第69話「夕焼に見た命」
夕食から1時間後の午後6時半
ニ人はカワマグロ5匹を半々に分けて平らげた。魚の骨が周辺に散らばっている。
僅かに食べきれなかった物は、タッパーに仕舞い込んだ。
「ご馳走様でした!」
「お粗末様でした」
彼らは手を合わせて大自然の恵みに感謝した。とてつもなく美味だったので、幸福感に包まれている。
このまま床に着きたいくらいだった。
「塩焼きとか刺身とか美味しかったねぇ!
イングラムってサバイバル経験あるの?」
「レオンさんほどじゃないが、12歳くらいの時に半年ほど家出したことがあってな。
こっぴどく親父とお袋に叱られたっけか。
その土産にミツ首の龍の首を持って帰ったら打たれたなぁ」
「それはイングラムが悪いんじゃ……」
「そうか?どうせ親元を離れるのだから
事前練習だと思ってやったんだがな…」
イングラムは今でもさほど悪いことをしたとは思っていない。
むしろ必要な経験だったと胸を張っている。
「そういえば、あの時のデスワームの皮剥といい、今回の選別といい、君もなかなかに目利きの能力があるみたいだな?
それは何処で培ったものだ?」
「うん……?あれはね、気付いた時にはもうあったというか、使えてたかな?」
イングラムは両腕を組んでクレイラを観察する。元々、ということは生まれながらにして持ち得た天性の才能ということになる。しかし、いくら天才であろうとも
いくらなんでも多過ぎる。
クレイラに対して謎と疑問が深まっていく。
「他にもいろんな能力が使えるんだけど……何でそんなのが使えるのかはわからない。でも、あまり深くは考えないようにしてるんだ、時間勿体ないし」
だが、彼女が敵になるということはないだろう。こうして交流してわかった。
クレイラはレオンを慕い、友人以上の感情を抱いている。これまでの言動から、裏切るということは決してないのだ。
イングラムたちがレオンを助けようとしているように、レオンもきっとイングラムたちを守ろうと命をかけているのだから。
「ふむ、そうだな。君の言う通りだ。
考えても仕方ない。俺たちは俺たちに今できること、やるべきことをやろう」
イングラムは電子媒体を起動して
キャンプを張れるくらいの広さの場所を
探知させるようにゆっくりと向きを変えたりしている。
「あれ、もう寝るの?まだ時間はあるよ?」
「早く出た方がいいだろう?」
「でも朝は寒いよ?
せめて日が出る頃に行こうよ」
「いや、そんな悠長なことは言ってられんぞ?もたもたしていたらフィレンツェの奴に見つかるやも————」
その名を口にした途端。
クレイラは顔面蒼白になった。
おそらく、白雪姫の王子のように目覚めのキスをされかけたことを思い返しているのだろう。彼女にとって彼の第一印象は吐き気を催す邪悪らしい。
「はい!眠ります!あったかくして寝ます!早寝早起き!」
(効果的面)
すまないと思いながらクレイラの準備支度をしているのを見て、自身も手を進める。
すると、ちょうど良いところに平たく
キャンプが貼れそうな場所を見つけた。
「おーい、此処にするぞ!」
「OK!」
クレイラの方向を見て呼びかけると
彼女はペットボトルに水を注いでいた。
透き通るほどに綺麗で、夕陽の光を反射している。
「常備水?」
「うん、真水に限りなく近くて
身体に害のない天然水だよ」
お互いに近づいて、ペットボトルの水を覗き込む。真水では魚は住めないし、人の身体にも毒である。純度100%は危険なのだ。
「東京ドームの中に豆粒ひとつ程度の感覚だから大丈夫。少なくとも西暦の時代よりは安心だよ」
「そ、そうか……それにしても、君から東京ドームという単語が出てくるとは思わなかったよ」
「レオンから聞いたの、かつてこの地球には日本という国があって、東京はその首都だったって」
西暦書でもその単語について記載してあった。日本は世界有数の島国で、海に面していて、山も多くあったために海の幸、山の幸が豊富でその国の人々も高い技術を誇っていたとされる。しかし、その反面で労働環境や人間関係が他国よりも複雑で多くの若者が身体を壊していった国とも言われている。
当時の日本は超少子高齢化社会だったのだ。
「今の政権は日本のそう言った負の面を
書籍で学んだ。それが功を奏して
労働時間は短縮され、自身の身にあったやり方を見つけて働きやすく休みやすい環境になったんだったな。日本人たちのおかげだな」
「厄災のせいで海の底に沈んじゃったのが
いただけないけどね……まあ、それは日本だけじゃなくて、当時の国全部に言えることなんだけどさ」
(レオンさんの言っていた余波は
全ての国を沈めてしまうほど凄まじいものだったようだ。今の我々では確認のしようがないが……待てよ?)
「それじゃあ、生き物全て死滅したのではないか?どうやって俺たちの先祖と動植物たちは生き延びることが出来たんだ?」
「レオンもそれを気にしてたよ。
彼の仮説によれば、希望を持っていた神が
可能な限り掬い上げて一時期ソラリスに
住まわせていたんじゃないか。っていう説があるんだ。
あとはそうだね、これは私の仮説だけど人類と動植物が短期進化して海に適合し
今の陸地ができたら再び地上に上がって
元の陸上人型に退化した。とかもありえるかな?」
「ふむ、どの説もありえるな。
今度スクルドさんに聞いてみようか」
「あれ?神と知り合いなの?」
イングラムはしまったと、思わず心の中で
冷や汗をかいた。別に隠す必要のものではないのに、なぜ背筋が冷えた感じがしたのだろう。クレイラが神の名を知っていたからだろうか。
「いや、それらしい話を聞いただけだ。
驚かせてすまなかったな」
「ううん、いきなり神の名前を呟くものだからてっきり知り合いか何かなのかなと思ってさ」
(知り合いだよ……うん)
イングラムはやはり黙っていようと思った。この冷や汗をかく感覚はあまり好きではない。時が来たら話すことになるだろう。だから今は適当に受け流すことにした。
「あれ……?ねえイングラム。
なんか狼みたいなのが4匹くらいいるよ?」
「うん……?」
クレイラの指をさした方を見ると
確かに狼たちが何かを取り囲んでいるように見えた。唸り声をあげながら、後退しては前進するを繰り返している。
「狩りにしてはいささか奇妙な現象だな。
解決し甲斐がありそうだ」
「え?見にいくの?」
「もちろんだ、小さい動物だったら尚更助けないといけない」
そう呟くと、イングラムは最速で狼の群れに跳躍して飛び込んだ。
「あ、ちょっと!」
降り立つ中で騎士の双眸が捉えたものは。
(あれは、赤ん坊!?)
両手で這う幼き命がなぜこんな所にいるのか
力なき赤子ならば、狼たちはすぐに食らいつくはずなのに、どうしてそれをしないのだろうか。結論に達する前に、イングラムは
群れの中に着地していた。
「おい、赤子を食べようとしていたのか?」
!!
凄まじい殺気を放出すると、狼たちは目を丸くしてイングラムから少しずつ身を引き始める。どうやら小心者らしかった。
「お前たちのテリトリーにこの子が入ってきてしまったのか、ならこれに免じて許してくれ」
イングラムはタッパーからカワマグロの
刺身を取り出す。
「さあて、取り引きだ。
この子を見逃してくれるというなら
これを全て渡そう。
だが逆に、見逃さないというならば
貴様らもこの様になるぞ?」
カワマグロの刺身を握りつぶして
怒気の孕んだ笑顔を見せる。
狼たちはさらに後退する、これは見逃すという形に受け取っても良いのだろう。
「そぉら!」
プロ野球選手のようにボールの様に刺身を
全て握り、遠くへ投擲すると、狼たちは
それめがけ一目散に駆けて行った。
「朝食が無くなったが……まあいい、この子の命には変えられまい。あ、魚臭いな」
「イングラム〜!大丈夫!?」
臭みを取っていると、クレイラが駆け付けてきた。彼女は地面に佇んでいる赤ん坊を見て首を傾げる。
「君の子?」
「違わい!似ても似つかんわ!」
と、赤ん坊を輪に入れてツッコミを入れていると、その子がこっちを向いて手を上げてきた。
「ダッ!」
「うん?挨拶か?こんにちは」
よいしょっ、とイングラムは赤ん坊を抱き抱えて見せる。この子は嬉しそうに笑顔を浮かべてその小さい両手で懸命にハグをしてきた。
「おぉ!随分と賢いな。どこの子だ?」
「君の子でしょ?」
「違うわ!ほら、クレイラも抱いてみるといい。重さも丁度いいぞ。」
「わかった、ほーらおいでぇ!
お兄さんの次はお姉さんですよぉ!」
「ダァ!」
イングラムの首元までよじ登って
クレイラの胸に飛び込んだ。
「うわぁ!すごい勇気!
よしよし!可愛いねえ!」
クレイラは母親のように赤子を落ちない様に抱き抱えながら、左右にゆっくりと揺らして頭を撫でてやる。
「慣れているな、クレイラ」
「ふふ、まぁねぇ!
この子くらいに変身して撫でてもらったこともあるし」
「……それは、もしかしてレオンさんに?」
クレイラはサムズアップした。
その通りだ!と宣言している。
イングラムははぁ、とため息を吐いたが
本人達が楽しんだのなら別にいいかと
すぐに納得した。
「まず君は男の子か女の子かハッキリさせないとね。ちょっと失礼しますよ」
「おい、いきなりすぎないか!?」
クレイラは笑顔を浮かべたままの赤ん坊を
敷いた布の上に横にさせた。そして
「お父さんはあっち向いててくださいな!」
「誰がお父さんだ……」
イングラムは後ろを向いて腕を組み、答えが出るのを待つ。
すぐさまクレイラが声を上げた。
「女の子です!おめでとうございます!」
「めでたくないだろう!?」
クレイラは赤子を再び抱き上げて
布を消し、イングラムの元へ駆けて行った。
「本当に誰の子なんだろ……?
お腹を痛めた記憶は私にはないし、それ以前に営み————」
「言わんでいい!」
「ダァ?」
赤ん坊は首を傾げてどんな話をしているのか
理解しようとしている様だったが、ダメだ
知るには早すぎる。
「君はどこから来たんだい?
お父さんお母さんは?」
赤子は笑顔を浮かべたまま、夕焼けに染まる空を指差した。
「ダァ!!」
ニ人も思わず空を見上げ、そして顔を見合わせた。
「コウノトリさんが運んで来たとか?」
「んなアホなことあるか?」
「ダァ!ダァ!」
赤ん坊は首を縦に振っている。
言葉が理解できているようだった。
尚更うーん、と思考を巡らせるのだった