第63話「束の間の休息」
「騎士様!」
1番先に声をかけてきたのはリルルだった。
走ってきて胸の中に飛び込んでくる。
「お怪我はない?痛いところは?」
「大丈夫、平気だよ。
リルルも何事もなくてよかった」
イングラムはいつもの癖で涎を喰らってしまった右手で頭を撫でようとしたが、即座にそれを左手に切り替えた。
いつもと違って少し加減が難しい。
「騎士様の右手、隠してるけど……どうしたの?」
「あぁ……泥がついてしまってな。
汚いから触らせないようにという配慮だ」
リルルも流石に感づいているようだ。
彼女の不安げな視線が心に重圧をかけてくる。
「やあ、初めまして。君が、リルルちゃんかな?」
それを察知したように、ルシウスは
リルルの隣に歩いていって腰を下ろした。
騎士が幼き少女の手を優しく包み込むように自分の手を重ねて、自慢の笑顔を向ける。
「こんにちは、お兄さんはだあれ?」
「僕はルシウス。騎士様とお友達なんだ」
「そうなの?じゃあ強いんだね!」
「うん、多分ね」
リルルの視線は完全にルシウスに釘付けになっている。第二の騎士、という印象が
彼女にも人目見て理解できたらしい。
ルシウスは目でクレイラのところへ行くよう催促すると、イングラムは軽く頷いて小走りで向かっていく。
それを見届けると、ルシウスは言葉を続けた。
「リルルちゃん、僕もこれから騎士様と一緒に旅をすることになったから、お友達にならないかい?」
「お友達?」
「うん、お友達」
「どうやってなるの…?
お友達、いなかったから、わからないの」
ルシウスは微笑みながら、リルルの手を導くようにして自分の手と握手させた。
「これが、お友達の印。握手って言うんだ」
「握手……!握手!これ、心がほんわかするね!」
リルルの目はキラキラと輝いていて
笑顔を浮かべている。
「よし、これで僕たちはお友達だよ。
よろしくね、リルルちゃん」
「うん!お友達だね!
ええと、えぇっと……弓兵様!」
「————」
笑顔を浮かべてリルルの手を取ると
お姫様抱っこをして見せる。
突然のことにリルルは声を出してルシウスの顔を見上げる。
「エスコートさせてもらうね?」
「ありがとう!」
ニ人は笑顔で騎士様へと続く道をゆっくりと歩き始めた。
一方その頃。
「うわぁ、ばっちぃ……」
レベッカが鼻を摘んで本音を溢した。
「俺だって気分が悪いんですから少し我慢してください。
クレイラ、治療を頼む」
そうお願いする、クレイラはイングラムの
周囲を徘徊していた。
「うーん……うーん……臭い!」
「それはわかってるって言ってるでしょ!」
本人が1番キツイのは2人も百も承知なのだ。
が、下手に触れてしまえば自分まで悪臭にまみれてしまう。
それはご遠慮したいという顔をしていたから、麻痺は未だに残っていた。
「そういえば、ベルフェルクは?」
「あぁ、彼なら頭を強く打ったけど
命に別状はないって。動物たちの足場のワラがクッション代わりになったみたい。」
「そうか、それはよかった」
ベルフェルクが命を張っていなければ
リルルは今頃喰い殺されていたに違いない。あれほど何かに対して恐怖していたというのに、今回の件で一皮剥けたのだろうか。
目が覚めたらお礼を言わなければならない。
「今は眠るように休んでるよ。起きたあとも経過的に観察して、異常があればまた改めて……という感じだけど」
「クレイラ、ありがとう。君の医術がなければ、ベルフェルクはおそらく————」
「あぁ、これはきっとセリアのおかげだと思う。最後の最後で役に立ったなこの変身————うわっ!?」
そう呟くと、クレイラの身体は内側から
光り輝いて元の姿に戻った。
「あれ……身体が元に戻った。髪の毛1本分の細胞を使い切っちゃったかな?」
銀髪の綺麗な髪がさらさらと風に揺れ
彼女は自分の身体を触って元に戻ったことを実感したようだ。
髪の毛は砂のように風に巻かれて散りになって消えていった。
「ふむ……リルルにどう告げるべきか。
悩みどころだな」
「あ、またどこかへ行ったとかは?」
クレイラは指を立てて同じ作戦を決行しようとした。が
「同じ手が通用すると思う?」
「あう……」
レベッカの正論によりあえなく撃沈。
ちょっとしょげるクレイラだった。
それと同時に、リルルを抱いたルシウスがやって来る。腕の中の少女はご満悦らしく
手を小さく振っていた。
そんな光景に和んで3人も手を振り返す。
「で、どうする?もうすぐ合流するが」
「どうしよう……レオンならなんて言うかな?」
クレイラは吹き出しを思い浮かべて
そこに最強にかっこいいレオンのイメージを浮かべた。頭の中の彼はやれやれと言った表情でこう言う。
おう、諦めな
「うわぁぁ!お先真っ暗だよぉ!
イングラムどうにかしてぇ!」
「うぉぉ俺に言われてもぉ!
鎧を引っ張るな!引っ張るなってぇ!」
吹き出しを手でぶち壊して頭を抱え、イングラムの裾の部分を両手で握り激しく揺さぶる。そんな中レベッカは、冷静に状況を分析する。
「変身能力があることを隠して行動するしかないね」
「確かにそうだな。今の姿なら戦っても怪しまれることはないだろう」
「あのぉ……」
「言い訳を考えておかないと、子供を騙すのは歯痒いけど、仕方ないわよね。うん」
「ええ、いっそ悲しまれて塞ぎ込まれるよりは幾分マシです」
「あのぉ、二人とも」
「「ん??」」
ようやくクレイラの声を拾った二人は思わず同時に彼女の方向を向いた。
「変身できないのはごめん…でもセリアに変身してた時氷の鎖とか、大地の柱とか何も考えずに思いっきり出してたんだよね……ごめん」
「「————」」
木魚が叩かれて、チーンという音が頭の中で鳴った。そして、彼らの後ろには凄まじい負のオーラが漂う。
「だから、その……本物のセリアが
殺意高めの戦力向きの看護師だって、多分認知されちゃったと思う……」
しゅんと、クレイラは呟いた。
イングラムもレベッカも
「そういえばそうだった」と思い返して
頭を抱える。
このままでは、無関係の本物のセリアが
戦える看護師さんとして印象づけられてしまう。
「ねぇ、騎士様たち何してるの?」
「さぁ?遠くてちょっと聞こえないね?」
事態を既にその千里眼で察知している
ルシウスは時間稼ぎの為にムーンウォークをしたり、そこら辺の草木をそれらしい説明をして納得させたり、木から木へ飛び移って猿の気持ちになったりしてリルルの戻る時間を伸ばしていた。早く結論を出さないとルシウスが色々と困ってしまう。
と、その最中イングラムが名案を思いつく。
「そうだ……セリアさんのビジョンを俺の頭の中でイメージして、その姿形を真似させることは出来ないだろうか?」
ちらりとクレイラを見る。
レベッカもちらりと見た。
恥ずかしそうに二人を交互に見ながら
えっ?と言っている。
「クレイラ、君の能力が変身する以外の
別の物を持っているのは知っている。
リルルを安心させたあの実母のような雰囲気は、おそらくあの子の記憶から読み取ったものなんだろう?」
「う、うん、そうだけど……だからリルルは私がお母さんみたいって言ったの。でも、よくわかったね?」
「騎士としての勘だ」
「20年そこらしか生きてないじゃないですか」
「ええい!今は突っ込まんでください!
とにかく、ルシウスが時間を稼いでくれている今が勝負だ。賭けるぞ?クレイラ!」
真剣な眼差しで、イングラムは
懇願するようにそう言った。
「え、いいの?君の余計な記憶まで読み取っちゃうかもしれないよ?」
にやりと意地悪げに微笑むクレイラ。
「む、むぅ……そ、それでもかまわない!
レベッカさんにそれを振るわけにもいかないし!」
人に言い難い過去もイングラムにはあるのだ。例えそれが今探しているレオンにでも
絶対に言うわけにはいかないのだ。
イングラムはそれを受け入れて頷いたのだ。
「よぉし、本当にやるからね?
長い時間がかかるよ?」
「くっ……!いいから早く!」
「わかった。なるべく覗かないように変身するから、大丈夫」
「じゃ、じゃあ私はルシウスさんの援護を!」
「援護とか言うな」
「はうっ……!ごめんなさい」
リルルは巨大な侵略者ではない。
銃を持って突撃する必要はないのだ、ただただ普通に彼女に接してくれればそれでいい。
「じゃ、じゃあ行ってきます!隊長殿!」
「はい、気をつけて、って
誰が隊長ですか誰が」
ビシッと敬礼して颯爽と戦場に向かっていくレベッカに突っ込みを入れる。
ちらりとルシウスの方を見たが、彼は彼で悪銭しているらしい。
背中に火のマナを轟轟と燃やして
円形状にして、それを背中に浮かび上がらせる。
「リルルちゃん、見てごらん。我は火の神なりぃ!」
とかなんとか言っているが、リルルは見向きもせずに木の棒で地面に絵を描いている。ルシウスの声無き悲惨な声がイングラムに心を抉る刃となって斬りつけて来る。
まだなのか、もう持たない。と
クレイラはそれを見て焦りながら
イングラムの頭に手を乗せて、意識を集中させる。すると直ぐに————
「見つけた!変身するよ!」
「待て、見えないところでやろう!
こっちだ!」
そんなこと言い出しつつも、クレイラの身体はぼんやりと光り始めた。
今度はイングラムが焦るものの、近くの林に隠れて変身完了を待った。
「あの、み、見ないでくれると嬉しい…」
「え?」
「ええとね?率直に言うと
裸体だけになっちゃうの、変身後の姿で」
「……えぇ!?服は!?記憶から抜き出せるんじゃないんですか!?」
これはまずい、事情を知らない第三者から
見れば服を剥ぎ取って嫌らしいことをしかけている騎士という不名誉なレッテルが貼られてしまう。それは勘弁願いたかった。
「焦っちゃったから手順すっ飛ばしちゃった。見ないでね!」
と、そう叫ぶのを最後にクレイラは全身ごと光に包まれたのだった。
「何か、何かないか何か……!
このままではまずいぞ、色々とまずい!」
もはやこれまでかと思ったその時
「うわぁ!おはようございますぅ!
モフモフモフの毛皮コートだけど良ければ使ってくださいぃ」
目を覚ましたベルフェルクは事情を野生の勘で理解したのか、手持ちの毛皮コートとレギンスを投げ渡した。
「ナイス!」
こうして、イングラムは不名誉なレッテルを張られることなく、事を過ごしたのであった。
「ちょっと覗いてもいいですかねぇ」
「ダメです」