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第66話「最悪な災難」

「お前のことだ、どうせ女の子の一人やニ人連れてるんだろ?俺の鼻をなめんな!」


「はぁ……」


農村を抜けて早1時間近く。

呆れて声も出せない。

先程から溜息しか出せていない。

この男の話を右から左へ受け流すだけでも体力が減っていく。気力も精神力もありとあらゆるものが削がれていく。


(勘弁してくれマジで)


普段使わない言葉が心の中で呟かれていく。

リルルにはこんな姿を見せたくはない。

落ち込んでいる騎士など見てしまえば

必ず励ますために駆け寄ってくるに違いない。それはいい、それは本当に嬉しいのだが————


問題は隣の男である。

この魔術師用の白衣を全身に身を包んで

杖を持ちあーだこーだと1人で大声で呟くこの男がリルルを見た途端になんと言うだろう。だいたい想像がつく。


お、イングラムお前も隅におけないなぁ。

このロリコンめ!


ふ、幼女に手を出すとかもはや保護できないレベルだな。やれやれ仕方ない人肌脱いでやるか。感謝しろよ!


等々色々言われるのだ。

今まで築き上げてきた人材のほとんどが

この男によって破壊されている。

イングラムの中でこの男のあだ名は

破壊神だった。


「おい!イングラム聞いてるのか!

お前はもう彼女の一人やニ人いるんだろ?んー?」


「しつけえ……」


顔を近づけながら唾を吐き散らしながら

聞いてくる。しつこく何度も何度も。


「まったく!お前は素直じゃないな。

俺と言う同級生が来たからには安心しろよ。

お前の前に立つ怪物共なんてひょいひょいと

ぶっ倒してやるから」


(面倒くさい、帰りたい)


今まで帰りたいと思ったことなどなかったが

こんな男に見つけられてはどうしようもない。若干1時間程度で気力も精神力も全て

奈落に落ちかけていた。

この男の戦力などに当てなどしていない。

イングラムは忘れていなかった。

この男は共同遠足であらゆる獣に対してビビりまくっていたのだ。

そしてテレポートで逃げる始末。

挙げ句の果てにはその成果を半々にして自分も活躍したことにするなど限りなく黒に近いグレーな行為をえげつなくこなしているのだ。


「少しうるさい。

ベルフェルクを見習えよ」


「はぁ?なんであいつを見習わないといけないわけ?動物嫌いでびゃーびゃー騒いでるじゃんか」


「お前の方がやかましいんじゃこの蛸!」


回し蹴りを繰り出すも、この男はテレポートで避けた。


「ふっ、華麗に避けた。俺素敵!」


(帰りてぇ!レオンさん早く見つかってください!お願いします心の底から!)


と、心底願っていると。

道すがらに倒れている人物を発見した。

あの衣装は見覚えがある。

黒を基調とした衣服、紫色の髪

そして絹のような肌。間違えようがない。

セリアに変身したクレイラだ。

起こしてあげなくては、と


「お、美人さんの気配。

どけぇ!イングラム!俺が助けてトゥンクさせてやるからよぉ!」


突如杖の底で腹を殴られて悶絶するイングラム。腹を抑えてフィレンツェに向かって手を伸ばした。


(おいバカやめろ)


思い切り食らったせいで酸素が腹にまで届かず、声は発せられなかったがその想いは伝わったらしい。


「ふ、お姉さん。白雪姫は王子のキスで目覚めると言います。今から目覚めさせてあげますよ。はい、チュー」


と、口付けをする前にクレイラが目を覚まして頭突きをかました。


「うわぁぁぁ!!!」


「oh!!!」


叫びながらの頭突きはかなり効いたようで

フィレンツェは頭を抑えながらのたうちまわった。


「何この人……きっっっつ!ん?」


クレイラは手を伸ばしているイングラムに

気付いて駆け寄った。


「イングラム!大丈夫!?」


この慌てた感じと呼び捨てた感じはクレイラのものだった。自分の見間違いではないことに安堵したイングラムはほっと一息つく。


「お腹、触っていい?治せるかも」


「頼む」


「うん、じゃあ仰向けになって」


クレイラは後方にいるキス魔に目を配り

まだ痛がって鼻を抑えているのを確認すると

腹部に手を当てて治療した。


「吸収性の打撃だね、スタミナを奪う類いのやつだよ」


名称はまだはっきりと言われていない

吸収性の魔術らしい、あいつのスタミナ不足はおそらくこれで補われているのだろう。

しつこさが跳ね上がっただけではないか


「うん、よし……もう大丈夫。

立てるはずだけど、手貸そうか?」


「すまない、頼むよ。

ところでクレイラ。

今のうちに元の姿に戻った方がいい

そして、別の何かに変身しろ。

あいつは美人で可愛いなら女性ならば

誰のものでもお構いなしに奪いにくるぞ」


「うへぇ!じゃあさっき見たワンちゃんに

変身するね!とうっ!」


「あ、変身に変身を重ねられるのか……

初めて知った」


セリアだった姿はみるみると縮んでいき

横長になっていく。

そして、彼女が変身した犬とは

2メートル級のハイイロオオカミだった。


〈どう!イングラム!完璧でしょう!?〉


こいつ、頭の中に直接語りかけてくる。

さすがにこの姿のまま喋るわけにもいかないのだろう。

イングラムはサムズアップして完璧だ。と返答する。

クレイラはそれを見て嬉しそうにイングラムの周辺を駆け回り、最後にはお座りして尻尾をフリフリ左右に振り始めた。


「しかし、これは……ワンちゃんじゃないな。多分旧アメリカ大陸原産の狼だぞ?」


〈そうなの?ワンちゃんじゃなかったんだ。でも似てるしいいよね!〉


変わらずに尻尾を振り続け、舌を出して

体温を調節しているようだ。

イングラムはそんなクレイラが可愛くて

頭を撫でてやる。


「お、モフモフだ。

凄いな、毛並みまでコピーできるとは」


〈えへへ、もっと褒めて褒めて〉


くぅんと、甘えた鳴き声を出しながら

イングラムの手に頬擦りする。

ペットとして飼いたくなってきた。


「よしよしよし、可愛いなぁ、偉いなぁ。

よしよしよし」


「いてて、おい、イングラム!

さっきの美女は誰————」


後方からの声に、クレイラは敏感に反応した。目を細めて牙を見せつけ唸り声を上げる。


「うわぁ!オオカミだ!イングラム!

俺が助けてやる!そこから離れろ!」


「お前、動物嫌いじゃなかったのか?」


「馬鹿め!この5年俺が何もしていないとでも思ったのか!?それでも友達か!?えぇ!?」


「あ、そう。よし、ゴー!」


〈合点!!!〉


イングラムがフィレンツェに指を指して指示を下すと、忠義ある犬のように、クレイラは

一直線に駆けて行った。

牙の生えた口を大きく開けたまま走り迫るその姿に、誰もが捕食されるというビジョンを

イメージするだろう。


「うぉぉぉ!くるな!テレポートぉ!」


シュン、と姿を消してイングラムの背後に

瞬間移動して彼の肩を強く握る。


「触るな汚い」


ペシっと腕を払うが、フィレンツェの下半身はガタガタに震えていた。

両手で右肩を壊すくらいの力で掴んでくる。

そして鬼気迫った表情で


「うるさい!友達なんだから守れよ!

ん……?」


フィレンツェの上空に影が出来た。

彼はそのまま上を見上げると

身体を回転させながら迫りくるクレイラの

姿がそこにはあった。


「いけ!アイアンテールだ!」


〈アイアンテェェェル!〉


硬質化された尻尾はきらりと鈍く光り

フィレンツェの頭部に振り下ろされるように直撃した。


「うぼぇ!」


いきなりの奇襲になす術もなく

魔術師は地面に叩きつけられて気を失ったのだった。


〈ふ、出直してきな、シャバゾウ〉


片方の口角を上げて挑発する。

そして、イングラムの方を向くと

ゆっくりと駆け寄って頬擦りし始めた。

生まれた時から育てているオオカミみたいで

とても可愛らしい。


「よしよしよしよし」


〈くすぐったいよー、イングラム〉


「よしよしよしよし」


〈う〜〉


頭の中の声と、耳に聞こえてくる狼の声が

重なり合ってなんとも不思議な感覚だ。

クレイラが変身しているとはいえ

こんな風に触れ合うと、動物を買いたくなってくる。


「はっ、俺は狼に一撃を喰らって、それから————」


フィレンツェはあり得ない光景を目にした。イングラムと狼は、まるでじゃれあっているようだったのだ。

今なら殺せる。あの狼を。

そうすれば、友を助けたという名誉がフィレンツェにあたえられる。

そう思いながらフィレンツェは特大の魔力を杖に集中させ始めた。


「おい、フィレンツェ。

目が覚めるのが早すぎるな。もう一度寝て3ヶ月くらいそこにいてくれていいんだぞ」


〈そうだそうだ!このキス魔め!

私の唇は好きな人にしか渡さないんだからね!〉


フィレンツェに対してただ唸っているようにしか見えないこの狼、本音がイングラムに

だだ漏れである。


「というかなんでエネルギーを集中しているんだ。敵などいないだろうに」


〈馬鹿なの?死ぬの?〉


「いるじゃんか!2メートルちょっとの狼が!お前を食べようとしてるじゃんか!」


どこをどう見たらそう捉えることができるのか。というかガクブルの状態であれほどの魔力を集約している。よくよく見るとさっきイングラムから吸収した持久力のみならず

マナまで少し拝借しているようだった。

バチバチと迸っている。


「はぁ?この子は迷い狼だ。

人懐こいぞぉ?お前には懐かんと思うがな」


うんうん、とクレイラが首を縦に振ると

再び牙を見せて唸り始める。


「うるさい!俺は友としてお前を守るんだよ!食らえ狼!そして死ね!」


地面についていた杖を持って、魔力が集中している先端を狼に向けて放った。

特大レーザー砲にも匹敵する大きさだが

質量は大したことはなかった。

イングラムとクレイラは微動だにせずに

それを、ぺちんと手で払って軌道を変えた。


「はぁ!?」


在らぬ彼方へと飛んでいく特大レーザーは

撃ち切ると杖は輝きを失った。


「何してくれてんだよぉ!!!

馬鹿じゃねえの!」


フィレンツェは度々激昂してヒステリックを起こした。


イングラムは狼化したクレイラを見下ろして

やれやれと呟いた。

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