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第75話「空から来たる遣い」

「ふわぁぁ……おはようございます」


ガチャリと扉を開けながらそう呟くレベッカの声が聞こえてきた。

ベルフェルクは瞳を閉じたまま腕を枕代わりにし、足を組んでそのままじっとしている。


「って……えっ!?何があったんですか!?辺り一面酷いことになってるじゃないですか!」


レベッカは眠気が覚めるほどの衝撃の光景を目に収めてしまった。

自分たちのいる家の半径数メートル内の外側は血やら敵の痕やらで染まっていた。

死臭や手榴弾が放った火薬の匂いなどは

風が全てどこかへと飛ばしたため、それだけは気づけなかったようだが。


「んぁ……おはざますぅ……

その調子だとよく眠れたようでぇ……

んっー!!!!!」


ベルフェルクは今目を覚ました。

彼は眠い目を僅かにあけ、レベッカに視線を移すと、すぐにうーんと大きな伸びをした。


「いや、あいさつどころではないでしょう?

一体何があったんです?」


「え?たくさんの怪物が襲ってきたので

僕を守ってくれるお友達を地面から召喚してズドンと倒してもらいましたぁ!

いやぁ、強い強い!」


ベルフェルクが手に持っていたのは【戦闘用】と記入されたシールが貼られていたカプセルをヒラヒラと泳がせるようにしてレベッカの視線をそれに移動させた。


「それって、機密事項のやつです?」


「ううーん?いいえー?

違いますよぉ?調達用と同じく販売されてるやつですよぉ?ちょいと高いけれどもぉ

買います?」


ヒラヒラとカプセルをチラつかせては

表情を豊かに変えていくレベッカを見つつ

心の底で愉しんでいた。


「いえ、いえいえ!結構です!

いくらするかわからないし!」


「あははぁ、まあまだ開店前なので商売は

しないんでぇ、スアーガに着いたら開店しましょうかねぇ……ふんがぁぁぁ」


ベルフェルクは再び両腕を上げて欠伸をするとゆっくりと瞼を閉じてぐぉぉー、とやかましい寝息を立て始めた。

周囲の鳥や動物たちが一目散に逃げ出し、

緩やかだった川の流れが激流になってしまうほど、その影響は凄まじかったのだ。


「うわ、うるさっ!」


そんな人外じみた音量を少しでも遮断するためにレベッカは家の中に避難する。

ドアを閉めると、その音は嘘のようにピタリと止まった。

この家の防音性能は、たとえ旧式であろうとも効果は抜群のものらしい。

彼女は胸を撫で下ろして安堵する。


(でも、もしかしてあそこでずっと私を

守ってくれていたのかな……?

看病の時の恩返し……?)


扉の前でそんなことを思う。

自分が2日間飲まず食わず休まずの看病を続けていたから、その恩を返す為にベルフェルクは今回家の外にいたのではないか。と、しかも、カプセル込みとはいえ家を守る為にいつ襲撃があるかもわからない状態で眠らず休まず戦っていたのだろう。


「あとできちんとお礼を言わなきゃ……

あ、朝食の支度をしないと……!」


レベッカは感謝の念を胸のうちに留めながら台所へと歩いて行った。

ささやかではあるが、朝食をご馳走して

美味しいと笑ってもらおう。

少なくとも、それくらいはしておかなければ自分の気が済まない。


「よし……!」


彼女は小さくガッツポーズをすると

頭の中に健康的なメニューを思い浮かべてながら、エプロンを着て包丁をくるりと回し

品出し棚の中からたくさんの野菜を取り出してリズミカルに野菜を刻み始めたのだった。





「ぐぉぉぉぉぉ!!!!!」


ベルフェルクは相変わらず大きな雄叫びのようないびきをかいていた。

だがそれは、彼の眼前を覆う影とそれを打ち消す声によって遮られることになる。


〈目を覚ませ。

ベルフェルク・ホワード〉


「——————久しぶりだな

ご主人殿のご体調はどうかな?」


ベルフェルクは目を開けず、声のする方向へ問いを投げた。

小さく羽ばたく音を聞いた彼は、穏やかな笑みを浮かべながら深呼吸する。


〈いや、案ずることはない。

我らが主人はまだご健在だ〉


ベルフェルクは目を見開いて身体を起こすとその言葉を発しているであろう2羽のカラスを両手の中指に止まらせた。

一方は青に近い黒い体毛をと赤い目を持つ

フギン。

もう一方は灰色に近い黒の体毛を持ち紫色の目を持つムニン。彼らは北欧神話のオーディンの忠実な神鴉なのである。


「それはなにより、かの神にに死なれたらそれこそそちらの作戦がパァだからな」


〈ベルフェルク、早くスワーガに迎え。

このようなところで油を売っている場合ではないのだぞ〉


「わかってるフギン。しかし、仲間と逸れてちめな、今探している最中なんだ。

俺は嫌だが、あいつらと合流しなくては」


フギンと呼ばれた赤目のカラスは目を細めて言葉を紡ぐ。


〈奴らを軽く凌ぐほど力があっても、その仲間を頼るというのか?〉


「頼る?まさか、利用させてもらうまでだよ。俺は仕事をするためにあそこにいくんだ。あいつらの用事なんぞ知ったことじゃあない」


〈なるほどな。その家の中にいる者もその仲間の一人か、だが悠長にしている暇はないぞ。あの紅蓮の騎士という奴ら、スアーガに向かう手筈を整えているようだ〉


ムニンは家の方向に首だけを向けて見つめ

て不吉な言葉を呟いた。

変わらずにへらへらとしていたベルフェルクがその単語が出た矢先に鋭い眼差しになった。顎に手を当て、スアーガにこれから起こるであろう惨劇を予測する。


「かの獅子王といえど、昔に比べれば弱くなっている。付け入れられればいくらなんでも致命傷は免れないな──おっと、そうだった」


ベルフェルクは手をポンと置いて

何かを思いついたようにして声を荒げた。

そして、ムニンとフギンの肩部分を摘んで

不敵に笑う。


「ひとつ頼みがあるんだが、構わないか?」


〈ふむ、何か案があるのだな?

聞こう、可能であるならば手伝わせてくれ〉


「そうか、それじゃあ教えるが———」






ベルフェルクは思いついた案と策を事細かに伝え、2羽の表情を伺った。


〈———わかった。

そっちはお前たちに任せるぞ。ベルフェルク〉


その返答と表情に安堵し、彼はポケットから交渉用のブツを取り出してそれを割ってみせた。


「交渉成立。ほい、これクルミ。質がよくて美味しい奴だ。分けて食えよ」


ベルフェルクは割りたての美味しいクルミをムニンとフギンに分け与えた。

2羽はベルフェルクを少し見たあと、

その羽を羽ばたかせて空へと昇っていった。


〈近い内にまた会おう。ベルフェルク・ホワード〉


「おう、お前らも死ぬなよ」


ベルフェルクは紳士的なポーズを交えつつ

お辞儀をした。羽ばたく音が消えるまで。


「さてと、仕込みも終えたことだし……

中の女が顔を出すのを待つか」


パタン、と扉が開く音がする。

それと同時に、ベルフェルクの鼻腔を

幸福の香りが包み込んでいった。

レベッカが朝食を持ってきたことを匂いで察知すると、彼はいつものひょうひょうとした言葉で振り返った。


「ほぁ、そういえやぁ朝ごはんまだでござましたねぇ!レベッカさんもしかして作ってくださったでござますかぁ!?」


「あ、はい……!

お待たせして申し訳ありませんでした!

中でご一緒しませんか?」


「へへへぇ!もちろんでさぁ!」


ベルフェルクはうさぎのようにぴょんぴょん跳ねて、家の中へと入っていく。

レベッカは嬉しそうに微笑みを浮かべながら、扉を閉めた。







外にいたベルフェルクはまずはその身を

シャワーで洗い流し、全身を清らかにしたのちしっかりとタオルで全身を拭き、新たな洋服に着替えた。

そして手を洗う様に施された彼は綺麗に保たれた洗面台に立ち、顔と手を洗い、喉をうがいして清める。

シャワー室で全部すんだのでは?

と思っているレベッカだが、これは気持ちだ。少しでも清らかな状態で誰かが手を込んで作ってくれた朝食をいただきたい。

今の今まで生の馬肉とそこら辺の雑草を食べてきた彼にとって、久しく食欲をそそられる

匂いがそこにはあったのだ。


「うほぁ、美味しそう!!!」


食卓に並べられたものは、量は僅かでありながらもどれも品目が豊富な野菜とお肉ばかりであった。


トマトとパプリカの洋風サラダ

ブロッコリーとカリフラワーの温野菜

ひき肉と大豆のハンバーグ

豆乳と牛乳の長ネギ生姜スープ

大根とニンジンの福神漬け

デザートはマスクメロンのロールケーキである。


「ちょっと頑張ってみました……

時間がかかってごめんなさい」


「いえいえー、僕昨日今日までサバイバル

料理だったのでぇ、こんなに温もりを感じる

ご飯は久しぶりでさぁ!むしろありがとうございまさぁと言わせてもらいまさぁ!

がははははははは!」


ベルフェルクは笑顔を浮かべてレベッカの両手を握りしめて感謝の意を伝えた。

彼女は満更でもなさそうに頬をポリポリして

ちょっと顔を伏せる。


「ど、どういたしまして。

さあ、冷めてしまわないうちに食べてみんなを探しに出かけましょうよ!」


誰かに褒められるのは久しぶりだったので

思わず気分が高まってしまった。

その気持ちを表に出さずに、レベッカはベルフェルクの前を向いて笑顔で仲間を探すように言った。


(——————なるほど、良い顔をする)


ベルフェルクは口角を僅かに上げてその通りだと返した。そして2人は席に着き、両手を合わせた。

家の中には食欲をそそられる良い香りでいっぱいになっていた。


「「いただきます」」


声を合わせ、ナイフとフォークを用いて

二人は食事を始めた。

終始笑顔のまま、軽く話を弾ませながら1日を迎えたのだった。

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