第83話 休息と探索
「さて、聞くことも聞き終えた。
みんな、俺たちもスアーガに向かおう」
イングラムは振り返って穏やかな微笑みを浮かべた。
「そうだね、このままじっとしているわけにいかない。レベッカさん、クレイラさん。ここからスアーガまでどれくらいの距離なのか測ってもらえますか?」
レベッカとクレイラは顔を見合わせて
ルシウスが広げた地図まで歩いてきて
二人は地図に記載されているスアーガに手を当てた。
すると、彼女手を中心に、ふわりと柔らかい光が地図全体に広がっていった。ベルフェルクを除く全員が、それを近くで眺めている。
「ここから約10キロですね。
徒歩であれば2日かかる距離です」
「ベルフェルク、何か騎乗できる動物は
いるか?」
「ケツくんが行方知れずなので、別の子を使うというのも手段の一つではありますがぁ……費用がかかりますぅ、でも背に腹は変えられませんしいいでしょー!!!」
もうやけくそだ!と言った表情でベルフェルクはカプセルを1つ地面に叩きつける様に投げた。
「おい、そんな乱暴な……」
立ち込める煙の中に浮かび上がった巨大な一つの影、けたたましいほどの大音量が森の中に響いた。
「うぉっ!?この声はまさか!?」
「お察しですかぁ、そうですかぁ!
暴君トカゲの女の子、ラノちゃんでござます!よろしくぅ!」
そこには15メートルを優に超える大型の肉食恐竜、ティラノサウルスが立っていた。褐色肌の筋骨隆々とした肉体。
大木の様な強靭な後脚と、複数人が騎乗する用の椅子もある。
「うわー!ティラノサウルスだ!」
リルルは両手を上げてジャンプするほど
興奮しているようだ。
ベルフェルクはそれに思わず鼻を鳴らし、えへんと見栄を張る。
「凄いなぁ、本物?」
「現存する遺伝子を化石上のデータに限りなく近づけた偽物なので偽物ですねぇー
でも実力は本物以上!言うことも聞きますし利口なんですぅ!さぁ、腰を下ろしてみんなを乗せて下さいねぇ!」
そうベルフェルクが頭を撫でながら言うと
ティラノサウルスは全身をゆっくりと降ろした。オレンジ色の瞳孔が一人一人騎乗するのを眺めている。
「よいしょっ!と!」
「ふぅっ」
イングラムたちは全員騎乗し終えた。
ベルフェルクはベルトを装着して
どこからかアナウンス用のマイクを取り出してバスガイドのようにトークをし始めた。
「えー、おほん。皆様この度は〜」
「早く!早く走らせてよー!おじさん話長いんだから!」
しかし、それをいち早く制したのがリルルである。空の旅に続き、陸を走ることが出来るのだから子供にとっては夢見たいな出来事なのだろう。
「えー、おじさん呼びはショックでさぁ!
もう仕方ないですなぁ!
ではしっかりシートベルトを装着して
しっかりと舌を噛まないように顎を固定して下さいねぇー!」
「「「「「お前が言うな」」」」
全員分の突っ込みが入ったところで
ティラノサウルスは立ち上がり、駆け出した。
ベルフェルクは電子媒体を起動して、目的地をナビゲートするように設定した。
まるで車を運転している時のように、曲がる方向や途中途中にあるパーキングエリアらしきものをきちんと表示してくれている。
〈喉が渇きましたら、手をあげてお知らせください。移動速度を落とし、飲食可能に致します〉
電子画面から流れる女性の声に全員従い
各々が飲みたい時にゆるゆると歩いてくれるようになった。
「すごいね!騎士様!私こんな体験お家にいたら出来なかったよ!」
「ははは、それは良かった。楽しいか?」
「うん!」
その笑顔はとても眩しいものだった。
太陽に照らされたひまわりのような
美しい笑顔は、みんなの心を穏やかにさせた。ただ、ルシウス1人を除いては————
(裏切りもの———か)
ルシウスはただ一人、青々とした空、ゆったりと動く雲を仰ぎ見ていた。
そして、リルルのあの異変のことを思い返している。
(レオンはおそらく、西暦時代に傷ついたクトゥルフを外に出さないように食い止めているに違いない。ただ、それも時間の問題だろう。現世に不満を持つ者達が名乗りを上げ、祈りを上げ続けていれば、いずれはレオンさんにも限界が来るはずだ。そうなる前にどうにかして居場所を探らなければ———)
「おい、ルシウス。どうした?」
「うん?いや、何でもないよ。
ただ、スクルドさんの言っていたことを
整理していただけさ」
イングラムの問いに、穏やかな笑みで返すルシウス。イングラムはそうか、とだけ
呟いてリルルの方へと向き直った。
(イングラムくん、君は知っているのかい?リルルが邪神と繋がっているということを)
値踏みをするルシウスの視線に
イングラムは最後まで振り返ることはなかった。
〈目的地の半分を通過いたしました。
ティラノサウルス様の心拍数が上がり続けております。休ませることを推奨致します〉
ナビゲートがティラノサウルスの身体機能を案じ、警告する。ベルフェルクはそれを聞き、降りるように指示した。
「へいナビィ、ラノちゃんの休息時間はどれくらいですかねぇ?」
〈はい、おおよそ2時間半必要になります。〉
「まあ、5時間ぶっ通しで走り続けてたし、妥当かぁ」
〈ベルフェルク様、ティラノサウルス様に休息をお与えになりますか?〉
「YES、SAR」
〈承知いたしました。では、皆さまは
ティラノサウルス様から降りて下さい。
しばらく徒歩での移動になります〉
電子音声がそう呟くと、ラノちゃんは
化石でも見つかりそうな無数の層のところで腰を下ろした。クレイラは颯爽と飛び降りて
「じゃあ、食事にしない?
食べられそうなやつ探してくるよ!」
クレイラが全員の方向へ視線を向けて
調達要員となってくれた。
「僕も一緒に行きますよ」
ルシウスはそう言いつつラノちゃんから飛び降りた。クレイラはよろしくね、と手を突き出してルシウスと拳を突き合わせた。
「では、俺はレベッカさんと共に
リルルとベルフェルクを見ておこう」
イングラムはリルルを抱えて飛び降ると
ルシウスに宣言した。
ベルフェルクは身体全身を震わせて
必死に降りようとしている。
「ひぃん」
「おい、まさか、降りれないのか?」
「ひぃぃん!!!」
「はぁ……」
イングラムはもう一度ラノちゃんに飛び乗ってベルフェルクの腰元を両腕で支える。
「あびゃびゃびゃびゃ!
くすぐってえでさぁ!!あっふぉっふぉっ!」
「ばっ!暴れるな!じっとしてろ!」
どこかの両手がハサミの宇宙人のような声をだしてジタバタし出すベルフェルクを
どうにかして持ち上げ、共に降り立った。
ベルフェルクはぽかんとしつつ、カプセルにラノちゃんを収納した。
「いやー、ありがとう。本当ありがとう!感謝感激雨嵐ぃ〜」
「あられだ」
はぁ、とイングラムは手を頭に抱えた。
「それじゃあ、行ってくるよ。
いきましょうか。クレイラさん」
「うん、行こう!」
そう言って、二人は少し歩き出して
先に見える洞窟へと入っていった。
数秒もしないうちに、ルシウスとクレイラの両名は見えなくなった。
よほど奥まで続いているのだろう。
「さて、俺たちは水の調達にでも行こうか。ベルフェルク、お前はここで待ってろ」
「はぁい。いい子いい子にして待ってまさぁ!」
ベルフェルクはどちらが先に戻ってきてもいいように、目印の役割としてこちらに待機することにした。
イングラムはリルルの手を引き、レベッカは後ろへ続くように歩き出した。
「気をつけてね〜!!!僕ぁ待ってまさぁ!」
商人顔負けの発声量と風を切る音が聞こえるくらいに彼は手をブンブン振っていた。
そして、彼らが見えなくなるのを確認するとベルフェルクはリラックス物質のみを分泌させる葉巻を取り出して加えその先端に火をつけて、紫煙を吐き出した。
「ふぅ……さて、準備するか」
にやりと笑みを浮かべた後、ベルフェルクは人知れず何かを準備し始めたのである。
「ふふふ、賑やかな人ですね。ベルフェルクさん」
「口調を除けばいいやつですよ。あいつは。昔は動物嫌いだったのに、今じゃ動物愛護団体のお偉いさんだ。人生何があるかわかりませんね」
手を振り続けるベルフェルクに視線を送りながらそう言った。
「ふふ、そうですね」
レベッカもくすり、と口元を押さえて
「ねえねえ!お姉ちゃん!騎士様!
なにか楽しい話聞かせて!」
うーん、とイングラムは片手を顎に当てて考えた。リルルの求める楽しい話など
持ち合わせているはずもない。
旧大陸に該当する心霊スポットを巡ったり
まだ見ぬUMAを探したり……
子供向けの話ではないと判断して
「ごめんな、俺は持ち合わせていないよ」
意気揚々と語り出したらどれだけの時間が
掻き消えていくかは想像にくしくない。
それに、そんな話をしたところでこのニ人が笑顔になるなんてことはないだろう。
変な顔をされて
「ドン引きです」
されるのがオチである。
両名の気分を害するわけにはいかないので
イングラムはレベッカに話を振った。
「レベッカさんは何か持ち合わせていませんか?」
「えっ!?私ですか?う〜ん、何だろうな、ルークと出会った頃の話とかどうでしょう?長くなりますけど」
「どれくらい?お姉ちゃん」
「5時間」
「うん、長い!」
がぁん!と、レベッカの顔が驚愕の色に染まる。リルルからそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
「ははは、まあいいじゃないかリルル。
俺は気になりますよ。今でもルークと同じ剣の領域を目指しているんでしょう?
ぜひ教えて下さい」
「え?そ、そうですか?じゃあ、遠慮なく」
満更でもなさそうに頬を赤らめて
ポリポリと掻き始める。
イングラムはそれを見るや否や
(あぁ、好きなんだなきっと……俺には一生理解できん感情だと思うが)
レベッカがルークに対して好意を抱いていることが表情から伺えた。
幼い頃からそういった感情が欠落している騎士は、心の中で静かに笑った。
「じゃあ、お話しするね。
なるべくかいつまんで話すから」
レベッカはそう言って、ルークとの出会いを語り始めたのだった。