいフロートメロンソーダ初めてです!」


「お気に召してもらえたようで嬉しいです!

当宿は人工甘味料や添加物を一切使っていないフルーツのみの甘さと旨味を生かした飲み物が自慢なんです!えへへ」


嬉しそうに頭を掻くエレノア。

気分もいいのか、尻尾をふりふりしている。


「あ、エレノアさん、ここの住民なら

ご存知かもしれないですが、この舞踏会って私も出れますか!?」


キラキラした瞳で、大きく告知されている舞踏会の欄を指差すレベッカ。

それを他所に、イングラムは願っていた。


(出れないと言ってくれお願いします頼みます土下座します)


「はい、パーティー申請すれば誰でも可能ですよ!」


イングラムの願いは儚い桜のように跡形もなく散っていった。そして、身を埋める。


(おのれ神よ!俺は貧乏くじばかり引かされるのか!?)


小さく握り拳を作って膝を叩く。

外から大きなくしゃみが聞こえた途端。

大柄の男が宿屋に入ってきた。

全身に鎖を巻き付けて、ウルフカットの髪型をしている男性は、フロントの前に立つと


「お嬢さん、一泊頼む」


「はい!一名様ですね!」


エレノアはお盆を置いて、そそくさと

受付前に立って書類を出した。


「ではここにご指名とご利用日数をご記入下さい。ペンはこちらに、どうぞ!」


「あぁ……ありがとう」


男はスラスラと文字を書いて、エレノアに

見せた。彼女は首を傾げて書き直すように

お願いする。


「悪い、いつもの癖で書いてしまった。

はい、これでいいか?」


男は即書き直して料金を支払うと

エレノアは耳をピコピコさせて頷いた。


「はい!では2階の202号室へどうぞ!

ごゆっくり!」


男は鍵を受け取って、空中でキャッチすると、イングラムの方へ視線を向け、鼻で嗤いながら2階へと歩いていった。


「ふぅ、なんというか威圧感というか重圧感というか、色々凄い人でした……!

あっ、それで申請の話なんですけど———」


イングラムは男が入っていった部屋を眺める。彼の中で不思議な感覚が全身を伝ってきた。


(あの男……どこかで会ったか———?)


意識を男に集中させていたイングラムは

自分の記憶の中を辿るものの、それらしい人物は思い浮かばなかった。


(しかし、あの感覚は前にも———)


「イングラムさん!イングラムさん!」


「———!」


「エレノアさんから申請書の所在、聞きました。ギルドで受け付けてるらしいですよ?———?どうしたんです?ぼーっとして」


「いや、何でもない。というか、もしかして出ないといけないのか、俺……?」


「もちろん!知ってる人は今あなたしかいないですから!ルークもいないし」


「でもな、俺はさっきの騒動で疲れてるんですが、振り回されたんですが」


「さっきのはリルルちゃんのお願い!

今度は私のお願いを聞いてください!」


「えぇ……休みたい。休ませてくださいよ」


「騎士様!女性の願いは叶えるのが騎士様だよ!」


「えぇ……また余計な言葉覚えて、ルーク覚えてろよほんま」


「まあまあ、レベッカさんもリルルちゃんもそう立て続けに言わないであげてください。表情を伺うに疲れているのは目に見えていますし、よければ空室で休んではどうでしょう?」


(この場で唯一の光、セリアさんに並ぶ常識人だ。よかった、この人まで2人みたいだったら身が持たなかったぞ。うん)


「疲れと疲労に効くよく寝られる睡眠水、あとで持ってきますね。101号室、従業員専用の個室なんで良ければ使って下さい。

今日は私しか当番がいないので大丈夫」


エレノアはキラりんと人差し指を立てて

小さくウィンクをした。


「あ、横になる前に必ずシャワーかバスルームで身体を温めて下さいね。

よりリラックスして休めるはずですから」


「はい、恩に来ます。エレノアさん。

それでは、また後で来ますね」


「おやすみ騎士様〜!」


「しっかり休んでくださいね〜」


パタン、扉を閉めた途端に二人の言葉が耳に入ってこなかった。これは疲れだ。あなた疲れてるのよ、と心の声が聞こえてくる。


1LDKくらいある広い部屋。

従業員たちの名札付きの扉が無数にある。

明るい太陽光が隙間から差し込み、木材を基調とした部屋の中にはスギの木やクスの木などの良い香りが疲れを解してくれる。


「シャワー……シャワー……っと」


イングラムは自分の着ていたものを電子媒体に取り込み、自動除菌と水洗いのコースを選択すると、颯爽と湯船に足を入れた。

自動追い焚きコースボタンを押すと

瞬きの間にお湯が張られていた。

半身浴モードを押して、お湯を半分にすると

イングラムは深々とため息を吐いた。


「風呂なんて何日振りだ?

もう随分入っていない気がしたが」


ぽちゃん、と天井から温かな雫が落ちてくる。一定の間を置いて垂れてくるのだろうかとても安心する。


(ルークやアデルにも知ってもらいたいものだ。スアーガは悪くないところだと)


イングラムは深々と呼吸をして、30分間ゆっくり浸かったのだった。


バスタオルで全身を拭き、置かれていた部屋着に着替えると、ノックの音が聞こえてきた。


「エレノアさんか?はーい」


エレノアが入ってやってきた。

彼女は笑顔と八重歯を見せてコップに入ったものを差し出す。


「こちら、先程言っていた睡眠水になります。電子媒体をお持ちならお望みの時間に目が覚めるように設定できますので!

では、ごゆっくり!」


イングラムは会釈をして

ベッドに腰掛け、電子媒体を弄った。


「では、夕方くらいに……と」


午後4時半に設定すると、そのデジタル数字は睡眠水の中に吸い込まれていった。


「ほう?これで目覚めもバッチリと?

いただきまーす」


ごくりと飲み干すと、コップを小さなテーブルに置いて横になった。

なんだか瞼が少しずつ重くなってくる。

呼吸もゆったりとし始めてきた。


「あ、寝れる……寝そう。

寝ます」


すぅ、とイングラムは寝息を立てて

先程の騒動の疲労を壊すように

夢の中へと沈んでいくのだった。

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