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第67話「苦悩」

「いい加減にしろ貴様!」


罵声が大きく響く。

クレイラはぴくりと驚き

フィレンツェは頭にはてなを浮かべている。


「お前何キレてんの?

カルシウム足りてる?ねえねえ」


「馬鹿めが!人を煽るのも大概にしろと言っているのだ!その言動が無意識に他人を敵に回しているとなぜ気付かない!

同じ魔帝都にいた身でありながら、5年と

いう歳月が経っていながら、未だその体たらくとは、全く持って情けない!」


「は……?情けない?

俺がどれだけ苦労してきたかお前にわかるかよ!」


フィレンツェは逆ギレしてイングラムの胸ぐらを掴み、殴った。

イングラムは倒れることなく、地に足をつけ口に滲み出た血を吐き出す。


「ふん、お前の一発はその程度か。

なら次は俺の番だな。歯を食いしばれ!」


「へっ、余裕綽しゃ————」


風を切る音、冷たい金属の感触が

フィレンツェの頬に直撃する。

魔術師は無惨にも耐えきれずに

吹き飛ばされた。


「ぐぁぁぁ!!!!」


「………」


砂塵を巻き上げながら地面に叩きつけられる。フィレンツェは涙目になりながら

イングラムを睥睨する。


「お前、それは暴力だぞ!

人として最低だぞ!訴えてやるからなぁ!」


「ふん、お前に喝を入れたまでだ。

しかしまあ、なんだフィレンツェ

そのザマは」


イングラムが足早にフィレンツェに向かって歩き出して、今度は彼が胸ぐらを掴んだ。


「お前の苦労は、その威張り散らした態度としつこさを傘増しさせただけじゃないのか!?」


「だ、まれ……!」


「お前は人を陥れるために今の今まで

犯罪まがいなことを重ねてきたのか!?」


「黙れって言ってるんだよ!」


掴まれた胸ぐらを掴み返して引き剥がそうとするが、イングラムの力は予想以上に強かった。


「お前に何がわかるんだ!

マナ適性だとかなんだとか、わけわからないすげえ力使いやがって!

槍も剣も勉学も運動も、なにもかも恵まれたお前が!」


「恵まれているだと……?俺が?」


「当たり前だ!強くて優しくて完璧超人じゃないか!俺なんて下の下なんだよ!」


「馬鹿野郎!」


そう叫ぶと、イングラムは胸ぐらから手を外して突き飛ばした。


「俺のマナを使える能力が生まれた時から持った物だといいたいのか!?」


「あぁ、そうだよ!

それさえあれば、俺だって後輩に————」


「貴様は知らんだろうが、マナを体に順応

させるには相当な忍耐力と精神力が必要だ。俺の場合、全身が雷を受けるような激痛に耐えなければならなかった!」


フィレンツェの言葉を遮り

イングラムは幼い頃自分の身にふりかかった

苦痛を告白した。そして


「10年だ。自分のマナを完全に飼い慣らすまで、10年の歳月を要した。

それまで身を焦がされる思いで、死ぬ気で

耐え抜いてきたんだ。

俺だけじゃない、ルークもアデルもルシウスも、異なる困難に屈さずに耐え抜いてきたからこそ今があるんだ。お前に、そこまでできる度胸があるのか?」


「ふん、激痛がなんだ!?ただ食いしばってればいいだけの話だろ!」


イングラムは理解した。

この男には何を言っても無駄だと。

彼が見せた表情は、余裕げなドヤ顔のみだった。


「無駄な時間を使っちまった」


舌打ちをしながら、クレイラを手招きで

呼び寄せる。彼女もイングラムの気持ちを察しつつ、近寄ってくる。


「あ、オオカミがまだいたんだ!

今すぐ殺してお前をたす————」


イングラムは振り返り際にフィレンツェを拘束した。手足を枷のような形状の紫電が

身体の自由を奪う。


「おい!何するんだ!

友人を助けようとしてるだけなのに!」


「………いくぞ」


もはや語るべき言葉は不要。

この男は一時的に頭を冷やさせるべきだ。

こんなところに放置しておいても

しつこさだけは一級品だから、どう足掻いても生き延びるだろう。ユーゼフが耐久性に優れているのなら、この男はしぶとさでは群を抜いている。だから、平気なのだ。


〈イングラム、大丈夫?〉


「久しぶりにイライラしたよ。

すまない、ちょっとあいつの声が聞こえなくなるまで一緒に居てくれ」


〈うん、それは構わないけど……顔色が悪いよ……?〉


「大丈夫、じゃあないかもしれないな。

ふぅ……俺も大人気ないよ。

あんな怒り方をしてしまった」


心の底から吐かれた息だった。

疲労と苛立ちが同時に体外へと排出され

新鮮な空気が体に取り込まれていくと

イングラムは冷静さを取り戻した。

そして、申し訳なさそうにクレイラを見て

微笑んだ。


〈あの人、イングラムの同級生?

レオンが言ってた、『だいぶ面倒い奴』って本当だったんだ〉


「知ってたのか、その通り。

あいつは俺たちと同級生だよ。

いつだったかあんな風に荒れ気味になって

しまってな、レオンさんは毎日宥めてたよ。ふぅ」


近くの倒木に腰掛けてため息をつく。

先程の愚行が未だに鮮明に残っている。

あの態度で行く先々の人たちに迷惑をかけていたかと思うと、それだけで胃が荒れる。


〈えぇ、あれを毎日?

レオンの胃が荒れそうだね……〉


「うん、実際荒れてたよ。

胃に穴が空いたりしたらしいけど

それでもあの人はあいつを宥めてた」


〈どうしてそこまで……レオンだって面倒

だって言ってたのに〉


イングラムは空を仰ぎ呟いた。


「性分なんだろうな、

放っておけないんだよ。きっと」


〈……やっぱり、素敵な人だね

レオンて〉


クレイラは自らの姿を元に戻してイングラムの隣へと座った。

視線を流して彼女を見てみると彼女は嬉しそうにしていた。


「好きになってよかった。」


「……うん?」


「私ね、レオンのことが好きなの」


そう呟く彼女は満面の笑みでそう言った。

急な告白であろうとも、イングラムは動じずにただそうか、とだけ答えた。


「今の私があるのも、レオンが助けてくれたおかげ。だから、“これ”だって……」


クレイラは髪で覆っている片目を優しく撫でるように触れる。

そして、それを手で分けて見せた。


「……オッドアイ?いや違う、それは……その眼は!————」


クレイラの瞳はサファイアのような青色をしているが、もう片方の瞳はトパーズブルーの瞳だ。よく見なければわからないが

イングラムはその違和感にすぐ気が付いたのだ。


「うん、そうだよ。

これはレオンが私にくれたものなの。

“片方だけじゃ不便だろ?”って

自分が不便になるのにね、それでもレオンは私に眼をくれた。だから、これは私と彼の繋がりなの」


「そうか……クレイラ、差し支えなければ

教えてくれないか?君は、レオンさんと

どう言う関係なんだ?」


イングラムはクレイラの瞳をじっと見て

彼女の過去を、レオンのそれまでの行動を

聞こうとする。


「うん……?

私とレオンと関係?それはね————」


「ぅぉぉぉぉぉい!!!!!

どこだぁぁぁぁ!イングラムぅぅぅぅ!!!」


ニ人の後方から、バカうるさい声が聞こえてくる。森がざわめいて鳥達が飛んでいく。可哀想に


「あいつ、抜け出したのか。

誰かに外してもらったな?」


「じゃあ、また犬になったほうがいいね」


「UMAでもいいぞ?」


「え、いや、UMAは流石にちょっと遠慮したいかな。じゃあ、柴犬にするね!」


クレイラは再び体の外見的構造を柴犬に

変えた。大きさは中型サイズで雌。

毛がふわふわしている。


「可愛いなあ、よーしよしよし」


くすぐったいよぉ〜!〉


イングラムは動物相手になると物凄く

甘やかしが入る。

どこを撫でたら心地よいのか

どう躾けるべきなのか、全て熟知している。

故に————


「よし、紫電版フリスビーだ」


紫電を円形状にした物を作り出す。

1秒間に何回も高速で回転しているそれを

クレイラに見せつけた。


〈いや、やらないよ!?

感電させる気かな!?〉


「安心しろ、絶縁体入れたから。

頼む!一回だけ!奴が来たら一回だけ

投げさせてくれ!」


〈懐いた野良犬的立ち位置ってこと?

それなら、まあ……いいよ?〉


「よしっ!」


小さくガッツポーズ。

すると後ろから草木が揺れ、幽鬼のような

表情を浮かべたフィレンツェが顔を出してやって来た。


「イィィィィングラムゥゥゥゥ!」


が、そんなことを意も介さずに

イングラムは準備運動をする。


「よし柴ちゃん!いくぞ!

そぉれっ!」


ワンワンと鳴きながらフリスビーめがけて

駆けていくクレイラは見事な跳躍を披露してフリスビーを口でキャッチ、颯爽と踵を返してイングラムのところへ戻ってきた。


「よぉしよしよしよし!」


〈えへへぇ!〉


「おい!!!無視してんじゃねえよ!!!

束縛野郎!」


「あ?んだぁ?てめぇ?」


ハイイロオオカミの時は唸り声を上げ威嚇していたが、柴犬になってからは

少し臆病になったふりをして、くぅんと鳴きながらイングラムの足元へと隠れる。


「人が楽しく柴犬と戯れてるのに

何水指してくれとんじゃ我ぇ!!!」


「うるせぇ!人をわけわからん手枷足枷で

束縛しやがって!人が通らなければ飢え死んでいたわ」


〈自業自得では?〉


「まったく、見ろこの柴犬の潤んだ瞳。

俺の疲れた心を癒してくれる、荒れた胃を優しく包んでくれる。素晴らしい」


「ふん、動物で心を癒そうとか狂人じみてるな」


「そういえば、狂犬病持ちだったりする?」


〈うーん、私の想像状の柴犬だから

菌を持っているかと言われると、ちょっと

わからないなぁ〉


阿保なことを抜かすフィレンツェをスルーして、ニ人は会議をした。

まあ万が一そうなってしまっても

あいつは治療する術がある。

気にせずともいいだろう。


「さて、フィレンツェ。

お前に一つだけ教えておいてやる」


「なんだよ」


イングラムは真剣な表情でフィレンツェに身体を向け、睨みつけた。


「俺はお前と旅をするつもりはない!

行くなら一人で行ってくれ」


「はぁ!?なんでだよ!?」


〈一緒に行きたくないなぁ〉


またもや胸ぐらを掴みかかって来たフィレンツェを軽くいなして、彼はこけた。


「痛え!」


「今までの行動を思い返してみろ。

お前はハイイロオオカミを殺そうとしたし

今もこの柴犬に敵意を抱いている。

動物嫌いもここまでくると凄まじいな」


「だからなんだよ、お前だって虫嫌いだろ?同じじゃねえか!」


「虫と動物の命を同じに見るな。

平気で動物殺しそうなやつとは一緒にいれん。ベルフェルクを見習え」


「はっ、あいつを見習え?

いーやーだーねー!」


〈ムカつく〉


「はぁ……仕方ないな」


イングラムはぽつりと呟いて

眼を見開いて叫んだ。


「あ、美人な女の人!

しかもお前好みだ!」


「え!?マジ!?どこ!?」


イングラムはフィレンツェが振り返った瞬間にクレイラを抱き抱えた。

阿呆が、そんな人がこんなところをフラフラしているわけがない。

いたとしても性格が災いして遠慮されるに決まっている。


(身体強化・速度向上!)


自信を探知できない位置まで

イングラムは駆け抜けていく。

森の生い茂った中に避難すれば、

数が多いために探知しにくいだろうと踏んだのだ。


風を切るようなスピードで

イングラムたちは森の中へと避難したのだった。とりあえず、諦めてくれるまでは————

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