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第85話「剣の頂を目指して」

レベッカは1ヶ月も経つと、外へ出歩くことが出来るまでに回復した。

犬と散歩をしたり、猫を構ったりして穏やかな毎日を過ごしていたそんなある日———


「なあ、レベッカ。ちょっといいかな?」


家族が買い出しに出ていたその日。

ルークが姉の部屋にいるレベッカを訪ねてきた。いつも食事の時以外は声をかけて来ない彼がやってきたのは珍しかった。

レベッカはなんだろう、と不思議に思って

ドアを少し開けて、その隙間からルークを見上げた。


「君、剣術に興味ある?」


「え———?」


驚いたのも束の間、ルークは言葉を続けて


「俺と会った時、君を襲ってきた奴らを

君自身で倒せるように教えてあげようかなと思うんどけど、どうかな?

これから先、もしかしたら役に立つ時が来るかもしれないからね」


そう言ってきた。

彼は同じことを趣味にできる友人が欲しかったのだろうか?レベッカはう〜ん、と考える。


ルークが瞬きの間に見せたあの必殺技は素人である目から見ても神業であると理解できた。もし、あんな力が使えるのなら。あの時の助けてもらったルークに恩を返せるのならば。答えはすぐに固まった。


「うん!いいよ!私に剣を教えて!!」


「———!!」


その時のルークの嬉しそうな表情は今でも忘れられないほど脳裏に深く刻まれている。


この時からレベッカにとって、その時の彼の顔はどんなに輝いているものよりも眩しく見えた。


「じゃ、じゃあ行こう!

俺、君の分の剣も持つよ!」


「うん!」


レベッカは部屋を出て鍵を閉め

特訓用の庭園へやってきた。

犬や猫達は戦いの空気を感じ取って距離を取り始める。


「よし、レベッカ。

これを君に渡す、まずは素振りからだ。」


ルークが渡したのは、真剣と同じ質量と重さが備わっている竹刀だった。

初めて持ったものだから、レベッカは思わず前のめりになって倒れそうになってしまう。


「あわわわ!」


「おっ、と危ない」


ルークは後ろに回りこんで倒れかけたレベッカを引っ張り上げて抱き寄せた。

レベッカは顔を赤くしているのに、当の本人はあっけらかんとしている。


「大丈夫かい?」


「う、うん、ありがとう」


「いきなりこの竹刀は重すぎたかな……

もう少し軽いのに———」


庭園にある差込口に竹刀を戻そうとしたルークの手を、レベッカが制止した。

思わず顔を見上げると彼女は首を横に振っていた。


「私、早くルークと同じ目線に立ちたいの!だから、やらせて!」


「レベッカ……、よし!

まずは持つことに慣れることが大事だ!

俺も最後まで付き合うよ」


「うん!」


こうして、少年少女の秘密の特訓が始まった。雨の日も、風の日も、雪の降る日も

陽が照らすような日も、レベッカは

剣を握り続け、それを思うままに振り続けた。真剣と同じこれは、武器を振るう時も重さが同じであると感覚で理解し、ルークが作り上げたカカシに攻撃を当て続けた。


「えいっ!やぁっ!とぉっ!」


「よし、始めた頃よりはだいぶマシになってきた、その調子だレベッカ!

ご飯がいっそう美味しくなるぞ!」


ルークの指導方針はそれほど厳しくなく

しかし確実に少女の身体に剣技を刻み込んでいく独自の方法だった。


父も姉も、性に合わないと言って投げ出したこの方法を、レベッカは嫌な顔一つせずに繰り返してきた。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


気が付けば夕暮れだった。

カカシには無数の刃の跡がびっしりと付いている。彼女は日に日に剣士として成長していたのだった。


「よし!今日はそこまで!

よく頑張ったね、レベッカ!」


ルークの号令が、一人の剣士の肩の力を抜いた。息を吐いた瞬間に、体の重りが一気に取れたように、彼女は地面に腰をついた。


「あ、あははは……私、強くなったかな?」


「そうだね、明日、父さんと戦ってみる?」


ルークは冷えたスポーツドリンクを手渡してレベッカの額の汗を手拭いで拭ってやる。そんな彼女は、父が剣を使えることに驚いたらしい。


「お義父さんと?」


「うん、父さんも師範代クラスの実力者だから、父さんを倒せるなら一人前だよ」


酷く乾いた喉に甘い液体が口の中を潤していくのを感じて一気に飲み干すと、レベッカは口を手で拭った。


「本当?でも私、ルークと一度も手合わせしたことないな……」


「俺と?そういえばそうだね。

でも、まだ早いな!」


「なんでよ!?」


「まずは父さんを倒してから、話はそれからだよ。レベッカ」


「それもそっか……」


ふぅ、と心の底から安堵の息を漏らした。

全身の至る所が酷い筋肉痛になってしまうほど、彼女は剣に打ち込んできたのだ。

日々の積み重ねが自分自身を強くしてきたのだと、身体が教えてくれていた。


「剣の振りや持ち方、カカシの間合い

どれをとっても文句無しだった。

あとは、実際に動く相手を見て、どれほど

実力が通用するのか……運は試しだね」


「うん、頑張るよ!

よいしょっ……あれ、立てないや」


意気揚々とレベッカは立ち上がろうとしたが

筋肉痛で身体の感覚がデタラメになってしまったらしい、ルークは苦笑しつつ手を差し伸べた。


「さあ、夕飯だ。

その前に風呂にでも入ってきたらどう?

もう入れてあるからさ」


「本当?じゃあ先に入ってくるって伝えてくるね。」


レベッカはルークの手を離した途端、今度は

仰向けに倒れかけた。それを、ルークが即座に回り込んで支えたのである。


「ふぅ、ヒヤヒヤするなあ全く。

今は無理しないで、俺の肩を貸すよ」


「——————でも」


「いや、俺が君の状態に気付いてあげられなかったのも悪い。だから、これはその

罪滅ぼしってやつさ。気にしないで」


「うん……」


レベッカはルークの肩を借りて、無事脱衣所まで歩いて行ったのだった。

その光景を、家族が遠くから見守る。


「父さん、ルーク楽しそうだよね」


「あぁ、レベッカちゃんが来てから

いつもより笑顔が増したよなぁ、可愛いし」


「ええ、本当に妹が出来たみたいで

私も楽しいわ……ふふ」


姉と両親はクスクスと笑い合い

2人にバレないように食卓へ足を運ぶのだった。


そして———


「お義父さん!お願いします!

私、お義父さんと戦いたいんです!」


レベッカは父が階段を降りてくるのを見ると頭を下げて。


「ええっ!?ルークから聞いてはいたけど

本当にやるのかい!?えぇっ!?」


まさか本当にやるとは思わなかったので

父は心底仰天している。

母と娘に目配せするものの、ニ人はぷいっ

と顔を背けるばかり。


男なら自分で判断してどうにかしろ。

という典型的なテンプレートが今更ながらに突き刺さる。


「て、手加減とかは?」


「抜きで!」


「ええっ、と……竹刀は練習用の———」


「いつも特訓で使ってる重いやつでお願いします!」


軽いやつじゃダメか、と顔に手を当てて

ルークを見やる。レベッカの後ろに立って

腕を組み、口角を上げているのがわかった。


相当自信があるのだろう。

ルークはこれまで何もねだって来なかったが今日初めて、父親に頼むことが義娘の対戦相手ときた。こんなの初めての経験だから父親は仕方なしと頭を掻いて


「仕方ないなぁ、わかったよ。

表に出よう。」


「ありがとうございます!」


とうとう折れた。

レベッカを連れ出して、例の庭園に

二人は間合いを置いて立ち合った。


(この重いの苦手なんだけどなぁ)


父がそう思う傍で


(私、勝つ!絶対にルークに凄いって褒めてもらうんだ!)


姉が真ん中に立ち、審判の役を担うことになった。ルークではレベッカを見てきた情が勝る可能性があると判断したからである。

そして、姉は手を前に出し、告げる。


「じゃあ、始めるよ!

はじめっ!」


レベッカは竹刀を真っ直ぐに持って構えて

そのまま突っ込んでいった。

構えは素人のそれであるが、父は油断をせず、その一刀をまずは受ける。

重く、それでいてしなやかな振り下ろしは

防ぎの構えをとっていた父の全身に強く響いた。


「うおっ!?なんだこれ!」


「お義父さん!私はまだまだやれますよ!

えいやぁ!」


風が音を奏でるよりも疾く竹刀は弧を描いて父の腹部へと重心向き、動いていく。


「つぉっ!?」


あまりの一撃ゆえに、父は後ろへと押し飛ばされかけた、竹刀を地面に突き刺してその勢いを殺したのである。


「ははは、やるなぁ!

なら俺も久々に!」


父の雰囲気が一変した。

そして周りの空気も、なんだか身体を逆撫でする風のように冷たい。

レベッカは思わず後退して、剣を構え直した。


「隙あり!」


父から繰り出される竹刀は一本ではなかった。二本、三本とその数を増やして、それは上から、左右からほぼ同時に繰り出された。


(!?)


少女の身体全体に伝わる衝撃があった。

内側の臓器を無理やり上下させられたような

不快な気分を感じさせる。


「うっ、あっ……」


込み上げてくる悪感と吐き気が、レベッカの

冷静さを徐々に打ち壊していく。


「どうする?ギブアップする?」


視界がぼやけていく、今までで感じたことのない感覚が、レベッカの内側に眠る恐怖を呼び起こした。


(この感覚……嫌だっ!怖いっ!)


周囲が暗黒に染まり、自分だけがスポットライトに当てられたように、レベッカはその場にへたり込んだ。自分の中の時間だけが刻々と時を刻んでいる。


(どうしよう……負ける、ルークに……

嫌われちゃう。そんなの、嫌だ!)


レベッカの強い思いに、彼女の外側から声が聞こえてくる。


諦めるな、立て!


命の恩人が叫んでいる。

レベッカのために、ただ1人の友人のために、その瞬間、彼女の周りには明かりが照らされた。レベッカ顔を横に振り、不快感を克服し、落とした竹刀の柄を強く握りしめた。我に返ると、父親は距離を詰めながら竹刀を振り下ろさんとしていた。


(私は、負けないっ!見ていて、ルーク!)


レベッカは竹刀を強く握り、まるで鞘に収めるような動作をしたあと、父の振り下ろしたその一撃を紙一重で躱して、一閃

腹部に強烈な刺突を見舞った。


「あがっ……!?」


臓器を全て震わせられたような感覚が

父の身を襲った。一歩一歩後退して

手にしていた竹刀を落とした。


「はぁっ!はぁっ!

いや、ははは、三途の川が見えたよ。

ご先祖にまだ来るなって怒られたけどね。」


「……か、勝った?

私、本気のお義父さんに勝ったの!?」


審判の姉の方に目を配ると、にこりと八重歯を見せた姉はレベッカ側の手を上げて高らかに声を上げて


「勝者、レベッカ!

おめでとう!君の勝ちだ!」


穏やかな風が、少女の勝利を祝福した。

天から降り注ぐ太陽を見上げ

心の底からの勝利を喜ぶ。


「ルーク!私やったよ!

勝てたよ!」


庭の柱に腕を組んで寄りかかっていたルークはわずかに口角をあげて、右手でサムズアップをした。


少女は喜びのあまり、

ルークの胸元へ飛び込んだ。

それを見守る家族は、陽の光のような笑顔でこちらを見つめていた。


「よくやった。凄いぞ」


それは、レベッカにとって至上の宝となったのだった。



空を見上げながら、レベッカは

過去の思い出を語り終えた。

複数の雀が飛んでいくのを目で追いながら

彼女は言葉を溢す。


「それから、私はルークの家で技術と研鑽を積みあげた。彼が魔帝都に行ってからも、ずっとお義父さんと稽古し続けた。

そして、私には夢が出来たんです」


「夢、とは?」


イングラムは興味深そうに

レベッカに視線を投げた。


「ルークと戦うことです!

それが、今の私の夢、望みです!」


「叶えられますよ。いつか、きっとね」


イングラムは前を向きながら

レベッカの夢が叶うと宣言した。

その言葉に、リルルも激しく同意しているようだ。


「剣士様とお姉ちゃんの決闘!

絶対見せてね!」


「ふふ、もちろんだよ。

1番前の席で鑑賞させてあげる。

はい、約束ね」


レベッカはリルルと同じ視線になって

小指を出して、ゆびきりげんまんをしたのだった。

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