第65話「散りゆく友」
「さて、昼食も摂ったことだし
そろそろスアーガへ出かけるぞ。
ルシウス、道案内を頼めるか?
ベルフェルク、ケツくんに全員騎乗できるか?」
「もちろんだよ」
「オッケー牧場」
ルシウスは頷き、ベルフェルクは片手で丸を作って見せつけた。ニ人とも頼りになる。イングラムは立ち上がってリルルの手を取ると同時に、ベルフェルクはケツくんの入ったボールを地面に投げた。
体長15メートルほどの巨大な翼竜が
翼を羽ばたかせて声をあげる。
「ケツくん元気ですかぁ!
退屈じゃなかったですかねぇ!?」
クエッ!とケツくんは片手を上げて返事をする。それを確認すると、ベルフェルクは背に乗り込んで、地上にいるイングラムたちの手を取る。
「さあさあみんな乗って乗って」
イングラムの膝の上にリルルが乗り
その後ろにクレイラ、ルシウスに続いて
レベッカが騎乗し終えると、ベルフェルクはケツを叩いて空を飛ばせた。
気流を発生させて、その中へ旋回するように飛んでいく。
「えー、皆さまこの度は御騎乗いただきましてまことにありがとうございますぅ。
右手に見えますのがぁー、木。
左手に見えますのもぉー、木。
目の前に広がりますのもー、後ろに広がりますのもー、木でございますぅ!」
「木しかないね!」
あはははは、談笑のように皆が笑う。
イングラムはその光景を懐かしく思った。
かつてもこんな風に、魔帝都の旅行で
レオンを含めた5人で笑った記憶がある。
教員達のことも、勉学のことも何もかも忘れて、心の底から笑い合えた時間だった。
もう5年も前になるが、その頃の思い出は
今でも鮮明に思い返せるほど色濃く残っている。
「さて、ベルフェルクくん。
スアーガ王国はこの渓流の丘を越えた先にある。大きな滝もあるから、すぐわかると思うよ」
「OK OK!ではスリル満点の気分を味わってもらうため、滝付近に向かって急旋回急降下致しますぅ!スレスレですぅ!
五分五分の確率で水の中へ飛び込みますが
まあ、なったらなったでいいですぅ!」
運転手以外の全員が戦慄した。
イングラムが声をかけようとしたその瞬間に風は下から思い切り吹き上げてきた。
ケツくんが身体を捻りながら、滝の流れる
水面下近くまで降下し始めたのだ。
まるでジェットコースターのようだった。
命綱は体に巻き付けているものの、
遊園地の乗り物のように規則的な動きはしない。全部ベルフェルクの手の平の上だ。
しかし、言葉を発しようにも勢いが強すぎてみんなが口を開けることができない。
あけてしまえば最後下を噛み潰して死んでしまう。
「いやっふるるるるるぉぉぉぉ!!!」
こんな状態なのに、ベルフェルクは
両手を掲げてテンションをあげている。
エベレスト登山に成功したみたいな表情で
「みんな黙ってないでしゃべ————」
赤い何かが額に飛んできた気がした。
嫌な予感がして、ベルフェルクの様子を見に前に出ててみた。あの男、下を噛んで宙ぶらりんの状態になって気絶していた。
全員は必死に手綱を握っていたものの
ベルフェルクという指示者が居なくなってしまったことにより、ケツくんは制御が
効かなくなりそのまま滝付近の水面下へと
落下してしまった。
川の流れる音と、鳥のせせらぎが聞こえる。耳心地がいいので、一瞬死んだのかと思ってしまったがそんなことはなかった。
安堵したその瞬間に、心臓が周囲の音をかき消すくらいの音を掻き立てて、まだ生きているということを知らせる。
「う、う〜ん」
イングラムは地面に手をついて頭を横に振った。幸い、耳に水は入っていないようで
安心した。
「ここは、どこだ……」
周囲を観察するように眺める。
辺り一面は紅葉に染まりつつある木があり
小さな農村らしきものが遠くに見えた。
「……リルル、ルシウス!?」
仲間の名を呼びながら周りを見渡しても
誰一人としていなかった。
どうやらばらけてしまったらしい。
はぁ、と深く深く溜息を吐きながら
ゆっくりと立ち上がる。
(とにかく、あの農村に向かうしかないな。何か見ている人がいるかも知れん)
イングラムは気を取り直して農村へと向かった。
「おおっ!ありがとうございますじゃ!
おかげで孫は元気になりますじゃ!」
「いやいや!いいのいいの!
ところで、可愛い子いない?」
「へ?」
一人の杖を持った青年は、手から光を放って
孫を治療してやる。
その見返りに、村1番の美女を娶るというらしいのだ。
「いないのかぁ……ふぅん、じゃあ一宿一飯でどう?」
「へぇ!それならお安い御用です!」
(はあ、ここでも収穫無しか。
彼女欲しいなあ)
老人は駆け足で去って行った。おそらくは宿泊できる宿にでも交渉しに行ったのだろう。
「……おい、お前フィレンツェか?」
「んー?その女性にモテそうな声を出しているのは、もしかしなくてもイングラムか
何の用だよ」
後ろから声をかけると、不機嫌そうに返答をして振り返った青年。
彼の名はフィレンツェ・シーガル。
イングラムたちの同期であり、レオンの後輩である。
「なんだ、不機嫌そうだな。
久しぶりに会ったっていうのに」
「俺は恋人探しで忙しいの。
それに、今はどこの国も紅蓮の騎士とかいう連中のせいで入ることができないし、もう最悪だよ。はぁぁ」
「まったく、相変わらず女にしか目がないな。」
このフィレンツェという男、昔大好きだった後輩に振られて以降は手当たり次第好みの女性にアタックしては振られて落ち込み友人に愚痴るという無限ループをかましてくる男だ。正直に言ってユーゼフとは異なるタイプの面倒くさい男である。
レオンから物を無断拝借して壊すわ
イングラムが恋人がいると勘違いして責めあぐねるわ
ルークの剣を汚しても謝罪せずアデルの暗器を興味本位で装着して怪我をしたり
ルシウスの矢の筒を持ち出して失くしたりと、まあ自分が悪いとは思わない綺麗な顔して性格は汚い男なのである。
「うるせえ、男なんだから当然だろ!
たーこたーこ!」
「うるさい」
相変わらずキーキーとやかましい男ではあるが、なんでこんなところに来ているのだろう。ナンパの他に何か珍しいものでもあるのか?
「ところで、お前はなんでこんな所に来てるんだ?」
「ナンパ」
「そうか、ところでお前はなんでこんな所に来てるんだ?」
フィレンツェの返答を聞き流して
もう一度同じ質問を投げる。
今度は圧もプラスして
「ナンパ」
「はぁ……」
こいつに何を聞いてもダメだ、イングラムは
諦めて背を向けて去ろうとする。と
肩をがっしりと掴まれて制止された。
「おい待てイングラム。
自分だけ質問して去るとか何様だ?」
「じゃあ、俺もお前の質問に2つ答えてやる。時間がないから3秒以内に頼むぞ。
はい、1、2、3」
呆れつつも肩から手を払って
そう言って、高速で3秒数えるが
「お前はなんでここにいる
お前は誰かを探してるのか?」
3秒以内に高速で答えやがったこの男。
どういう呂律の構造をしたらそんなに早く喋れるのか。
「では一つ目、川に流された。
二つ目ははぐれた仲間を探してる。以上。
はい、さようなら」
1秒で100メートルほど離れたイングラムを
その場にいたフィレンツェが叫ぶ。
「待てよおい」
「なんだ……俺は仲間を探してるんだよ。
忙しいの!」
ちょっと眉間にシワを寄せてそう返答する。イライラしている証拠である。
「俺も連れてけ」
「嫌だ」
断固拒否。
イングラムはあてもなく村中の人々に人が流されてこなかったかを聞いて回る、予定だった。
「テレポートあるんですぅ!
お前にこびりついていきまぁす!」
「チッ」
心の底からの舌打ち。
こいつがいると制止をすることが300倍近くにも跳ね上がる。
この男、いつのまにかそういう能力を会得したのか。正直面倒くさい。捨てて帰りたい。
「おぉい!治療屋のお兄さん!
宿の準備ができましたよ!」
駆け足でさっきの老人がやってきた。
イングラムはこれ幸いと判断して
申し訳なさを感じながらフィレンツェを
突きつけて颯爽と去って行った。
「さあさあ!若女将が待ってますよ!」
「んー、人妻はちょっと……俺は同年代が
いいんだよね!てわけで!さよなら!」
「あー!ちょっと!」
老人が必死にご好意を与えたというのに
フィレンツェという男はすぐにテレポートで消えてしまった。
きっと、イングラムの後を追ったのだろう。が、しかし、イングラムは思考も回る
自身の中にある静電気を利用して分身を作り出して難を逃れたのだった。
「ふ、引っかかったなアホが」
本物のイングラムは建物の物陰に隠れてやり過ごし、分身はフィレンツェが消えたと同時に消滅させる。
アデルバートのやり方を見ておいてよかったと心の底からアデルバートに感謝する。
(ありがとうアデル、本当にありがとう)
「なぁ、お前何してんの?」
「うわっぷ!?」
背後からフィレンツェの声が聞こえた。
そんな馬鹿な、見つけられるはずがないのに
どうしてここにいると分かったのか。
「何驚いてんだよ。
偽者を見分けられないとでも思った?
馬鹿なの?死ぬの?
というわけで無理やりにでもついていくからな」
「チッ」
やれ面倒な男に捕まってしまった。
一人で探すつもりだったのに、どうしてこうなった。
イングラムにはこの後数々の災難が降りかかるのだが、それは彼自身の想像以上だったということは言うまでもない。