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第92話「喜劇と感謝」

「はぁ、はぁ……疲れた」


レベッカを背負い、リルルを持ち上げて

大佐のイングラムは息を切らしていた。

人気のない近くの路地裏で、レベッカを下ろし、呼吸を整える。


「全く、なんで来たばかりでこんな目に遭わにゃならんのだ!来て早々疲れたわ!」


「ねえねえ騎士様!クレイラお姉ちゃんは

どこ行ったの?」


そういえば、クレイラはチワワになってはいたももの、あの後どんな行動をしたのだろうか。ダンボールの正体を見たのであれば満足して帰ってくるはずだ。


だがもし万が一、相手が厳つい男性と女性だった場合は、わからないかもしれない。


「どうだろうな、お花摘みに行ったのかもしれん」


「ここら辺にトイレみたいなところなんてなかったよ?」


「そうかぁ……まあ、お姉ちゃんのことは後にしよう。今は少し、休ませてくれ。

ぜぇ、はぁ……」


イングラムは倒れていたポンペを椅子にして、深く深く呼吸をした。

喉の中でうわずっていた痛みのようなものがほんの少しだけ和らいだ気がした。

首を横に振って思考と視界をクリアにする。


「ふぅ、さて、レベッカお姉ちゃんを運ぶぞ。このままでは獣型の悪人面したやつが出てこないとも限らん。はやいうちに動こう。」


リルルはこくりと頷いて

イングラムの手を強く握りしめる。

離れてしまわないように、指の先から先までしっかりと。


「よし、いい子だ。

いくぞリルル。お姉ちゃんを背負って

宿屋に向かうぞ」


「はーい!」


イングラムは気絶しているクレイラを

背負って、リルルの手を握り返す。

優しく微笑む騎士、いや、大佐は

最年少の隊員の心を穏やかにさせるのだった。





宿屋 けもってぃーけもっと


そんな看板を見つけたのは、探し始めて15分ほどのことだった。

大きな立て看板に、可愛らしい桃色の字で

「人間様歓迎!」と書かれていた。


「よし、リルル。

ここにしよう。というか俺も休みたいし

なんなら着替えたい」


「大佐、ミッションは……?」


「ミッションは失敗、ゲームオーバーだ」


「む〜、じゃあ今度はクレイラお姉ちゃんを

探すミッションをやるんですね!?

私わかります!」


「やりません」


「むぅ〜!けちんぼぉ!」


いつの間にそんな色々言葉を覚えたのか誠に不思議ではあるが大方ルークかクレイラの仕業だろう。に人がピースをして舌を出している絵面が空に浮かぶ。


それを無表情で手で拭き終えると、イングラムはドアノブに手を掛けた。

金属の冷たい感触が、今はとても心地が良かった。


「失礼しま———」


「きゃーっ!泥棒よ〜!

誰かとっ捕まえて下さいぃ〜!」


人混みの中から一際大きな女性の声が響いた。思わず振り返ると、その犯人らしき獣人がこちらに向かって来ていた。


「はぁ、やれやれ」


レベッカを即座に下ろして、イングラムは

ただただ佇んだ。


「どけどけどけぇ!今の俺にはナイフがあるんだ!刺されたくなければどけぇ!」


周りの人たちは避けるだけで何もしない。


「おい!軍人さん!逃げろ!」


注意喚起しても、イングラムはどかない。

それどころか、両手をポッケに入れている。スリムな体型の軍人は呆れたように犯人を見つめていた。


「はっ!人間のお偉いさんか!

金持ってそうだなぁ!死ねぃ!」


手にしたナイフを強く握りしめて

刺し突こうと突貫してくる。皆が注目していた。そして、刺せる範囲まで接近すると

イングラムは目に見えぬ速さの手刀でナイフを持った腕を叩き落とし、腹部に膝蹴りを見舞い、そして首根っこを掴んで背負い投げ。


地面に叩きつけられた犯人は、気を失った。頭には無数に回転する小さなひよこたちが浮かんでいた。


「ふん、私は大佐だぞ?

舐めてもらっては困る」


ズレてしまった手袋を直して、鼻を鳴らす。


「おぉ〜!」


リルルの拍手を筆頭に、周囲から拍手喝采が巻き起こる。


「いいぞ軍人殿ぉ〜!」


「やるじゃない!人間にも良い人がいたのね!かっこいいわよー!」


「お味噌汁ぅ〜!」


大勢の人々の歓声の中でも、イングラム大佐は冷静だった。ずれた衣服を元に戻して

ベレー帽を被り直して、民衆達の前を向いて僅かに笑みを含みながら、敬礼した。


「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


まるでスタジアムで入場する人気戦士のような大盛り上がり。

イングラムはちらりとリルルの方を向くと

彼女も精一杯の笑顔で敬礼していた。

そして、その人だかりを潜り、やってきたのは被害者らしき亜人の女性だった。


「あ、あの!軍人さん!

私の鞄を取り返していただいてありがとうございました!なんとお礼を言ったら良いやら……」


「あ、いや、俺は軍人などでは———」


そう言いつつ、イングラムは取られたものがないか確認をして鞄を返した。


「お姉さん、よかったね!」


「うん、本当によかった!

よければ、お礼をさせてください!」


否定をしようにも、リルルが言葉を被せて

遮ってくる。多くの民衆から棋士ではなく

軍人として知られてしまったようだ。

仕方がないな、と割り切ってイングラムは

言葉を切り出した。


「お礼ですか?じゃあ連れが気を失っているので、少し横になれる所に案内してもらえると———」


「なら、後ろの宿屋が私の仕事場なので

使って下さい!なんなら御案内しますよ!」


「本当ですか!ぜひお願いします!」


人だかりと拍手喝采はイングラムたちが宿屋の奥に消えるまで続いていたのだという。




「どうぞ」


案内されたテーブルの上にはおしゃれなカップに入れられた紅茶とオレンジジュースが注がれた。亜人の女性はお盆を手に持って


「改めまして、私は狼型亜人族のエレノア

と言います。先程は助けていただきまして

どうもありがとうございました!」


そう改めて礼を述べた。

黒髪から生えている狼の耳と尻尾が特徴的な美女。桃色に近いパール色の瞳と子供に好かれやすそうな活発的な雰囲気を纏っている。

尚、今は気分がいいのか、尻尾を犬のように左右にフリフリしている。


「エレノアお姉ちゃん!私はリルル!

こっちは大佐の騎士様!」


「キシサマ!素敵なお名前ですね!

リルルちゃんも、いいお名前ですね!」


「え?騎士様は俺の名前ではなくこの子が使う名称なんですよ。俺はイングラムと言います。見ての通り人間ですがね」


「そ、それは失礼しました!

でも、人間にもまだいい人がいるって

わかってちょっと安心しました」


「ふむ、その物言いだと、この国の人は人類をあまりいいように思われていないようですね?」


エレノアはもう一つの椅子に腰掛け、お盆をテーブルの足元の隙間に挟めると

こくりと頷いて語った。


「それはまあ、人間は私たちの祖先を故郷から追いやったり、私利私欲のために皮とか肉とか剥いで売り物にしていたり、絶滅にまで追いやった存在だ。と学びましたからね。この国のほとんどの人はそういった教育を受けて育って来たんです。亜人獣人関係無しに」


「確かに仰る通りです。

人は力を持ちすぎると己の領地を拡大したがる。我々は破壊や殺戮、支配を好む人種ではありますが、それを良しと思わない人間もいます。全員が全員、悪人というわけではないんですよ」


エレノアはテーブルに手を置いて

真摯の眼差しでイングラムを見た。


「私たちは人類の悪い面しか学びませんでした。あなたが言うことが本当なら、きっと今まで勿体ない考えの仕方をしていたのではないかと、思ってしまったんです。

今まで遊びに来てくれた人間を、邪険にしてしまったから……」


悲しげな表情で下を向き、耳もぺたんと閉じて尻尾も勢いがなくなって制止した。


「エレノアさん、過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。大切なのは後悔して立ち止まるよりも、間違いを正して前を向いて歩いて行くことなんじゃないでしょうか。

俺たちやあなたたちも、間違いを犯してしまったのなら、もう同じことを繰り返さないように工夫すればいいのです。少しずつね」


「イングラムさん、私も、前を向けるでしょうか……?人に対して正しい目線で見ることが出来るでしょうか……?」


イングラムは力強く頷いて、「もちろん」と返答した。


「亜人も獣人も、最初は隔たりがあったと

聞いていましたが、今は見てきた通り、活気のある街になりました。

だから、私はこの国に人間を呼びたい。

私たちのことをもっと知ってほしいと思うようになりました」


「ええ、素晴らしい夢だと思います。

俺も、いつか見てみたいですね」


「私も私も、人間も亜人も獣人も!

みんながお友達になればいいんだよ!」


「……ふふ、そうだね。

リルルちゃん、いいこと言う!」


エレノアは優しい手つきで頭を撫でた。

彼女は出会った人間に恩を感じ、自分の偏見を悔いた。同じ思いを種族たちにさせないため、持ったことのなかった夢を手にしたのだ。


「さて、おかわりいりますか?

2杯までならなんでも自由ですよ」


お盆を再び手に取って、エレノアは

笑顔で聞いてきた、


「いえ、レベッカが目を覚ましたらここを離れ、街を散策しようと思います。

目新しいものが沢山ありますからね」


しかし、イングラムたちはすぐに立ち去る予定だという。

まだ恩を返しきれてないエレノアは考えた。どうすればもう少し残ってもらえるのかを


(お礼を兼ねて、この街を案内するのもいいかも……?今夜あるイベントも伝えておいたほうがいいかな?きっと楽しんでもらえるだろうし)


よし!とエレノアは心の中で頷いて

言葉を切り出した。


「なら、街案内しますよ。

これくらいで貸し借りなしは、少し納得いかないので。それに、今夜はパーティーもあると号外で賑わっていますから。」


「パーティー……ですか?」


イングラムは祭り事は初めての経験なので

少し興味があった。

エレノアは耳をぴこぴこさせると、詳細を語り始めた。

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