表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/171

第77話「 集合する仲間、保護者現る」

イングラムとクレイラは自然に形成された

道をゆったりと歩いていた。

急ぐとこの幼い赤ん坊が上下に激しく揺れてしまうためである。


「これじゃあ合流どころじゃないね……

ほぅら蝶々さんですよぉ〜」


「ダァ〜」


赤ん坊は伸び伸びと手を伸ばして

蝶々を捕まえようと手を握っては広げを

繰り返す。捕まる寸前で、クレイラがひょいと少し動かすものだからなかなか捕まえられない。それでも、この子は怒るそぶりすら見せずに今を楽しんでいた。


そして、問題はイングラムである。

急ぎたいのは山々なのだが、状況が状況だ。イングラムはどうすることもできなくて走ることすらせず、通常より遅い速度で歩いているのだから。


いくら受け答えできるからといって体質は赤ん坊そのものだ、下手をすれば首が逝く。


「うーむ、このままでは昼どころか夜中になっても街に着かんかもしれんな。

参ったなあ」


「2日もフラフラして一向に家が見えないのも変だよね……うーん、レベッカさえいればなぁ」


レベッカがいれば地図を用いてどこに何があるかを把握できるのだが、彼女は今ここにはいない。有効な打開策のないまま、当てのない旅を続けていた。


それにしても、民家の一つ、人の影一つ見当たらないというのは、どういうことなのだろう。イングラムはクレイラと顔を見合わせる。


「敵の術中だと思うか?」


「否定は出来ないね、動物や虫たちはいるけど、人の気配がないのはなぁ……

あ、ほーら!高い高い!」


「キャーッキャッ!!!」


クレイラは両手で抱き抱えるのをやめて

両脇に手を添えて高い高いをしてやった。

赤ん坊は笑顔で喜んだ。


「ふふ、可愛いなぁ……!

そぅれ飛行機だ!ビューン!」


ジェット飛行機の様に顔を全面に出して

クレイラは縦横無尽に赤ん坊を動かした。


「おい、あまりハメを外し過ぎるなよ。

その子の親に知られたら殺されるぞ?」


「心配しないで、イングラム。

この子と2日間一緒にいてわかったことがあるよ」


「うん?」


何か有益な情報か、この子の親のことについてなのだろうか、イングラムは真剣な眼差しでクレイラを見た。


「それは、すごく可愛いってこと!

そぉれシーソーごっこー!ぎっこんばっこん!」


「キャッキャ!」


「はぁ……」


やれやれ、そんなことだろうと思った。

イングラムは顔全面にそう出した。

だがクレイラはそんなことに気づくこともなく赤ん坊を色々な方法で楽しませている。

しかし、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。


「おいクレイラ、交代だ。

そろそろ腕が疲れてきたんじゃないのか?」


「むむ、まだいけるけど、そうだね。

落とさない内に交代しておこうかな?

お願いしてもいい?」


「ふっ、もちろんだ。

さぁおいでぇー!」


赤ん坊は交代だと理解しているのだろう。

笑顔のままイングラムに両手を伸ばしてくる。これまでいっさいぐずることも泣き出すこともないこの赤ん坊は、常に表情を笑顔で固定しているような状態だった。

いや、一度薔薇子と言った時に阿修羅に変わったくらいか。


「キャーッ」


「よいしょ、物分かりのいい赤ん坊は俺も好ましい。全員こんな風に育ってくれれば良いんだが」


イングラムは赤ん坊のお尻辺りに左腕を回す様に置いて落ちない様に固定する。

そして、右腕は首と頭を支える様に添える。


「そうだね、意思疎通がこの歳で取れれば

後々苦労しなくていいもの」


「むしろ苦労するのは自我が芽生えてからだろう。全く面倒なことこの上ない」


イングラムは遠い親戚の子供たちの生意気な顔を思い返していた。鼻をつまみながら強烈な悪臭を放ち走ってくる男、スズメバチを手に取ってお花を摘み取った様な表情で、「大事にしてね」と言われ刺されかけたこと。どれも碌な思い出ではない。


「実はイングラム、お父さんだったりする?」


「んなわけあるか!

この歳で父親など、ありえん!」


「えー、面倒見良さそうなのになぁ」


覗き込むように上目遣いで視線を投げてくる。それに動じることもなく、イングラムは首を横に振る。


「やめだやめ、こんな話をしている暇はない。早くルシウスたちを見つけなければいけないんだぞ?」


「わかってるって。さぁ、まだまだ先は長いよ!慌てず騒がず、ゆっくりいこ———」


言い終えかけた瞬間、音速で落下してくる

物にクレイラは押し潰されてしまった。

そしてその正体は、人であることがすぐにわかった。


「誰だ!?保護者か!?」


「いててえ」


その声で、すぐに知人であることがわかった。イングラムは数歩前に出て、その姿を認識すると、思わず声を上げてしまった。


「ベルフェルク!?

なんでお前上から……!あっ!」


「あぁ、なんか柔らかいものが僕のお尻に当たってるぅ、暖けえですぅ!

顔埋めてえ!!!」


クレイラがうつ伏せになってビクビクしているのをいいことに、ベルフェルクは這いつくばる様な体勢と破廉恥が顔に取り憑いたような表情を浮かべてクレイラのその見事な肉体美に埋もれんと———


「やめろ!!!ベルフェルク!!!」


「ダァ!」


赤ん坊は人差し指を立てて、そこから薄い桃色のレーザーのような光線を発射した。

それを浴びたベルフェルクの全身はその色と同じ膜のようなものが張られて、そして

彼の動きは止まった。


「あ、れ……?

身体が動かないんですけどもぉ……!」


そう呟くと、彼の身体は宙に浮かび

近くにあった藁の茂みへと投げ飛ばされた。イングラムはその光景を、どこかで見た様な気がした。デジャヴというのだろうか。


(この感じは、スクルド様と同じ

神性か!?)


「キャッキャ!」


新しく興味の惹かれるおもちゃに出会った時の様に満面の笑みを溢す赤ん坊。

イングラムが思考を巡らせていると、上空から女性の叫び声が聞こえた。

この声は、レベッカの物だった。

即座に視線を上に送ると、太陽を背に落ちてくるレベッカがそこにはいた。


(まずい!この子だけでも————!)


イングラムは即座に判断し前面に両手を限界まで伸ばす。そして———


「オフトゥン!!」


レベッカの落下の衝撃に耐えられず

地面にめり込んでしまった。

砂塵が黒煙の如く巻き上がりクレーターが

出来る。よほどの凄まじい威力だったのだろう。だが、イングラムの事前の行動が功を奏して赤ん坊は無事だった。


(よ、よかった……)


「イングラムさん!?大丈夫ですか!?

あぁ!本当に申し訳ないことを———」


慌てふためくレベッカはイングラムに何度も頭を下げて謝罪した。

悪意はないこと、瞬間移動した矢先に

探知で移動した矢先に真下に彼らがいたことがわかった時にはもう遅かったこと、故意であれど重傷を負わせてしまったこと。改めて思い返すとレベッカは顔を赤らめて木の隅っこで頭を抱え始めた。


(体重落とした方がいいかなぁ……

重かったろうなぁ……うう〜)


「いてて、イングラム!大丈夫?

薔薇子は!?」


「大丈夫だ、問題ないよ。

この子は無事だ」


クレイラは気絶から立ち直るとすぐ立ち上がってイングラムの方へ駆け出す。

そして彼は腹の底から絞り出す様な声を出しながら腕を限界まで伸ばしていた。

クレイラは慌てて赤子を受け取り、抱き上げた。


「よーしよし、怖かったねぇ。

高い高いから落下は衝撃だねぇ!びっくりしたねぇ、よしよしー」


赤ん坊は驚いて泣くこともせずに

イングラムを指指してクレイラを見た。

彼女は何かを伝えたいのだろうと思って

近づけてやった。赤ん坊はイングラムの後頭部に触れると緑色の小さな光を放出させて、イングラムの全身に降りかかった全身全霊の落下の必殺にも等しいダメージを

瞬く間に快癒させた。


(これは、治癒能力……!?

やはりこの子は神に類する存在なのか!)


ぐらりと音を立てながら、のめり込んだクレーターの中から顔を出して、まるで崖を手でクライミングで最後の崖を掴んで登り切ったような表情を浮かべて立ち上がった。


「はぁ、はぁ……ありがとう。

助かったよ」


赤ん坊はにんまりと微笑んでその小さい手でイングラムの手を撫で始めた。

これではまるで立場が逆だろうが、今は素直に撫でられてもいいだろう。

なんだか、安心する。 


「あー!騎士様!」


「クレイラさん!ここに居たんですね!」


そして、また聴き慣れた声が耳に届いた。

疑いようのないその声の持ち主は、リルルとルシウス、どちらも長い期間行動を共にしてきた者たち同士だった。


先程まで気配がなかったので、恐らくは

熱源探知で探ってきたのだろう。

リルルは腰元に抱きついてくると眩しい笑顔を浮かべた。そして———


「……?騎士様、その赤ちゃんはだぁれ?

騎士様の子?」


「えっ」


「いやはやー、僕ぁ驚きましたぁ!

イングラムくん、結構ヤリ手でござますねぇ!ふぅっ!ふぅふぅ!」


あれだけ勢いよく吹き飛ばされたにも関わらずベルフェルクはケロっとしていた。

彼は左右にステップしながらタンバリンを叩く様ににやにやしながらクレイラとイングラムを交互に見る。


「えへへ……実はこの間仕込まれ———」


「ちがわい!んなことするか!!!!

クレイラ!変なことを言うんじゃありません!リルルが覚えたらどうするんだ!」


わざとらしく頬を赤らめてもじもじする

クレイラの言葉を遮る様にイングラムは

声を荒げた。この2日間、そんないかがわしいことは全くしていないし、そもそも興味がないし、そもそもそういう気分にすら至っていなっていない。


「ははは、ベルフェルクくん。

イングラムくんが怒るからそこまでにしておいた方がいい。

それに、その子はどうやら普通の子じゃないらしい……うっ」


ルシウスは突然に膝をついて

片手で両眼を抑え、苦しむように声を出した。


「ルシウス!!!」


「心配ない、千里眼の後遺症さ。

すぐに、平気に————」


イングラムが声を荒げた。

クレイラはイングラムの思考を読み取ったように駆け出して、赤ん坊に問いを投げた。


「ねぇ、もう薔薇子って呼ばないから

彼を治してあげてくれないかな?

お願い!」


赤ん坊はにっこりと微笑んで首を縦に振った。そして、真っ直ぐにルシウスの方へと指を向けて淡い緑色の光を纏い始めた。


「さあ、ルシウス、手を離して?」


「う……あぁ……」


ルシウスの目は酷く充血しており、そこから血液が滴り落ちていた。


「ダァ———!」


赤ん坊はルシウスの両眼を両手で覆うようにして置くと、目の後遺症はすぐに回復した。ルシウスは目をゆっくりと開き、周囲を見渡す。驚いているようだった。


「なるほど、ただの治癒能力じゃないらしい。もしかして、君は———」


〈三女!居たわよ!誘拐犯!〉


〈待って姉さん!彼らはもしかして、イングラム達じゃない?〉


天空から大声が響き、一同は空を見上げた。そこには空から螺旋を描いて降下してくる二つの影があった。


一つは物凄いスピードで

落ちてくるように迫ってくる。


「この声は、ヴェルザンディ様と

スクルド様!?」


〈問答無用!誘拐犯死すべし!

慈悲はない!〉


イングラムがこの名を呼び終えると同時に

クレイラに向かってあのバスターブレードを振り下ろさんとしていたヴェルザンディの姿があった。


「あぁっ!クレイラお姉ちゃんが!」


イングラムが槍を顕現させたとしても

僅かに間に合わない。

クレイラは赤子を守るように片腕を前に突き出した。

そして、バスターブレードが振り下ろされた瞬間、土気色の壁が出現しその一撃を防いだのだ。


「えっ……!?」


驚きはクレイラ本人のものだった。

が、当人たちは気付いてはいなかった。

それを出現させたのはベルフェルクだったということに。


「————っ!

防がれた!?馬鹿な!」


「姉さん!やめて!イングラムたちよ!」


遅れてもう一つの影がヴェルザンディのバスターブレードを取り上げた。

焦りの顔を見せて、額には汗を大量にかいている。


「……なぁんだ、あんたたちだったの。

誘拐犯」


「はい???」


「姉さん待って!何か事情があるはずよ!」


二人が降り立った瞬間赤ん坊の表情は一変し、真顔になっていた。


「探したわよ……」


「ウルズ姉さん、無事でよかった!」


スクルドは安堵したような表情を浮かべて

クレイラに抱かれている赤子に向かって

ウルズと名をかけたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ