第81話 神々の同盟 ギリシャ編
ソラリスギリシャ領域に煌々と輝きを放つ
巨大な城があった。
周辺には金色の稲妻が日夜止まずに落ち続け
雷雲が常に空を漂っている。
そんな城の主人が———
「アマテラス……んふふ、愛おしいな」
玉座にて雄々しく、堂々と座り足を組んで
気持ち悪い声を出しているこの男は日本神話のアマテラスの映像を天に映しながら仰ぎ見ていた。
逆立った金髪のオールバックヘアに筋骨隆々の肉体。神々しい装飾品と下半身を覆う純白の神聖な布を巻き付け、上半身は見事な肉体美と言う名の鎧を曝け出している。この男の名は 天空神であり、全知全能、ギリシャの神ゼウスである。
「よし、一発かましてくるか」
玉座から立ち上がると、背後から急激な
冷たい烈風が吹き荒れるが如し、ゼウスの
全身を押し出すように吹いた。
「はぁ……」
またか、とゼウスは顔に手を当ててため息をつく。そして、背後を見ようと踵を返すと後ろにはその正体らしきものが見当たらなかった。代わりに、彼の肩にそっと置かれた手が冷たい感触をしていたのだ。
「あ、な、た?」
「げぇっ!?ヘラ!?」
冥界の底から湧き上がるような低い声
美しい黒髪と黒目は誰もが見惚れてしまうほどの整った美貌の持ち主。あと巨乳。
彼女は神々の女王にして結婚の女神である
ヘラである。
彼女は異国の女神に対して自嘲行為を行おうとするゼウスに声をかけたのである。
ゼウスは一瞬声を荒げたが、すぐに冷静さを取り戻してヘラに向かい合った。
「なんだ、俺様は今仕事が出来た!
部屋で執務をしなくてはならないんだよ!
入っちゃダメだぞ?」
「ふふふ、うふふふふふ────そんなことを言って騙そうとしてもダメですよ?アスクレピオスから聞きました。
日本の太陽神であるアマテラスに対して
色事を行おうと画策していたとか?」
ヘラは目の笑っていない笑顔のまま肩から手を離さない。その力は一定であるものの、とても引き剥がせるものではなかった。彼はこの場にいないアスクレピオスに恨言を零した。
(ちぃ、あのバカ医者め。告げ口しやがったな!また焦がし殺されたいらしい……!)
「あらあら、そんなにアスクレピオスが
憎いんですか?彼は利口で優しいのに……
この間なんて、怪我をした聖獣を治療していたんですよ?なんて可愛らしい」
治療マニアのことばかり言ってくるヘラに
段々イラついてきたゼウスは張り裂けるような大声で言った。
「あー忙しい忙しい!手を離してくれんかなぁヘラよ!これから執務だって言ったじゃないか!」
「ご一緒します」
「却下」
その見事な剛腕で、か細い手を退けようと
力を込めるが、びくともしない。
ヘラは笑顔で執務を共にすると言ってきたが1秒も経たぬ間にゼウスはそれを拒絶した。
「いいか?俺様がこれからやることは
神聖かつ清らかな執務なのだ。
いくら妻と言えどその仕事を見ること許されん!ふんぬっ!」
「ふふふ、では姿を消します。それならば問題ないでしょう?」
「おおありだよ!お前のヘラってる視線が
槍みたいにズブズブ突き刺さって集中できないんだよぉ!気が散るの!」
「あらあら、では視線殺しの加護でも発動しましょうか……そうすれば集中出来るでしょ?ねぇ?あ・な・た?」
どうにかしてヘラを離して執務をこなしたいゼウス。しかし妻はまた浮気をするだろうと確信しているため片時も離れようとしない。
(くそっ、ただ異国の神を想って達するだけなのになんでこんなに固執されなきゃならないんだ!全く!嫉妬の女神!略して嫉神!)
どうにかできないかと思考を巡らせていると彼の視線は自然と上に向いた。
青紫色の炎がゼウスの目の前に降り立ち、
そこから1人の青年が現れたのだ。
「よぉゼウス、相変わらず円満そうじゃないか。俺も負けちゃいないが!」
「どこがだよ!というか、冥界からわざわざ来るなんて何かあったのかハデス」
ウルフカットの髪は金色に煌いていて、その肉体は美しく、白い肌を際立たせていた。彼はゼウスの兄で冥府の王ハデスである。
「お前、何のために神々の王をやってんだよ。人間たちのいる下界を見てみろ。
やばいことになってんぜ?」
ハデスは呆れながら足元に映像を映し出した。ギリシャの人々は恐れ慄きながら
何かから逃げているようだった。
「うん……?ただの自然災害だろう?だのにお前がわざわざ俺様のとこに出向いてるんだ?」
「はぁ、尋常じゃねえ数の魂が俺たちんとこに来てんだよ。10000なんて生易しい数じゃねえ。兆単位だ兆単位!人間や地上の動物合わせてその数だ!おかしいと思わねえのかよ!」
ハデスはやれやれといった感じで顔に手を当てて激昂した。思わず目を見開いたゼウスは映像の範囲を拡大させる。
「あれは……!外なる神の尖兵!我が物顔で蹂躙している!ふざけやがってぇ、俺様の可愛い子孫や末裔達を……!」
ゼウスはギリギリと奥歯を噛み締め、
爪が食い込むほど強く拳を握った。
「赦せん!俺様の稲妻ぶち込んでやる!」
「だぁっ!待て待てゼウス!いくらお前でも闇雲に打てばその子孫とやらを殺しちまうぞ!落ち着け!」
腕を伸ばして5本の指が金色に光り始めたのを兄ハデスが制止した。
「……むぅ、そうだな。冷静にならないと、深呼吸深呼吸。ぜぇぜぇ」
「息切れしてどうする」
と、そこへ北欧領域からやってきたスクルドが降り立った。
「ゼウス様、ヘラ様!緊急事態につき我が主人オーディン様の使いにより参りました。スクルドと申します」
スクルドはハデスより一歩下がって降り立ち頭を下げて腰を下ろした。
「顔を上げろスクルド。まずは話を聞かせてもらおうか」
ゼウスはそう言って彼女が顔を上げるのを待った。そして、スクルドの美貌はゼウスの目に叶ったらしく妻ヘラに気付かれない程度に口角を上げた。
「よし、ここじゃなんだし俺様の部屋に来ない?お茶出すよ?」
「あ、な、た?」
肩に置かれている手の力がより増した気がした。耳の中でミチミチと何かが砕けそうな音が聞こえてくる。
「お、おほん。そして、何用かな?エッチしにきたの?」
「いえ、そんな破廉恥なことではございません。単刀直入に申し上げます。
我が主人オーディン様と同盟を結んで欲しいのです!」
スクルドは心に湧き上がる殺意を抑え込んで顔をもう一度下ろし、叫んだ。
しかしゼウスは顎に手を置くだけだった。
「へぇ、あのオーディンがね。よほどやばい事態と見た。ゼウス……この話、受けておいた方がいいと思うぜ。このまま放っておけば被害はギリシャだけにゃ収まらねえ、世界中の生物が死に絶えちまうだろう。時間はあまりないぞ」
「確かに、あのオーディンが同盟相手なら
何割かはマシになるだろうな。だが、アレスやアテナを呼んで、それではい終わり、とならないだろうな」
ゼウスは現実的な言葉で状況を淡々と述べた。ギリシャ側の戦いの神々を送ったとて
勝てる見込みは薄いと。
「そこはご安心下さい。我が姉二人がスサノオ様のいる日本領域、ヴィシュヌ様のいるインド領域にて盟を組んだことに成功したとの報告が届いています」
「あいつらも動き出したのか。ということは、今回はうんと酷いことになりそうだな……」
「ゼウス様、どうかご決断下さい!
もはや地上に残された時間は限られております!このままでは————!」
「ゼウス、モタモタしている暇はねえ。
冥界が溢れかえっちまったらお前の責任だからな」
「うーむ、仕方ない!スクルド!オーディンと盟を結ぶ交換条件だ!」
スクルドは全身が凍りついて固まったように動かなくなった。それでも、彼女は口から言葉を発する。
「な、なんでしょうか」
「エッチさせてくんない?」
ニヤついているゼウスの貌が容易に浮かぶ。が、スクルドは決して顔を上げない。
「お断りします!」
精一杯の言葉で、全知全能の神の言葉を
一蹴した。ちぇっ、と言う悲しげな声とクスクスと嘲笑うヘラの声が聞こえた。
そして———
「あなた、子供たちも動かしては?
特にヘラクレスは十二の試練を越えた
猛者です。尖兵どもを蹴散らすには充分でしょう?」
「お前のヘラクレス嫌いは分かっているが
それは却下だ。あいつには俺たちの後事を託したいからな」
ヘラはようやくゼウスの肩から手を離した。それはまるで、落胆したかのようだったが夫であるゼウスは最後まで何も言わなかった。彼自身は覚悟を決めていたのである。
「さて、スクルド。余興はこれくらいで、我々ギリシャはオーディンとの同盟を組む事にする。急ぎ伝えてきてくれないか?」
神々の王らしさをその身から放ちながら
凛とした、堂々とした言動でスクルドに
そう伝えた。
「ありがたきお言葉です。
では、失礼いたします!」
スクルドはそう言うと、即座に光となって北欧領域へと戻っていった。
「よし、そんじゃあゼウス。俺は北欧のヘルと会話してくる。あいつなら私情を挟まんだろうからな」
「わかった。そっちは頼んだぞ。ハデス」
おう、とハデスは拳を握りゼウスたちに見えるように小さくガッツポーズをしたあと
冥界の炎に包まれて彼方へと消えていった。そして、妻と夫の二人だけとなり
その場には静寂が訪れた。
「あなた、なぜです?生きて帰ると言う絶対の自信はとうの昔に置いてきたというのですか?」
「いいや、そうじゃないさ。いいかヘラ、人間だけじゃなく、神にだって万が一の事は起こり得るのさ。だからこそ、ヘラクレスたちには後のことを任せたい。今回だけは、俺の我儘を聞いてくれ。頼む」
「———」
ヘラは出会った頃の英雄であったときのゼウスを思い浮かべていた。
若々しくも雄々しい彼はヘラの気を自分へと向けるよう創意工夫を凝らしていた。
そんな彼に心打たれ、愛すると決めたのである。
「わかり、ました。あなた、どうか御武運を」
「……ふふ、ありがとうヘラ。さて、俺はオーディンたちの元へ向かわなければならない。その手を、離してくれないか?痛いんだけど、めっちゃ」
「私も共に行きますよ。いつも一緒です」
そのヘラの笑顔に殺意はなく
ただ純粋の夫を思う妻の顔そのものだった。ゼウスは思わず顔を赤らめて髪の毛を掻き
「しょうがねえなぁ、一緒に来いよ」
「はい」
こうして、北欧、日本、インド、ギリシャの神々が一堂に会することになるのであった。




