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第78話「ノルンの三女神」

「ウルズ……!じゃあまさか、貴女はお二人の姉君ですか!?」


「———」


イングラムが驚愕して赤子に視線を投げた。それまでの笑顔はそこには無く、真顔のままクレイラの顔に胸を埋めている。


「姉さん!」


「長女!どうしてイングラムたちといるのよ!」


「———」


答えたくないというように、ウルズと呼ばれたその子は頭を埋め続けたまま首を左右に振る。


「イングラムくん、この方々は一体?」


状況を見かねたルシウスは事情を知っているであろうイングラムに質問を投げる。


「あぁ……じゃあ説明しよう。

まず、こちらの方が森の王国ファクシーを治める皇女であり、未来を司る女神のスクルド様。その隣にいるリルルと近い背丈をしている方が現在を司るヴェルザンディ様だ。そして、今クレイラが抱いているのが

9割9部過去を司るウルズ様だな……」


「ふむ、君は神と知己だったというわけだね。これは驚いた」


ルシウスは両腕を組んで顎に手を置いて納得した。木を背にしているベルフェルクは遠くから値踏みするような視線を投げつけていし、リルルは首を傾げていて、レベッカはまだ向こうで頭を抱えている。


「あのぉ〜、レベッカさん!そろそろ戻ってきてください!今割と凄い状況になってるんで!」


「はぁい……」


ルシウスの言葉に反応して身体を起こし

トボトボと歩いてくるレベッカは

三人を視線に入れると目を見開き、口に手を当てて驚いた。


「わぁ、美しいですね……!まるで女神みたいな」


「いえ、正真正銘の女神なんですが———」


「説明してもらうわよイングラム。

なんでアンタとその仲間達がいて長女を抱っこしてるの?」


レベッカの到着を待たずして痺れを切らしたのであろうヴェルザンディはきつめの口調でそう問いただしてきた。


「わかりました。理由をお話しします」


イングラムはニ日前のこの小さなウルズと

出会った事を説明した。今思い返してみれば、あの時、ウルズは狼を威圧していたのだろう。そして、その間はぐずったり泣いたりする事なく、超人的な回復魔法を使役していたこと。イングラムとクレイラは赤ん坊の家族と仲間を探しながらスアーガを目指していたことも伝えた。


「ふぅん、じゃあ故意に誘拐したわけじゃないんだ」


「いえ、誘拐したというか保護したというのが正しいです。我々はこの子に何もしてませんよ」


ヴェルザンディは腕を組みながら、訝しげな表情を浮かべイングラムを睥睨している。未だ疑われているのだろうか。

イングラムはむぅ、と小さく声を漏らす。

すると


「イングラム、それにみんな。

迷惑をかけてごめんなさい!

姉さんはそんな状態だから遊び盛りになってしまったんだと思うの。私達に免じて許してはもらえないかしら、この通りよ!」


スクルドは一歩前に出て、頭を下げて謝罪した。イングラムは頭を上げて欲しい皆を伝えるが、彼女はそのまま言葉を紡ぎ続けた。


「あれから、ヴェルザンディ姉さんの治療にばかり当たっていたから、きっと機嫌を損ねてしまったと思うの。だからソラリスから姿を消して……本当にごめんなさい!」


「いえ、顔を上げてくださいスクルド様。ヴェルザンディ様がご快癒されたのならば、俺としても嬉しい限りです。

だから気にしないでください」


「あの時、あんたたちが三女を助けてくれた事には感謝しているの。あんたのその好意も今は素直に受け取ってあげるわ。

それで、その功績者のアデルバートはどこにいるのよ、直接礼を言いたいのだけど」


ヴェルザンディは少し顔を伏せながら

デレたような発言をして、周囲を見渡すが

当人の姿がないのを見ると、イングラムに

どういうことなのかと視線を投げた。


「アデルはあの後、死んだかと思われていましたが、どこかで生存しているとそこにいるルシウスから教えてもらいました。

ルークもきっと、何処かで生きているはずです。俺たちは彼らを探しながら旅をしているんです」


「ふぅん……まあ、ルークも頑張っていたようだし、礼を言ってあげないこともないわ。でもその前に———」


ヴェルザンディはルーンを用いてウルズを宙に浮かばせてスクルドの胸元に移動させた。スクルドはこの時、ちょうど顔を上げたところだったのだ。


「長女は返してもらうわよ」


「オギャバブエエエエエエアアアッ!」


今の今まで暴れ出さなかったウルズが

まるでじゃじゃ馬のように全身をがむしゃらに動かしてスクルドの腕の中から抜け出そうともがき出した。


「痛っ!姉さん暴れないで!お願いだから!遊んであげられなかったのは本当にごめんなさい!だから暴れないで!」


「長女ったら、全く、心まで赤子に戻ったのかしら———」


ウルズはぴたりと動きを止めて、ゆっくりとホラー映画のゾンビのように振り返って赤いエネルギーを人差し指に集約させヴェルザンディの頬に撃ち込んだ。


「あっつ!!!!???」


右の頬を押さえながら5メートルくらい飛ぶとヴェルザンディは凄まじい鬼の形相で

ウルズを睨みつけた。


「フッ———」


だせえな、とでも言うようにウルズは鼻を鳴らして馬鹿にするように笑った。もう次女は怒り出して実の姉の首根っこを掴んで


「いつまでも勝ちが揺らがないと思ったら大間違いよ?長女?」


「ダ?」


メンチを切るような表情でウルズはヴェルザンディを睨みつける。

そして、二人は宙に浮かび始めた。

そよ風が強風に変わって、バチバチとスパークするような激しい闘気を放出させていた。


「ギブアップなし、気を失わせた時点で相手の勝ち、文句はない?」


「ダァ」


「ふん、百戦錬磨の長女を、ついにぶちのめせる日が来るとは思わなかったわ。

覚悟なさい!」


姉妹は空中の中間地点で激突した。

視覚には捉えられない超高速の激闘が

今開始された。


「はぁ、こうなると止まらないわね……」


スクルドは額に手を当てて深々と溜息を吐いた。イングラムは横に立って、スクルドに視線を向けた。


「スクルド様、今から大切な事をお聞きします。お答えいただきたい」


スクルドは後ろに全員が集まっている事を

察知した。そして、イングラムのその表情を伺うと彼女は何かを察したように、全員の方を向いた。


「いいわ、質問してちょうだい。

答えられる範囲で答えるわ」


「ではスリーサイズをぉ!」


そう発言したベルフェルクをクレイラの手刀が沈めた。ナイスである。


「ええと、X型で、胸のサイズは———」


「おほん!スクルド様!」


スクルドははっとしたように顎から手を離した。イングラムは天然な彼女のことを少し案じる。


「さて、次の質問はあるかしら?」


「次は私からいいかな、スクルドさん」


クレイラは右手を小さく上げて前に出て

スクルドへ声をかけた。

その声はとても弱々しく、不安に包まれているような感じだった。


「……レオンのこと?」


スクルドのその言葉に全員が驚愕の色に染まる。スクルドからまさか探している人間の名が出てくるとは誰も思わなかったのである。


「なぜ、スクルド様がレオンさんのことを!?」


「ごめんなさいイングラム。

私は彼のことを知っていた、あなたの目的も、全部始祖オーディン様から聞いていたのよ」


ルシウスが腕を組みながらスクルドに問いを投げる。


「始祖オーディン……北欧神話の祖と言われるグングニルの使い手でしたか、では貴女はその方の部下なのですね?」


「ええ、そうよ。半神の私を快く受け入れてくれたの。私は地上人の父の国を治めるて一度暗殺されてその生涯を終え、長い年月をかけて今一度地球に降り立つことができたの。ファクシーを治め始めたのはその頃からよ」


「……なるほど、そのような経緯があったのですね。教えていただきありがとうございました」


「いいえ、いいのよ、気にしないでちょうだい?私は人間を見定めるように頼まれた身だから、悪しき者であれば神罰を下し

そうでなければ交流し、人という存在を知ろうとしていたの。だから、最初にあなたたちと出会えたのは幸運だったし、なにより、嬉しかった」


スクルドは全員に笑顔を向ける。

とても穏やかだったその表情はその場にいた姉達以外全員の緊張を解いた。


「では、今度は俺からよろしいですか?

スクルド様」


「イングラム……!ええ、もちろんよ!」


イングラムは一歩前に出て突き刺すような鋭い視線を見せた。それでも、スクルドは目を逸らすことなくただ静かに頷いてくれた。


「大厄災について……教えてください!

我々には真相を知る理由があります!」


「……その理由を、聞かせてもらっても

いいかしら?」


イングラムは力強く頷き

口を開き始めた。


「俺の、俺たちの先輩であるレオンさんが

その厄災の元凶をたった独りで抑え込んでいるんです。かつての西暦を、かつてあったとされる旧大陸を深い海に沈めたその正体を、俺たちに教えてもらえませんか?俺たちは、レオンさんを助けたいんです!」


(……レオン、な。なるほど名前は聞いていたけれど、まさか本当に———)


イングラムたちの瞳には強い意思が宿っている。スクルドはその想いを感じ取った後に優しく微笑むと言葉を紡いだ。


「そこまで覚悟があるなら、いいわ。

話しましょう。これから話すことは全て

嘘偽りのない真実。地球人類が決して語ることのなかった運命と世紀の大事件。

西暦の人々が畏れたある邪神と、人々が信じた神々の戦いの、その物語を———」


精神を研ぎ澄ませたスクルドはまるで昨日のことの出来事のように、その運命の日を語り始めたのだった。

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