第64話「余興」
あのあとすぐに、イングラムとセリアに変身したクレイラは林から姿を現した。
ベルフェルクは別ルートから移動して目を覚ました振りをするらしい。
そうして、事情を知っているイングラムが
改めて横になっているベルフェルクを観察して目を覚そうという作戦になったのだった。
「よし、行くぞクレイラ」
イングラムは終始冷静だった。
クレイラに背を向けて歩き出し、林の入り口へと向かっていく。
「うん、て言うか今気付いたけど
呼び捨てになったね」
彼女の言葉に動きが止まり、視線だけを合わせると、イングラムは
「その方が楽でいい。だろ?」
最後に笑顔を浮かべて再び歩き出した。
クレイラも少し頭を掻きながら駆け出していく。
林の中を抜けてリルルたち3人のいる場所へ戻ると、ニ人ともやはり悪戦苦闘していた。リルルが不審がって林の方へと向かおうとしていたのだ。
「あ、リルルちゃん!待って!
しりとりはもうやめて、音楽でも聴こうよ。私なんでも好きだからきっとリルルちゃんも好きな曲があると思うよ?」
「リルルちゃん、イングラムくんは今忙しいんだ。もう少しだけ待って————」
「もう待つの飽きた……!騎士様のとこへ行くの!」
ルシウスが言い終わる前に、彼女は大きな声で叫んだ。不機嫌そうに顔をしかめている。レベッカはルシウスに助けを求めるように視線を投げ、ルシウスもまた同じくレベッカに視線を投げていた。どうやらお手上げらしい。表情が曇っていた。
「おーい!」
「あっ!」
これ以上は待たせられない。イングラムは声を出して注意を向けた。手を振りながら走っていく。
「騎士様!お姉ちゃん!」
颯爽とリルルの前にやってくるイングラムと恥ずかしげに胸元のボタンを押さえながら歩いてくるクレイラ。
毛皮コートは全身を覆い尽くせるくらいには大きかった。が、胸元のボタンが全部外れると色々とあらわになってしまう。
ついでにレギンスがいい具合に下心をくすぐるのだ。
並の男ならば滾る心を抑えられまいだろうがイングラムは女性に対して無関心だ。
そこがいい具合に働いている。
「騎士様、セリアお姉ちゃんとイチャイチャしてたの?」
「してない!してませんよ!」
「ええー?だってそんな服着せてるんだからきっとそうだよー。元の服はどうしうの?」
無邪気に問いを投げてくる笑顔のリルル。
そして後ろにいるレベッカの視線が恐ろしい。まるで出荷前の鶏でも見るような目をしている。なにもやましいことはしていないのに、なぜこうなるのか。
と
「イングラムさん、ドン引きです」
「なぜだ!!!」
「うぇぇ、恥ずかしいですぅ……」
顔全体を真っ赤にしてボタンを庇うように両肩に手を置いている。
確かにあのまま歩かせたら危ない。
「ほら、そういうことするんじゃないですか。ドン引きです。軽蔑します」
「だから何もしてない!!!!!」
レベッカなら察しそうならものなのに
理論より理性が勝ってしまっている。
イングラムは焦った。
このままでは変態騎士のレッテルを貼られてしまう。
裸のままでも危ういが、この格好も結構危うい。いや、この方が危うい。
と、ルシウスがクレイラの隣に立って
電子媒体を起動させた。
「ルシウスさんもですか、ドン引きです」
レベッカの軽蔑の視線がルシウスにも向けられる。しかし彼はあくまでも冷静で、笑顔を浮かべたままだ。
「このままじゃいつ他の男達に見られるかもわかりませんからね。直接通販でお買い物します」
「え!お買い物!?お洋服とか買えるの!?」
リルルが買い物という言葉に反応して
ルシウスに駆け寄る。
彼は視線だけを向けて首を縦に振ると
言葉を続ける。
「そうだよ、でもお姉さんがこのままの格好だと風邪をひいてしまうからね、リルルちゃんは後でね?」
「はーい!」
(直通の服屋か……入れてなかったなそういえば)
普段着るものがあれば充分だったので
入れておかなかった。項目がいちいち整理するのも手間だし、自分で買いに行った方が早いのだから。
「さて、用意ができた。セリアさん、好きな衣装を選んでください」
そういうと、大きなモニターの中に
ホログラムで構成された服やズボン、アクセサリーなどがたんまりと並んでいた。
「え、いいんですか?ルシウス様」
「ええ、レンタルしましょう。
服のサイズもSから4Lまで全サイズありますからね。ごゆっくりと」
「え、なにその機能、私も欲しい!」
「私もー!」
ルシウスの周りにみんな集まっていく。
お洒落など微塵も気にしたことがなかったイングラムには、少し悩みどころだった。
(服……服か、7日分の鎧くらいしかないな。あとは寝巻きくらいだし……)
「やあ戻りましたよベルフェルクさんがぁ!って、何してるんですかねぇ」
「あぁ、セリアさんの服をレンタルしてるんだよ。どんなのがいいのか迷ってるみたいだな」
「あー、もしかしてモデモデラーズのアプリかな?あれ結構高いんだよぉ〜」
「え?お前も持ってるの?」
「あるよ〜!買ったのは
メンズバージョンだけどね。」
イングラムはさらに頭を悩ませた。
やはり仕事にばかり打ち込んでいないで普通にオシャレとかにも気を遣った方がいいのだろうか。服とか着れればなんでもいいというのに、なぜあそこまできゃっきゃうふふとしているのか、わからなかった。
「女心って、服を見せればなんとなぁく
わかるんでござますよぉ」
「一生かかってもわかる気がしないな。
ところでそのアプリ、いくらする?」
「アプリ購入料金が5000路金。
服類、ズボン類、アクセサリー類と大まかに3つあって試着もその場で出来ちゃう
便利なやつなんだよ。
色々な洋服店と連携してるから、すぐ取り寄せたりもできるしね」
「結構高いな。それ+3種品目の料金換算だろう?結構な出費にならないか?」
「オシャレする男がモテる時代っすよ旦那ぁ」
「誰が旦那だ誰が。あと俺はモテる気はないぞ。興味がない」
「一緒にいる人に着せ替えとかさせてあげてといいと思いますけどねぇ。
リルルちゃんも、オシャレしたいんじゃないかなぁ?」
ベルフェルクの言うことも納得できる。
自分はたとえオシャレをしなくとも、
年頃の女の子はあぁいうのに憧れるはずだ。自分の旅に何一つ文句も言わずについてきてくれるのだから、たまには何か買ってあげないと割りに合わないのではないか。そう、思えるようになってきた。
「入れてみるか、モデモデラーズ……」
「おぉ、入れ方わかるぅ?」
「いや、頼む」
「オーケーオーケーケンケンパー」
ベルフェルクはぱぱっと購入金額画面のところまで行った。
そして、イングラムの生体情報を登録する。
と、ベルフェルクは大声をあげた。
「んぉ!今ならキャンペーンセール!
モデモデラーズとジェントルメンズが
セットになって販売だってさぁ!
今なら1種通常2万路金のところ、
5000路金でニつとも購入できるってさぁ!これは滅多にないチャンスぅ!」
「あー、じゃあ買おうか。
これから必要になるかもしれないし」
「はい、じゃあ暗証番号をこの数字のボタンで入力してね。僕は目と耳を塞ぎますぅ。いや、(セリアさんの)お着替え見てよっと」
イングラムは必須記入事項を記入して
購入した。実際に起動してみると、
モニター大になって現れて、服とか色々と
自分の身体に合うサイズで照射してくれるらしい。鎧の重々しい感触も、この時だけは無くなっていた。
「おぉ、これが最新テクノロジー
ダンディーメンズか!」
「むふ……むふふ……えへへへ」
イングラムが感心している中で
ベルフェルクはクレイラの方を見ていた。
チャイナドレスだったりメイドだったり
OLだったりに色々なものに着せ替えして
女子同士で賑わっている。
ルシウスは笑顔のまま自分の電子媒体を動かしていた。それを眺める。
「目の保養目の保養。たまりませんでございますぅ」
「おい」
「ふぁっ!?」
「なぁにを見ているんだお前は」
色々と確認してその効果を実感したイングラムはにやけ顔を晒しているベルフェルクを横から覗き込んだ。
「ルシウスくんの笑顔かなぁ」
「嘘つけ。鼻の下が伸びているぞ」
ベルフェルクは鼻をいじいじして
イングラムに笑顔を向ける。
「えへ、伸びてないですぅ」
「伸びてるんだよ」
イングラムはベルフェルクの鼻の辺りを軽く引っ張った。
伸びていた部分がゴムみたいに伸びてベルフェルクは悲痛な声をあげながら自分に下心があることを認めた。
「ごめんなさい、でもセリアさんが可愛かったので許してください」
確かにセリアは美人だ。
そして、その彼女に変身しているクレイラも大変美しい。両名が並んだらきっと
長蛇の列ができるくらいには人気が出るだろう。アデルバートとレオンがそれを許すかと言われたら返答できないが。
「ねえねえ、イングラムくんはどうして
女性にときめいたりしないの?」
「うん?なんでだろうな。
聞かれるまで考えたこともなかったな。」
イングラムは微笑みを浮かべながら空を仰いだ。今もきっとどこかで誰かを助けているのだろう。幼い頃の記憶にある少女は、そんな優しい子だから。
“お別れする前に、私の大切なモノをあげる。私を忘れて欲しくないか、貴方の大切なモノもちょうだい。”
“わかった、これが俺たちを繋いでくれるなら、喜んで君にあげるよ。”
そうして、ニ人はお互いの大切なモノを
手に取り合って、最初で最後の口づけをした。
「うん、きっと————」
「んー?」
「“逢いたい人がいるから”かな?」
イングラムは澄み渡る青空に目一杯手を伸ばしながら、ベルフェルクに向くことのないまま、溢すようにそう呟いた。
いつか、再び再会するであろう幼馴染を空に想い描いてそれを包み込むように握る。
どれだけ遠く離れていようとも、心はあの頃からずっと繋がっている。
今になって、そんなことを思い返したのだった。