第90話「亜人と獣人の住む国 スアーガ」
「まぁ、個人の確執は今は片隅に置きましょう。スアーガに行きたいんでしょ?
なら、私の手を取りなさい。
それか、ルシウスに触るか、まあどっちでもいいわ」
「じゃあ!狐のお姉さんにするー!」
「ふふ、素直な子は好きよ」
亜人族狐型の美魔女であるエルフィーネは
純粋な笑みを浮かべてリルルの頭を優しく撫でる。子供に対しては紳士に振る舞うようだ。
「———ルシウス」
「はい、では僕の手を取ってください」
クレイラは反抗するように真っ先にルシウスの手を取った。力は予想以上に強く、下手をすれば粉々にされてしまいかねない。
「俺も頼む、どうもあの方の人間は信用できんようだ」
「あはは、まあ仕方ないとしか言えないな」
ルシウスは少し困ったようにそう返答するとベルフェルクとレベッカの方に視線を送った。ニ人はエルフィーネの方へと付くらしい。意外だった。
「あら?女剣士さんは私とお友達になりたいのかしら?いいわよ、よろしくね?」
「えぇ、こちらこそ」
抑揚のない声が恐ろしさを際立たせている。レベッカはリルルを守るためにわざわざ向こう側に行ったのだろうか?
それにしても、雰囲気が怖い。
着火したダイナマイトの群れに飛び込むようなものだろう。下手すれば死ぬ。
「ベルフェルク、会えて光栄よ。
貴方の噂はかねがね聞いているわ」
「それはどうもぉ〜!
いやぁ、綺麗な亜人のお姉さんと一緒に出かけられるとは思いませんでしたぁ!
幸先いいなぁ!」
レベッカとは真逆、まるで陽の当たった
ひまわりのような眩しい笑顔を見せた。
本当ににっこりとしている。
そして、彼はエルフィーネの肩に手を置いて小さく囁いた。
「あまり調子に乗らない方がいい。
それと、俺はともかくイングラムとルシウスは敵に回さない方がいいぞ、商人からの忠告だ。受け取っておいて損はない」
「ふふ、やっぱり、それが本当の貴方なのね?取り繕うのは大変でしょう?」
「好きでやってるんでね、知った風な口を聞かないでもらいたいな」
とんとん、とベルフェルクは肩を叩く。
無表情のまま、抑揚ある声で忠告すると
彼は不意に背を向けて伸びを始める。
「んぁ〜!いい天気ぃ〜!!」
「ねー、商人のおじさん。
動物さん出さないの?」
「んー、商品もあるしぃ!まだラノさん休憩してるし、今は無理かなぁ」
「そっかぁ」
ベルフェルクとリルルは楽しそうに話し合っている。それは遠巻きから見てもはっきりとわかるほどだった。幼い子には手を出さないと理解したからか、イングラムは無意識に安堵する。あれがもし、ユーゼフであったなら
今頃ここは激戦区だっただろう。
「よし、エルフィーネ!
そろそろいいだろう。出発しよう!」
「わかったわ、じゃあ皆目を閉じてちょうだい」
全員が目を閉じたのを確認すると、エルフィーネは優雅に指を鳴らした。
場所は打って代わり、門を護るように聳え立っている黄金の獅子の像が、補填された道を睨みつける様に2体配置されている。
門を中心とした頑丈な金属製の塀が国を囲っていて、周囲は舗装されたステンレス製のタイル所々に獣臭い匂いが立ち込め、鼻の感覚を妨害する。
「じゃーん、到着ー」
「すっごぉい!ここが動物さんの国なんだ!早く行こう行こう!」
そんなことは気にしないとでもいう様に
リルルは大いにはしゃいで、獅子の間を通り抜けようとした。
「待った。その前に紋章を見せないと
通してもらえないわよ」
リルルを制止して、エルフィーネは
ファッションモデルの様に2匹の獅子の間に立つと、懐から紋章を見せた。
2匹の獅子はお互い相槌を打ったあとに
門へと向きを変えて吠えた。
「うわぁっ!?」
リルルは驚いて腰を抜きかけたが
イングラムが駆け寄って阻止した。
それを他所に、重い金属の音が開くと同時にミシミシと鳴り響く。
かなり重厚な作りをしているようだ。
「私とルシウス、そしてベルフェルクは先に入るわ。あなたたちは後から入りなさい」
「はーい」
「はい、お利口さん。じゃあ、ついてきて」
イングラムはリルルに手を引かれてエルフィーネのすぐ近くまで近づいてしまった。
彼女の妖しい視線が嫌でも身体に刺さってくる。レベッカとクレイラは相槌を打ってイングラムの後ろからついてくる。
そして、とうとう到着した。
門を潜り抜けると、市場が無数の列になって店舗を構えていた。亜人や獣人の人々の賑わいで、国は栄えているようだった。
「ふむ、ここが亜人の獣人の国、スアーガか。人間が全くいないな」
「それはそうよ、ここ、基本人間が立ち寄らない国だもの。それに、人に対して警戒心がある人たちも多いわ」
「そうなのか、これを機に関係が改善するといいがな」
「それは、僕次第かな」
ルシウスが前に出て説明を始める。
「僕がここに来たのは、例の軍団がここに責めてくるという情報を掴んだからだ。
それに、兄さんを見たという情報もここから入手してね、じっとしてるわけには行かなかったんだ。他種族同士の会談を設けるには、こちらから動かないといけない。
頑張りどころだね」
「僕はただ商売が出来ればいいなと思ってここまでぇ〜」
「そういうこと。
じゃあ、私はルシウスを連れて城まで行ってくるわ。お叱りは受けるでしょうけど
我慢してね?ルシウス」
「わかってる。こちらも誠心誠意尽くすつもりさ。それじゃあみんな、また会おうね」
ルシウスとエルフィーネは背を向けて
この国の人混みに紛れて見えなくなってしまった。そして、ベルフェルクも登山用クラスのバッグを背負い込みはじめて
「それじゃあ僕も行きますぅ。
四人とも息災でぇ、お元気元気しててくださいねぇ、じゃっ!」
ベルフェルクは元気よく、かつ小さく手を上げて彼も人混みの中へと消えていった。
バッグが見えなくなるまで見送ると、4人は顔を見合わせた。
「俺たちはどうする?
ギルドでも行って休憩でも挟むか?」
「そもそもギルドなんてあるのかな?」
「ここのこと、詳しく知りませんからね……どうしましょう。人に聞いてみるとか?」
「亜人さんと獣人さんとお喋りしたいなー!」
「まあ、そのうちな?
今ははぐれる方が危ないからきちんと手を握っているんだぞ?」
リルルはうん、と首を縦に振って頷いた。
イングラムの目的はベルフェルクを無事に
この国に送り届けることだった。
それが達成された今、彼らを縛るものはない。
「そうだな、とりあえずギルドにでも行ってみよう。何か話が聞けるかもしれん」
レベッカもクレイラも賛同し、いざ歩み始めようとも人混みが凄まじい。
密集どころではない。まるで養鶏場である。
(くっ、通れなくはない、が
リルルとはぐれる可能性が高い。
この獣特有の匂いのする中で嗅覚を当てにはできんからな)
「ねえねえ騎士様ー」
(しかしこのままでは立ち往生のままだ。
人混みにぶつかってガンを飛ばされても面倒だ。負ける気は全くしないが相手は多種族。油断は禁物だ。)
「騎士様ー?」
(亜人の特徴が動物的耳や尻尾を生やしている人間に近い種であるのなら、獣人族は、獣本来の生体や能力を持った人型種、と言ったところか)
現に亜人は人に耳と尻尾を生やした
者たちが多く、獣人はライオンや虎などが人と同じ体躯を持って二足歩行しているのが見える。
「きーしーさーまー!?」
イングラムの思考を遮るほど大きな声を出して、彼を現実世界に引きずり戻す。
思わず頭に疑問符を浮かべてリルルの方を向いた。彼女は不思議そうな瞳で騎士を見やる
「ん?どうした?」
「あれ見てあれ」
少女が指を指した方向を見てみると、そこには大きなピンク色の段ボールが置いてあった。大勢の人だかりのせいか、一際目立って見えるが、住人たちは誰一人として気に留めていない様だった。
「ただの段ボールだな、あれがどうかしたのか?」
「動いたよ?」
「え?」
イングラムは不思議なこともあるものだと驚いたが、まさかそんなアホなことがあるはずがない。イングラムは目を凝らしてその段ボールを見つめる。すると———
もそっ、と小さく動いているのが見えた。
動く瞬間、4つの足が浮かび上がり
数歩進んだかと思うと即座に足を引っ込めてダンボールになった。
「なんぞあれ?」
「ねえレベッカ、ちょっと剣投げてみてよ。」
「嫌ですよ!生き物だったらどうするんですか!?」
イングラムが睥睨する様に凝視していると
ニ人は物騒なことを言い始めた。
初めて来た国で騒ぎは起こしたくない。
「やめろやめろ、入国禁止になるぞ」
「……でも、少し気になりません?
ダンボール型のUMAかも!?」
レベッカは目をキラキラさせてそんなことを言い放つ。彼女、UMAが好きだったか?
ただ単に中身が気になるだけなのではなかろうか。
「新種のドローンかも……ダンボール型の」
クレイラは冷静に、ボソッと呟いた。
先程までの怒り苛立ちはどこへやら
切り替えが早いのか、それとも別のことに集中したいのかはわからないが、まあ怒り状態が終わってくれて何よりだった。
「いや、どれも可能性は低いぞ……?
四足歩行のUMA……猿か?
そも、ドローンに足なんぞいるのか?」
「人が入ってたりして」
「「「!?」」」
リルル、とんでもないことを言い出した。
いや、その可能性を考慮しなかったわけではないが、まさか本当にそんな冷戦時代の研究員みたいなことをするのだろうか?
「ねえねえ、追いかけてみようよ〜!
どこかでボロが出るかもよ〜」
「リルル、末恐ろしい子……」
思わず口に手を当てて将来を思い浮かべてしまうイングラム、天国のお父さんお母さん祖父母様ごめんなさいと思いながらイングラムはくっ、と言葉を漏らした。
「いけない、いけないぞリルル。
どこでそんな言葉を覚えたんだ……」
「ん〜?クレイラお姉ちゃんが言ってた!」
般若の顔でクレイラを睥睨するイングラム。そっぽを向くクレイラ、ダンボールを凝視するレベッカ。
「あっ!大佐、動きましたよ!
追いかけましょう!イングラム大佐!」
「誰が大佐じゃ!誰が!
って、おい!待て!!」
レベッカとリルルは興味が勝り、ダンボールのあとをこっそりとつけて行く。
「ちっ、仕方のない……!
おいクレイラ、行くぞ!」
「ラジャッ!ミッションスタートですな!
指示を、大佐!」
ピシッと敬礼をして、大佐役のイングラムに指示を仰ぐ。
「えぇい!ゲームではないんだぞお前らぁ!」
人だかりに掻き消される苦悶の声は空に儚く昇っていく。こうして、謎の歩くダンボールを追う謎のミッションが彼らの中で始まったのであった。