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第84話「ルークとの出逢い」

今から10数年前———



風も吹いていない錆びついた路地裏に少女はいた。彼女は物心ついた時から

家族がいなかった。

気がついたら、こんな薄汚いところで

ボロボロの布を纏って寒さを凌いでいた。

ゴミの山に見える僅かな食物を見つけては

それを手に取って、食べられるか食べられないかを見さだめる。


「これもだめ……か」


少女は薄汚れた手で掴んだ屑パンの状態を見て落胆、すぐに戻した。

ため息を吐いて、咳き込む。


「げほっ、げほっ……お腹、空いたなぁ」


少女は風邪が悪化して、身体が弱りかけていた。しかし、帰るべき家も場所もなく

路地裏でじっと飲まず食わずのまま動くことはなかった。

すると———


「おい、餓鬼。

誰の許可得てここにいんだ?あぁ?」


「ここは俺様たちの縄張りだぜぇ?

餓鬼はお家に帰ってのんびりミルクでも飲んでなちゃい!ぎゃははははは!!」


ガンを飛ばしてきた大柄の男と

その子分であろう二人が啖呵を切ってきた。精一杯の眼力で睨み返すが、虚気味なその目に覇気はなかった。


「おい、ケッコーかわいい顔してんじゃん?んん?」


フードで顔を隠していたのに、男は軽い力でそれを外してしまう。

煤だらけの顔が露わになり、首を掴まれた。


(く、苦しい———!)


「親分、こいつ、夜のお供にでもしましょうや。いい声するかもしれませんぜぇ?」


両手で必死に振り解こうとするものの

大人の力には敵わない。

体調の悪化も重なり、手には力が充分に入らなかった。


「ほお、確かに、いい顔してるな。

よしてめえら、バレねえように連れてけ。

つってもここら辺に人は滅多に通らねえがな!がはははは!!!」


「い、いや……!離、して!」


絞り出すように声を出した。

が、男はその反抗的な声に興奮したのだろうさらに首の締める力を強めていった。


「ふぅん、かわいい声するじゃん?

さあ来い!せいぜい愉しませてやるからよ!うぇっへっへっ!!」


「おい———」


彼らの背後から、聞こえてきた鬼気迫るような声。幼いながらも、それは確かに大人たちの注意を引いた。


「あぁん?なんだぁ餓鬼ぃ?」


目の前に立っていたのは、この掴まれている少女と大差ない少年だった。

銀髪の髪をゆらめかせ、風に靡くマントが

印象的だった。先程の声の持ち主は、この少年の声だったのである。


「薄汚い手を離せ。その子が汚れるだろ」


「あぁ?もう充分汚れてんだよぉ〜!

餓鬼はそんなこともわからないんでちゅ———」


ドスっ、と何かが落ちる音がした。

持ち上げていた感覚が同時に消え失せて

子分とボスらしき男は声を上げた。


「えっ?な、なにが起きて……!」


男の利き腕が瞬きの間に斬り落とされていたのだ。そして、それに気がついた瞬間に

猛烈な激痛が腕を伝ってきた。

男は心の底から悲鳴をあげてのたうち回った。


「ひぃっ!兄貴!あの餓鬼一体!?」


「びびんな!

ただのカマイタチに決まってる!」


「で、でもさっきまで風なんて吹いてなかったはずですよぉ!?」


確かに、路地裏に向かって歩いていた時にはそよ風一つ吹いていなかった。

それが、少年が来た矢先に強風のようなものが吹き始めたのだ。


「あいつは、風の化け物だ!

いけっ!お前が行くんだよぉ!」


「やめておけ、片方を囮にしてここから逃げるつもりだろうが俺はお前も逃すつもりはないぞ」


少年は怒気を孕んだ視線を刃のように突き刺した。ボスは震えて腰を抜かし、部下はガクガクと足が痙攣したようになって動かない。


少年は大人が持つほどの剣の先を地面に擦り付けながらゆっくりと歩いてくる。

火花を散らしながら黒い直線状の痕が出来上がるのを、子分は上目から見ていた。


あれを食らったら死ぬ。


本能的にそう悟った子分は土下座をして謝った。


「ひいっ!許してください!

もうこんなことはしませんから!

許してぇ!」


「赦さない」


風を斬る音が聞こえて

鮮血が飛び散り、地面に首が転がった。

少年の剣は血濡れていたが、それを拭う事はせずに少年はボスの元へと立ちはだかり、見下ろした。


「首を絶つ前に聞こうか。

お前は、お前たちはいつもこんなことをしていたのか?」


少年の無表情には凄まじい圧力を感じた。

ボス格の男は額に汗をダラダラと垂れ流し

金縛りにあったかのように動けなかった。


「い、いえ……今日が初めてです」


「嘘だな、目が泳いでいるぞ」


瞬間、男の視界は暗闇に閉ざされた。

両目を撫で斬りにされたのである。

目元を両手を押さえる男の手には、血と思われる液体の感触が指から下へ伝っていくのが感じ取れた。


痛みに耐えきれずに声を荒げかけた男の喉元に冷たい感触の何かが触れた。

それは針の先端のように、あと少し深ければ喉元から血を吹き出すかもしれないくらいだ。そう思わせるほどに、男の思考は麻痺していた。


「もう一度聞く、いつもこんなことをしていたのか?」


「はぃぃ!!!そうです!!!

己の快楽の為に女を強姦して、死んだら野道に捨ててを繰り返していましたぁ!!!」


少年はしばし口を閉ざしたあと、剣を強く握って問いを投げた。


「———そうか、ではお前も同じ目に遭うがいい。野晒しにされ、カラスどもに喰われて無惨な最期を迎えろ。


少年は両腕両脚の血管を切断して男を引き摺り、カラスの集まるゴミ捨て場に放り投げた。


「ここのカラスは人の味を占めている。

新鮮な奴ほど食いつきがいいから早く

意識を手放した方がいいぞ?」


「ひぃぃぃ!!!」


バサバサと何回も羽ばたいてくるカラスの群れがいた。カァカァと声を上げて

ちょんちょんと近づいてくる。

黒い羽毛の感覚が、男の恐怖を頂点に登らせたのだ。


「だずげでぐでぇぇぇぇぇ!!!!!」


男の断末魔は、カラスたちの啄む音に遮られていった。少年はそんな光景を見ても表情ひとつ変えずに、背を向けて歩き出した。そして———


「あっ———」


少女の目の前に少年は立った。

ゆっくりと腰を下ろして、手を差し伸べる。薄れゆく意識の中で見た少年の表情は

凛としていた。


「君、大丈夫かい?」


「えっ……あっ……私、殺されるの?」


「君は被害者側だ。君を助けられてよかったよ。さぁ、手を取って

父さん達に事情を説明しなくちゃ」





少年の家は結構な大きさのものだった。

大豪邸みたいに大きな立地と広さがあり

庭は庭園があり、犬と猫がそれぞれ外で放し飼いされている。


「さぁ、着いたよ。ここが俺の家。君はしばらくここに住むといいよ」


「え、で、でも……」


「気にしない気にしない!

父さんにはきちんと言うって!だから、俺を信じてくれよ!ええっと……君、名前は?」


手を引っ張って自分の家を指さしたところで足りない何かを自覚した。

少年は少女の名前を聞いていなかったのだ。


「私は、レベッカ……苗字は無いの。

どこから来たのかも、覚えてないから」


苗字が初めからない、また剥奪されたという行為はこの世界では売りに出されたということに等しい。この少女も、誰かの生活のために売られてしまったのだろう。

少年の握る力が強くなり身体が震えていた。


「どうしたの?」


「ううん、気にするな!

さあおいで!俺の家族を紹介するよ!」






少年は悟られないように偽りの笑顔を浮かべてレベッカを家にあげた。


「父さん!母さん!姉さん!ただいま!」


「「「彼女ですか!?」」」


「第一声がそれかよ!?」


父は大柄だがどこか柔らかい雰囲気の男性。母は小柄で華奢な体型をしているが、身体が引き締まっている。

姉はモデル体型と言われても差し支えないほどのボディと美貌を持っている。性格は少々あれだが。


「ふーん、ルークいつの間にか女の子のお友達作ったんだぁ?ふーん?」


姉がこのこの、と肘打ちをかましてくる。

少年の名はルーク、産まれた時から風を纏い、彼は周囲から風の化け物と呼ばれた剣の使い手である。小さい頃から健の才覚を表し、大の大人でも軽くいなしてしまうのだ。


「うるさいなぁ!助けたんだよ!

悪い奴らから!姉さんお風呂入れてあげてよ。どうせ暇でしょどうせ!」


ルークは手をポンと置いて名案を出した。


「2回言うな!でも、なんだか楽しそうね!お嬢ちゃん、お名前は?」


ルークに顔を近づけて少し怒りつつも

優しい視線をレベッカに投げた。


「え、ええっと……レベッカ!

苗字は無いけど……」


「レベッカ!レベッカね!

いい名前じゃん!おいで!お姉ちゃんが身体を洗ったげよう!」


今まで暗かった少女の顔が太陽のように明るくなった。レベッカは姉の手を取って

脱衣所へ向かう。

それを、ルークと父は眺めていた。


「ルーク、風呂場に行かなくていいのか?

父さんは行くぞ?」


「いい歳してやめてくれよ」


「酷いなぁ」


そして1時間後、レベッカは姉のおさがりを身につけて脱衣所から出てきた。

全身が僅かに赤みを帯びていることから

随分長く湯船に浸かっていたのだろう。

姉も同じく、顔を少し赤くして出てきた。


「レベッカ、どうだった?

姉さん人の身体を洗う時雑だし手荒だからさ。痛くなかった?」


「ルーク?今なんて言った?」


「事実を確認したまでだよ、で、どう?」


「——————」


レベッカはルークの家族を眺めるように観察する。他人の笑顔が、こんなにも心温かくなるなんて、初めてのことだった。

だから彼女も、自然に頬が緩んでいたのかもしれない。


「ううん、お姉さん優しかったから

とっても嬉しかったよ!」


「そ、そっか……」


ルークはレベッカの眩しい笑顔に

思わず顔を赤くしてそっぽを向いた。

姉はそれを見逃さず、ルークの耳元で悪魔のように囁く


「好きになった?告っちゃえ!」


「ばっ!んなわけない!

俺はただ、心配なだけで———!」


「ははは!照れ屋さんめ!

素直にならないと後が辛いぞ!少年!」


姉の言葉で更に顔を赤くするルーク。

腕を組んで顔をむっ、とし始めた。


「ははは!若いな!いいな!

レベッカちゃん、好きなだけいていいよ!

今日からここは君の家だ!」


「私の、家———?」


「そうねぇ、妹も欲しかったから丁度いいわ」


台所から母の声がして、そんなことを言ってきた。


「私の、家族……大切な人達……」


「いい?レベッカちゃん。

お父さんとルークの部屋には行かないこと!

男の部屋は臭いのよ?」


「ルークはともかく俺は臭く無いぞ!

レベッカちゃん!いつでも遊びにおいで!

俺こう見えて手芸とか好きなんだ!

ふふふ!」


「父さん、息子をディスるのはやめてくれよなぁ……」


一つの家族が、一人の少女の凍っていた心と感情を優しく洗い流し、柔らかな温もりが包んでいく、レベッカは無意識のうちに感涙して涙を流しながら微笑んだ。


「よろしくお願いします!

お義父さん!お義母さん!お義姉さん!」


そして、レベッカはルークの手を取って


「よろしくねルーク!

さっきは助けてくれて、ありがとう!」


天使のような一番の微笑みをルークにだけ見せたのだった。

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