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第86話「行く道の果てに」

時を同じくして、ルシウスとクレイラは

洞窟の内部へと足を踏み入れていた。

奥から静かに、だが身体を伝って吹いてくる冷たい風はまるで氷を入れた冷水を浴びせられているようだった。


「なるほど、なかなかの寒さだね。

普通の人なら対策必須だったかも?」


クレイラは体内に宿る火のマナを発露させ

体温を平均に近づけていた。

もちろん、ルシウスも同じことを行なっていた。おかげで、凍えて動けなくなることもなく食料調達に専念できる。


「クレイラさん、あなたは多種多様のマナを扱えるんですね?一体どのように修練を?」


出会った頃から感じていた彼女の多様性は

常人のそれを遥かに逸脱していた。

マナの一つ一つが、極限まで磨かれていて

小さなエネルギーの中に、膨大な熱量と質量を宿している。


それに、聞くところによると、彼女は動物や他人に瓜二つに変身することも出来るのだとか。


「それは答えられないよ。

いくらレオンの友人でもね」


(さぞ名のある一族なのだろうか。

マナを全て扱える、そして、変身も可能。

いや、俺の知っている一族たちではどれも

あそこまで極められていない。

それに、変身の能力を持つ人など以ての外だ。身体の一部が壊死するか、左右非対称の姿になるのが普通だが———)


「ルシウス、私を観察するのはいいけど

目的を忘れないでね?」


視線だけを送り、彼女の全身を見回して

観察するルシウス。

先の穏やかな雰囲気とは一変し、とても重い空気が2人を包んでいた。


「えぇ、もちろん。わかっていますよ。

この洞窟に、その目的の奴がいるのでしょう?あなたの感覚が、そう教えてくれたんですよね?」


自身のしていることがバレても、ルシウスは冷静に、彼女の能力を看過しているかのように告げた。


クレイラはそれを聞いてニッコリと笑いかけて両手を後ろに回し、ルシウスの前に出た。まるで行く先を塞ぐように


「その眼で私をあまり視ない方がいいよ。

あとで必ず後悔する。その時が遅かれ早かれやって来るんだから」


その陽のような表情とは裏腹に

発言された言葉は背筋が凍えるような悪感を感じさせた。ルシウスの全身に嫌な汗が静かに滴る。


「わかりました。これ以上の詮索は無意味と理解しました。ご無礼申し訳ない」


「ねぇ、君のソレは君の正義感から来るものなのかな?それとも———」


クレイラは笑顔を絶やさずに、ルシウスの額をちょんと小指で小突いて再び口を開く。


「それはただの、自己満足だったりするのかな?」


「——————」


彼女の瞳は無機質なようでいて、貫くような

鋭い何かに変わっていたように見えた。

千里眼の後遺症などでは断じてない。

しかし、ルシウスは心の底の感情を根こそぎぶんどられたようにその場に立ち尽くした。


(なんだ……この人は?

人のようでいて、人ではない。

スクルドさんやヴェルザンディさん達の

ような神秘性も感じない。

神でも人でもなければ、この人は一体———)


「ねぇ、ルシウス。

やめてよ。私を敵意の籠る目で見るのは」


「———!」


無意識に敵意を身体中から剥き出しにしていたらしい。そういった面にも彼女は敏感なのかクレイラは冷たい視線でルシウスを見て

冷徹な口調で言葉を溢した。


「すいません、そんなつもりはなかったんです。そう感じさせたのなら、申し訳ない」


内心に湧き上がる焦りと疑心がルシウスの思考を曇らせていく。

この女性はなぜ、イングラムたちと行動を共にするのか?

なぜレオンのことを知っているのか?

考えれば考えるほど、疑問は海のように深まっていく。

ルシウスは、それを考えることをやめた。


「ううん、気にしてないからいいよ。

君は笑っている方がいい。

さぁ、付いてきて!私の鼻は犬以上に効くよぉ〜!」


ルンルンと鼻歌を歌いながらスキップして

軽快に進んでいくクレイラを追うように

ルシウスは重くなった足を前へ前へと

進めていく。






洞窟の中間あたりにまで足を進めた頃から

吐く息が白くなってきていた。

2人のマナがこの先の環境と拮抗しているらしい。


「少し寒くなってきたね。

ほら、天井に落ちかけてた雫も氷柱になってる。綺麗だねぇ」


入り口付近と異なることは、声が響いていること、足音が木霊していること、冷気が強まってきていることなどがある。

ルシウスは歩きながら周辺を見渡す。


道端には天然物の鉱石が隅っこの至る部分から頭を出していた。

売ればかなりの高額で買い取ってもらえそうだが、彼にそんな気は起こらないだろう。


騎士警察の仕事を続け、かなりの額を稼いでいるし、何より自然のものを取るのは、あまり良い心地がしないからだ。


「確かに、進めば進むほど体温が低下してきているのを感じます。少し熱をあげましょうか。こんなところで睡魔に襲われては思考も鈍りますからね」


「私は大丈夫、ルシウスはしっかりと

防寒対策しておいてね」


クレイラはそう言うと、手の上に顕現させた火のマナを握り潰して掻き消した。

思わず目を見開くルシウスだが、彼女の

口元へ視線をやると、吐く息が白くなっていなかったのだ。


火のマナを使うルシウスですら、視覚できるほどの白い息を、彼女は出していない。

体温低下による身体機能の低下も彼女には

見られなかった。


(体内にマナを発露させて気管を正常に保っている……というわけではないな、彼女の身体からマナ“そのもの”を感じない。温存している、とも考えづらいな)


「ルーク、ここを歩いた先に光源がある。

きっと出口だと思うよ」


クレイラは足を止めて自分たちの歩むべき道を指差した。

ルシウスをちらりと見て、彼女はそう言った。


「はい、僕も認知できました。

あそこから僅かに光を感じます」


「あそこに動物達がいるはず!

ゴーゴー!」


クレイラは子供のように駆け出して行った。

ルシウスは遅れないように後について行く。





「ぷはぁ!到着した!」


「……なるほど、さっきの冷気の正体は

この子達だったのか」


砂漠地帯にも似た幻想郷のような場所へと出た。周辺にはオアシスが無数にあり

大人しそうな動物たちがのんびりと

草木を食べていた。その中で一際目立つ

白くて巨大な像がいた。


「さて、と……」


ルシウスは電子媒体を起動して

群れの中にいる動物の一匹を照らした。


〈生物の照合、完了しました〉


電子音声が解析を終了して、大きく画面を開いて見せてきた。


〈氷河像、コルドマンモスです。

紀元前に生息していたケナガマンモスと類似していますが、攻撃性は低く、おとなしい性格です。周辺の草木を主食としていますが、マンモスや像特有の牙も、およそ半分程度しかありません。

彼らは体内に特殊な冷凍気管を持っており

常に体温を低い状態に持っていき、食料が

減った時に即冬眠出来るようにしくまれているようです。一説には自分を凍らせて

表面温度をドライアイス並みにすることで

休眠の間でも外敵から身を守ることができるとか〉


「なるほど、で、味は?」


〈鹿肉のような食感と、ブヨブヨとした白い脂肪があります。食べられる範囲は限られるでしょう〉


「あまりおいしくなさそうだな。

お、あそこに別の生物がいるぞ?

あれはなんだい?」


〈あれは雷牛。ボルトホルスと呼ばれています。全身が常に発電しており、電気の影響で身体全身が黄色く見えるのが特徴です。闘牛のように敵を見つけると突進してくることも多く、一部地域では害獣とみなされることもありますが、肉は大変珍味であり黒毛和牛と松坂牛の中間の味とされています。死後もしばらく電気が走っているので肉がすぐに腐敗するということはありません〉


「ふぅん、奥まで行けばまだまだ色々いそうだね。とりあえずあの雷牛にしよっか!」


「そうですね、全身が赤身だといいんですが……」


クレイラはよしっ!と叫んで駆け出して飛んでいく。どうやら彼女は群れから逸れた雷牛を挑発しているようだ。

現に、やり方は成功しているらしい。

雷牛はクレイラ目掛けて猪突猛進している。


「よし、リルルちゃんに美味しく食べてもらおうかな!」


クレイラは手を突き出して氷柱を掌から飛ばした。しかし、そこは闘牛、すぐさまそれを避けて直進してくる。


「あーもう仕方ない!」


クレイラは自身の右手に精神を集中した。

親指に赤き火を、人差し指に青き水を、真ん中指に緑の風を、薬指に琥珀の土を、小指には紫の雷を宿して手をゆっくりと伸ばし

それをレーザーのように連射し始めた。


左手をくんっ、と降下するクレイラ。

すると途端に、ボルトホルスは

地面に突っ伏した。

周辺の風景に砂塵にも似た何かが地面から

無理やり押し上げられているように見える。


(あれは、ホルスボルトの周辺が歪んでいるのか!まさか、重力を———)


「焼き豚になれ〜」


火が、水が、風が、土が、雷が

無抵抗のボルトホルスを徹底的に叩きのめす。原型が残らなくなるのではないかと不安に駆られるルシウスだが、そんなことはなかった。

きちんと仕留めたクレイラは放電しているボルトホルスを片手で担ぎ上げる。


「仕留めたよ〜!!」


と、笑顔でルシウスに向かって大きく

手を振る。苦戦のくの字も彼女の表情からは

伺うことはできなかった。


(実力の底が見えないな……レオンさんは

本当に凄いなぁ、ははは……)


乾いた笑いを浮かべながら

改めて先達の人脈の広さを思い知ったルシウスなのであった。

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